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視点で変わる【大人と子どもの境界線】

こんにちは 日刊マガジン【書くンジャーズ】毎週金曜日担当のウエノ(@ueno_k)です。

書くンジャーズも8週目に入りました。どの曜日の担当もそれぞれの人生経験を基に様々な切り口でテーマを解釈しているので、そんなメンバーと一緒にマガジンを作っていられるのは光栄なことです。

私にとっては、連載を続けるのはもちろん初めての経験で、書くンジャーズを始めた頃は、いつまで続くかとても不安で、でも、とにかく書こうとの思いだけで投稿してましたが、今では完全に書く事がルーティンになっており、自分でも驚くほどの成長具合です。

とにかく、書く事が面白くなっていたのですが、1月はあえて投稿のペースを落としました。

ペースを落とした理由は単純で、他の事にも時間を割いたからです。

12月はnoteを毎日書くと決めていたので、優先して書く事に時間を使っていましたが、1月は仕事やプライベートで関わっている110キロウォークなどとバランスを取りながらnoteを書いていました。

以前の私は、ひとつの事に熱中したら他の事が眼に入らない性分だったので、おそらく若い頃だったら、noteに熱中しすぎて他のことが疎かになっていたでしょう。

ちゃんと優先事項や時間配分を決めて取り組むことが出来るようになったのも、大人だからかなと思います。

今週のお題は【大人と子どもの境界線】です。

大人と子どもの境界線はどこで引けるのでしょうか?
まずは、法律から大人と子どもの境界線を調べてみましょう。

民法上の大人は「法律上の行為を単独で行使できる人間。」
いわゆる成年で、日本の法律では20歳と定められてます。例外的に、20歳未満でも結婚していると成年とみなされます。海外では18歳から25歳と、年齢が国によってまちまちです。

飲酒や喫煙も、この成年、未成年を基準にそれぞれ、未成年飲酒禁止法・未成年喫煙禁止法と個別に定められています。

選挙権は、昨年の公職選挙法改正で18歳へ引き下げられましたが、飲酒、喫煙は引き続き20歳のままですので、日本の法律では、20歳が大人と子どもの境界線といってもよさそうです。

なお、天皇、皇太子、皇太孫は、皇室典範という別の法律で18歳で成年と定められています。

次に生物学的な観点から大人の定義を考えてみたいと思います。

生物学的に言えば、大人の定義は生殖が出来ることでしょう。生物には子孫を残す本能がプログラムされてます。このプログラムが発動する時が大人と子どもの境界線だと言えます。

えっ?

誰です?

私の生物学的な境界線を聞いているのは?

そこはご想像にお任せします。

深く追及される前に、話を次へ進めたいと思います。

次は日本の文化から考えてみたいと思います。

江戸時代以前、日本では大人になる儀式を「元服」と呼んでいました。

1. 奈良時代以降、男子が成人になったことを示す儀式。ふつう、11~16歳の間に行われ、髪を結い、服を改め、堂上家以上は冠、地下(じげ)では冠の代わりに烏帽子(えぼし)を着用した。中世以降は混同されて烏帽子を用いても加冠といい、近世には烏帽子も省略されて月代(さかやき)をそるだけで済ませた。また、これを機に幼名を廃して実名を名のった。加冠。

2. 江戸時代、結婚した女性が歯を黒く染め、丸まげを結い、眉をそったこと。

(出典:デジタル大辞泉)

男性は11~16歳の頃に「元服」を済ませると、見た目が大きく変わります。前髪を落として月代を剃り、名前も幼名から実名に変わりますので、大人と子どもの境界線がはっきりしていました。

現代では「成人式」が「元服」の儀式に変わって行われていますが、現代の20歳は、まだまだ大学などで学んでいる事を考えると、法律的もさることながら、大人と子どもの境界は、親の保護下から離れてひとりで食べていけるようになる、ようするに独り立ちする時点ではないかと考えます。

次は私の人生を振り返って、大人と子どもの境界線を考えてみます。

私は小学校から高校まで自宅から通い、大学の4年間は親元を離れて一人暮らしをしていました。

大学を卒業して就職したのは22歳の時です。ただし、自宅から通っていたので、ここに大人と子どもの境界線を引くのは気が引けます。

自宅を出て、会社の独身寮で暮らし始めたのが25歳の時でした。そして、結婚したのは30歳ですので、定義から見れば、私の大人と子どもの境界線は、22歳、25歳、あるいは30歳のいずれかに引くのが妥当かと思われます。

しかし、両親や叔父叔母からは、50を超えてもなお、私はまだ○○ちゃん扱いです。

ひょっとして、まだ子どもに見られてる?

見られてますよね、絶対。

親からみたら大人と子どもの境界線はなく、いつまで経っても子どもは子どもなんですよね。

私もいい歳なので、子ども扱いはして欲しくないのですが、この気持ちは、来年、20歳になる子を持つ親になり、ようやく理解できました。

冒頭で定義しましたように、20歳と言えば法律上は立派な大人です。私の子供も、まもなく社会人となり、そのうち結婚すると思います。

でも、私に孫が出来たとしても、私にとって子どもは子ども。その境界線は永遠に変わることはないでしょう。

以上見てきたように、視点をどこに置くかで、大人と子どもの境界線は変わります。

個人的には、永遠に17歳の気持ちを持ちながら、これまでの人生経験を活かして世の中に貢献できるような大人であり続けたいと思っているので、大人と子どもの境界線なんて関係なく、時には子ども、時には大人と、場合に応じて使い分け出来ればなあと思います。

今日もここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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