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【自由と規律(池田潔)】うえこーの書評#85

 著者が少年期に過ごしたパブリック・スクールというイギリスの学校に関する本。その学校の特徴は規律が厳しいということだ。

 その行為自体の善悪が問題なのではない。ある特定の条件にある特定の人間が、ある行為をして善いか悪いかはすでに決っていて、好む好まないを問わずその人間をしてこの決定に服しめる力が規律である。そしてすべての規律には、これを作る人間と守る人間があり、規律を守るべき人間がその是非を論ずることは許されないのである。(p.61)

 パブリック・スクールの生徒は休日に自由に町中を歩くことは許されない。食事の量も決っていて若い青少年が満足するには程遠い量しか与えられない。理髪店でさえ、学校が指定したところでしか切れない。

 すべてこれ等のことは自由の前提である規律に外ならない。自由と放縦の区別は誰でも説くところであるが、結局この二者を区別するものは、これを裏付けする規律があるかないかによることは明らかである。社会に出て大らかな自由を享有する以前に、彼等は、まず規律を身につける訓練を与えられるのである。
 パブリック・スクールにあっても、基本的な自由は与えられている。正しい主張は常に尊重され、それがために不当の迫害をこうむることがない。(...)あらゆる紛争は輿論によって解決され、その輿論の基礎となるものは個々のもつ客観的な正邪の観念に外ならない。(p.156)

 パブリック・スクールの規律は確かに厳しいが、先生や先輩から不当な処罰を与えられるということはない。もし、自分の「客観的な正邪の観念」により自分の処罰に不満があればそれを申し立てることができる。その外にも、生徒の自主性を重んじる授業やスポーツの教育のおかげでパブリック・スクールはその卒業生がイギリスで大活躍する学校となっている。

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