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スナイパーの目〜テッポウウオの場合

テッポウウオは恐るべき狙撃の名手だ。生い茂るマングローブの岸辺に獲物(蜘蛛や昆虫)を認めるや、正確で鋭い水流の一撃を食らわせ河にたたき落とす。"弾”を無駄にしないために、彼らは花や小枝、その他もろもろの「食い物にできないもの」と獲物にすべきものを区別しないといけない。いささか失礼ではあるが、彼らの脳髄のサイズからすると、このタスクは少々難しすぎるように思える。果たして彼らはどのような情報にもとづき獲物とそれ以外のものを識別しているのだろうか。

この問に答えるべくイスラエルのネゲヴ・ベン=グリオン大学の研究者らは次のような実験を行った。まずテッポウウオを飼育している水槽の上面のスクリーンに単なる四角形を明滅させ、テッポウウオがそれに対して水流を発したときにエサを与えることにより、スクリーン上の変化にテッポウウオの意識が向くように仕向けた。

次に研究者らは、スクリーンにいろいろな写真を映し、テッポウウオが昆虫や蜘蛛の写真に対して引き金を引いたときにのみエサを与えるようにした。こうして”鍛え上げた”スナイパーに、今度ははじめて目にする昆虫や蜘蛛と、花や葉など動物以外のものを一枚の中に配した画像を見せ、彼の狙撃の腕前を評価した。実に800枚の標的画像を前にして、およそ7割の確率で彼は正しい獲物をものにした。

反対に、花や葉など動物以外のものを打ったときにのみ報酬を与えるように訓練したテッポウウオでは、同じ800枚の画像に対してやはり7割の成功率でターゲット(この場合は昆虫や蜘蛛ではなく、花や葉っぱの方)を射抜いた。以上の結果は、彼らは訓練の過程で与えられた画像から昆虫や蜘蛛などを表す何らかの特徴を学び、その情報を元にしてその後の判断を行っていることを示している。

では彼らは昆虫や蜘蛛などの画像の「何を」識別しているのだろうか。我々が視覚から読み取る要素には、丸み、対称性、質感などがあるが、テッポウウオはどうやら「輪郭」を判断のよりどころとしているらしいことがコンピューターモデルから分かった。実際に、テッポウウオに虫や葉のシルエットを見せた場合と、丸の中ににそれらの表面の画像を配したもの(=質感)を提示した場合とでは、シルエットに対する応答の方がはるかに成績が良かった。

実際の”現場”では、テッポウウオは単なる輪郭だけではなく獲物の色や動きなどの情報も合わせて判断しているのだろう。だが、テッポウウオが採用している単純な識別原理は、コンピューターを使った視認判断システム、例えば自動車の自動運転において生物と無機物をできるだけ簡単に区別するにはどうすべきかを考えるのに役立つかもしれない。そんなもっともらしい大義はさておき、この研究を推進したRonen Segev博士はシンプルに彼らへの畏敬の念を語るのみだが:「魚たちは賢い。驚くばかりだ。」

<参考リンク>
https://www.science.org/content/article/archerfish-can-distinguish-animals-nonanimals-even-if-they-ve-never-seen-them
(この投稿は、上記リンク先の内容を、筆者独自の感想を交えながらかみ砕いて解説したものです)



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