【読感】土の文明史

 「土の文明史」デイビッド・モントゴメリー著を読みました。一言でいうと、土壌の侵食による食糧生産性の低下が、文明の寿命を決めていたという話。土壌侵食の話を、これでもかという例を挙げて書いています。過去何千年もかけて森林が作ってきた有機物を豊富に含んだ表土を、開墾によって耕すことで降雨等で流されて、土地が痩せていき、捨てられていく。
 人類が定住による農業を開始して以降、多くの文明、チグリス・ユーフラテスから中国、ローマ帝国、マヤ文明など南北アメリカ大陸の先住民、太平洋の島々、アイルランドなど多くの例で、農地の土壌侵食による生産性の低下が文明を滅ぼす原因の一つになったことが詳細に書かれています。
 なぜなら、農業による余剰生産が非農民階級を養い都市を維持したからです。狩猟採集社会は人口密度が低く、人々は移動しながら生活していました。その場所で食料が得られなくなれば移動すれば良かったのです。ところが定住し農業を行うことで人口が増えると、農業生産が人口維持に影響を与えます。人口が増えると低地では農地が足りなくなり、斜面なども開墾して農地としました。斜面で耕した農地は雨による侵食の影響を大きく受けて、表土が侵食され、生産性が大きく下がります。さらに、天候などで飢饉となると、餓死などで多くの人口が失われました。打ち捨てられた遺跡は、土壌侵食により農地の生産性が下がり、移動せざるを得なかったか、滅んでしまった文明の遺跡かも知れません。
 土壌侵食の証拠は、侵食された土が溜まった谷底などの過去の土を調べることでわかります。また、侵食された土地の周囲の森林との段差などでもわかります。
 過去の社会、ローマなどでも侵食の弊害に気がつき研究した人がいて、農地の肥えた表土を維持するために輪作や休耕、斜面での段々畑、厩肥を施すなどの技術も編み出されました。しかし、植民地でのプランテーションなどでの大規模単一作物の生産や、目先の食糧生産を優先せざる得ない社会状況により、過去の技術が生かされずに、土壌侵食を防げないことが続きます。
 驚くべき事例は、アメリカにヨーロッパから移住した農民たちが、東海岸で農業を始めて、数年して農地が侵食で生産性が落ちると、土地を回復させることをせずに、捨てて新しく開墾することを繰り返して、西部へ移動していった歴史です。土地が無尽蔵にあるため農地の維持を顧みなかったのです。また、奴隷制と密接な関係にあるのがタバコや綿花のプランテーション農業。奴隷を使って利益を最大化することが目的とされ、農業の永続性に目を向けられなかったのです。「奴隷の繁殖」という言葉にはギョッとしました。
 太平洋の島々での森林伐採と農地の侵食が島を滅ぼしたイースター島、食料が少なくなることで部族の戦争を誘発することもあったようです。また、他の島では農地の生産量と人口維持を図るため間引きなど厳格な人口抑制策で島の社会を長く維持した例も紹介されていました。これも知恵といえば知恵ですが、厳格過ぎてディストピアのようにも思えました。
 現代では、肥料の工業生産や遺伝子操作による種の生産などの緑の革命により、土地の生産性は上がっていますが、逆に土壌侵食の問題に蓋をしてしまい、昔の輪作・豆科植物による窒素同化、休耕、厩肥の利用、水田などの知恵が顧みられない大規模単一栽培が続けられ、侵食による土地の生産性の低下は着実に進んでいます。今後、地球上の人類が増えていって、農業できる土地がほぼ限界に達した状況で、農地の生産性が下がっていったら、社会は食糧不足に耐えられるでしょうか?
 私の住む沖縄では、雨が降ると農地から流出した赤土で海が濁ることがよく報道されます。サンゴを食害するオニヒトデの大量発生は海に流れ込んだ土砂の影響という話も聞いたことがあります。農地の周りに植物を植えて土砂の流出を防ぐ取り組みはされているようですが、アメリカ等で取り組まれている不耕起栽培を含む環境保全農業が導入されているようには見えません。過去にはあった表土の有機物を保ち農地を継続的に守る知恵を生かさない化学肥料頼りの農業がまだ主流のように見えて、心配になります。人類は食料危機に真剣に取り組んでいるでしょうか?
 この本はモントゴメリの「土」三部作の1作目で、他の2著書「土の内臓ー微生物がつくる世界」では菌根菌と腸内細菌の話、「土・牛・微生物ー文明の衰退を食い止める土の話」では、世界で不耕起栽培や輪作などの持続可能な農業が拡がりを取材して希望も述べられています。この3部作はぜひお勧めできる本です。また、「土・牛・微生物」では、環境保全型農業は、土壌に有機物を増やし炭素を貯蔵する地球温暖化対策としても有望という考察もあり、将来世代を守るためにも重要な取り組みだと思います。

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