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【完結】賄い探偵 〜北海道編〜

シェフ上田慎一郎が描く小説。随時更新中!
初見の方はぜひ、第1部からご覧ください。

第1部:プロローグ・ハロウィン編はこちら
https://note.com/uedashinichirou/n/n8d4b23463468?magazine_key=m18dc180c1147



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部屋の中で、
無機質なパソコンの明かりだけが灯っている。
坂本は、巧みにブラウザーを操作し、
最後にキーボードのReturnキーを押した。
そのまま藤原にメールを入れる。

レストランカシータから
一件の受信メール。
目頭を押さえながら
坂本は受信メールを開く。

〜本日15:00ビデオ会議に参加お願いします。
 パスワード…〜



準備中の札が下がる、
レストランカシータ。

鳥谷がつくった賄いを食べ終える。
米山理沙はお皿を重ねながら、
「鳥谷さん、賄いご馳走様でした!
 スープカレー美味しかった〜」

「いえいえ、
 北海道産の食材が良かっただけですよ」

鳥谷はそのままおちょぼ口にスプーンを運ぶ。
その口のまま、
「理沙ちゃんも、社員旅行行くんですね」

「だって、北海道でしょ!
 一度行ってみたかったんです!
 それに藤原さんと鳥谷さんとだったら安心ですしね」

鳥谷はおちょぼ口をハンカチで拭いながら、
「それはまだ分からないんです、
 カシータにはもう一人スタッフがいてて、
 今日zoomで確認するんですよ」

「えぇ〜?
 スタッフさん、まだ居てるんですね
 知りませんでした!
 藤原さん、どんな方なんですか?」

「そ、そうだなぁ…。
 名前は坂本。
 お店には全く来ないから知らないのも無理はない。
 実は何処に住んでるのか俺も分からないんだ。」
鳥谷も頷く。

「坂本さんは、
 レストランのホームページ、seo対策、デザインとかを
 全部してくれてるんです。
 予約が多いのも坂本さんのおかげなんですよ」

理沙はパチパチ瞬きをしながら、
「すごい方ですね!
 それに住所不定…
 藤原さん、その方も社員旅行に?」

「あぁ、もうすぐパソコンを繋げて、
 日時と場所を報告しようと思っている。
 いつも世話になっているから一緒に行きたいんだが、
 あいつは多分…いや、絶対に来ない」
鳥谷もそれに同調する。

「坂本さんは、
 藤原さんとだけ信頼関係を築いてる感じですもんね、
 僕も実際には会った事ないですし」

「ビデオ会議、わたしも参加しても良いですか?」
興味津々という感じで理沙が笑った。

時間になりパソコンを繋げる。
坂本はすでに待機している。

鳥谷が大声で
「坂本さん!お久しぶりです!」

「あぁ鳥谷くん。お疲れ。体重は増えたかい?」

「ご覧の通りですよ!益々痩せました!」
坂本はメガネの奥の目を細めて笑った。

「鳥谷くん。隣の女の子は誰?」

「スタッフの米山理沙ちゃんです!」

「坂本さ〜ん!初めまして!
 米山理沙です。
 いつもありがとうございます!」

「理沙ちゃんも一緒に社員旅行、行くんですよ」

「社員、旅行…?」

「あ、悪い坂本!
 今日はその件なんだ、
 今年の社員旅行は北海道にしようと思ってるんだが、
 坂本…やっぱり行かないよなぁ?
 まぁ、あれだ、一応確認取ろうと思ってな。
 だけど元気そうで何よりだ。
 いつも縁の下の力持ち本当に助かってる。
 ありがとうな坂本!
 また何かあったらメールするから」

「いく…。」

「えっ?坂本!何だって⁉︎」

「坂本社員旅行参加です」

藤原と鳥谷は顔を見合わせた。

「坂本さん!行きましょ!北海道へ!!」

理沙が坂本に伝えると、
坂本は画面の中で
俯きながら頭を掻いた。


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国際空港(国内線)
正面ロビー am9:20

「藤原さん!おはよう御座います」
「鳥谷、おはよう!
 すごい重ね着だな。
 それでも着痩せしている…」
「僕、寒がりなんですよぉ、
 温めてくれる脂肪が無くて…
 骨と皮なんです。良い出汁出ますよ!」

藤原は米山と坂本が
こちらへ来るのを見つけた。

「良い出汁でますよ!
 藤原さん聞いてます?」
「あ、あぁ鳥ガラ、理沙と坂本だ」
「誰が鳥ガラですかっ⁉︎」

「おはようございまぁ〜す」
「お、おはよう」
「電車で坂本さんと一緒になりました!
 ね坂本さん!」
「はい偶然一緒に…」

「まさか坂本が来てくれるなんて思わなかったよ。
 なぁ鳥出汁」
「って!藤原さんそれわざと間違ってませんか?
 あ、理沙ちゃん、坂本さん、おはようございます!」
「ふふふ」
「ハハハ」

「それじゃあ行こうか、北海道へ!」


〈国内線234便ご搭乗のお客様は
 搭乗口52番にお越しください〉

藤原たちは機内に入る。
各々が座席を探す中、
坂本が何かを考えるように、
機体前方を見つめている。

「どうしたんですか?坂本さん」
「鳥谷くん、
 北海道大学の前川博士知ってる?」
「いえ、知りません」
「水と空気からフリーエネルギーの開発に成功したんだ。
 その博士とチームが前に乗ってた」

「フリーエネルギー…
 なんかすごいですね!」
「うん。めちゃくちゃすごい。
 実用化されれば、日本、いや世界が
 僅かなコストで生活出来るようになる。
 救われる命がたくさんあるんだ」
「それが日本から…すごい」

鳥谷は座席を確認しながら理沙の横に座った。
しばらくすると、
飛行機はゆっくり動き出した。


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「鳥谷さん、顔色悪いですよ」
「理沙ちゃん、僕高所恐怖症なんです…
 ほら!又揺れた!」
「痩せすぎなんです!全然怖くないですよぉ」
「なるほど〜。
 痩せてるから揺れるのかぁ、うわっ今度は浮いた!」

「藤原さん、良いチームですね」
坂本はメガネを触りながら藤原に言った。

「うん。本当に。二人のおかげでレストランも安定している。
 何より理沙が明るいから良い雰囲気なんだ」
「それに可愛い…」
「坂本、なんか言ったか?」
「な、何も。」

「まぁでも、本当によく来てくれた。坂本にはいつも感謝してるんだ」
「藤原さん、こちらこそです。座席が違うかったらもっと良かった…」
「あぁそうか!坂本、悪い!窓側が良かったのか?変わろうか?」
「大丈夫です」
「遠慮しなくて良いぞ」

(234便は安定飛行に入りました。
只今よりベルト解除となります。化粧室ご利用のお客様は…)

「良かったぁ。落ちなかった」
鳥谷は大きく息を吐きながら言った。

「落ちません!ところで鳥谷さん、
 藤原さんと坂本さんってどういう関係なんですか?」
「えっと、同じ学校の先輩と後輩みたいです。
 坂本さん、小学生の時からパソコンおたくだったようです、
 当時から藤原さんだけが、坂本さんの凄さを見抜いていた」
「へぇ!藤原さんITとか全然興味なさそうなのに。
 あ、そういえば私おにぎり握ってきたんですよ、食べれますか?」
「ありがとうございます!食べれます!」

「坂本さん!理沙ちゃんのおにぎりです!藤原さんにも渡してください」
鳥谷がラップに巻いた大きめの、おにぎりを坂本に渡した。

「わぁありがとう、理沙ちゃん」
「サンキュー理沙、丁度小腹が空いてたんだ!」
「炊き立てご飯とのツナマヨです!」
「最高!いただきまーす!」

藤原は窓の外を見ながら、おにぎりを頬張った。美味しい。
安定した機体の窓から、快晴の空と綿菓子の様な雲が流れていく。
そういえば藍の故郷も北海道だったな。

隣では心なしか明るくなった坂本が、
感嘆の声をあげながらおにぎりを頬張る。
「理沙ちゃん。天才だ…美味しすぎる…」
坂本は目を瞑って心から感心したように言う。
「坂本さん大袈裟ですよ!唯のおにぎりです!
でも嬉しいです。ありがとうございます!」
藤原は二人のやりとりを見ながら、
こんなに自己表現する坂本を初めてみた。

【藤原くん…聞いてくれ。この飛行機、危ない…】

藤原は坂本を見る。
坂本は目を瞑り美味そうにおにぎりを咀嚼している。


機内の照明が僅かばかりか暗くなり、ベルト装着サインが点灯する。
その刹那、ドン!という音と共に機体が振動し、
乗客達は一瞬無重力状態になった。

「きゃー!」
数人の悲鳴が上がり、その中に鳥谷も声も入る。
(積乱雲を通過中ただいま揺れていますが
飛行の安全性には問題ありません)
機内アナウンスが流れ乗客は安堵する。

「坂本!」
はっとした顔の坂本と目が合う。
「坂本、お前を守っている方からこの飛行機が危ないと」

坂本は足元のバックからパソコンを取り出し立ち上げる。
素早くキーボードを叩き衛星側位システムに入る。

「藤原さん…!この飛行機、2機の軍用機に追尾されている…!」


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「2機の軍用機…?どういうことだ坂本!」
「分かりません…
 衛星ではこの飛行機の50メートル後ろ
 ピッタリ左右に追尾しています。
 さっきの振動もそれに伴う気流の変化が原因です」

「機長や航空管制室はこのことを知っているのか?」
「まず間違いなくレーダに写っているはずです…
 ですが…」

「どうした?」
「この軍用機ステルス機です。
 電波を吸収する物質を表面に張り巡らせて
 反射波の強度が下がっている…
 そしてこの機体F35。米軍です…!」
坂本は管制塔の電波を傍受する。

「藤原さんやっぱり、この飛行機は追尾に気付いていない…」
「坂本、この軍用機どこからの指示かわかるか?」
「やってみます」
坂本は眼鏡を外し目を擦った。

藤原はトイレに立つふりをして、鳥谷に声をかける。
鳥谷は藤原と坂本の
やりとりを見て気づいていた。

「藤原さん…声、聞こえたんですか?」
藤原はうなずき、
事態を伝え鳥谷に指示を出す。
「俺は前方、鳥谷は後方全ての乗客にベルト装着を呼びかける」
「本来ならCAさんがすべきですけど善は急げですね、
 理沙ちゃん、ベルトしてください!」

「装着サイン消えてますよ?」
「坂本さんが前方に凄い気流を見つけたんです」
「坂本さんってすごいんですね」
険しい顔でキーボードを操作していた坂本が一瞬綻んだ。

藤原と鳥谷は全ての乗客に声をかけ理解して貰った。
眠ってる人はきつく装着し、
無理を承知でCAさんにも声をかけた。
しかし、案の定指示は出ていないとのことだった。

藤原は坂本と席を変わり通路側に座る。
「藤原さん…なんとか軍用機の電波を傍受しました。
 指示を出しているのはCIA…
 つまりアメリカ大統領です…!」


「大、統領!?
 坂本何故だ?なぜこの飛行機が狙われる?」
「考えられるのは一つ…
 前方に同乗していた北海道大学前川博士と開発チーム…」
「坂本!フリーエネルギーかっ…!?」
「なぜですか?坂本さん!
 水と空気、僅かなコストで救われる命が沢山あるって
 言ってたじゃないですかっ!」

「鳥谷君…世の中にはそれを困る連中も同時にいてるんだ」
「困る…?
 日本が、いや世界が、そして地球が良くなり
 沢山の人々が救われる技術を…
 困る…?
 狂ってる…!」

「もっというと、それが我が国日本が発明した…
 あっ!万事休すだ…
 ミサイル発射命令が出た。
 5分後だ…!」
「坂本!お前を守っている霊が教えてくれたんだ!
 お前ならなんとかできる!!」
「藤原さん、勿論です。5分あれば充分。
しっかり掴まってください」
坂本はうっすらと汗をうかべ、
ほとんど瞬きもせすキーボードを叩く。
次から次へと立ち上がるページには、ほとんど日本語はない。
画面には危険マークと共にCaveat(警告)の文字。

「All emergency stop…」
坂本がひとりごちる。

藤原は立ち上がりクルーレストへと走る。
「藤原さん!どこへ?」
「理沙、すぐ戻る!しっかり掴まってるんだ!!」

藤原は体を座席にぶつけながら走る。
よろけながら、全ての乗客に叫ぶ。

「しっかり掴まってくれ!」
走りながら腰のベルトを外す。
飛行機のエンジン音がけたたましく鳴り響き、
前方の機内スクリーンが消え、全ての電気系統が消える。
次の瞬間、酸素マスクが全席に落ちてきた。
初めて見る光景に、乗客はやっと状況を把握し、
至る所で悲鳴と怒号が飛び交う。

「しっかり掴まってるんだ!」
藤原は叫ぶ。
外したベルトを支柱に巻き付け、
作業しているCAを抱きしめる。
CAは目を剥く。
持っていたトレーで藤原の頭を叩く。

ドーン!!という爆発音と共に
無重力の後機体右翼側が落下する。
乗客は右前方に投げ出される。
酸素マスクが大きく揺れる。
悲鳴はより一層大きくなる。
ガタガタと機内が震える。
藤原は投げ出されそうになる
CAを必死で掴まえる。
その時、本来であれば左窓のはずの窓が、左上方に見えた。
その窓に2発のミサイルが通り過ぎるのを藤原は見た。

程なく、けたたましい音と共に
ターボファンエンジンの回転音が聞こえ
下降していた機体は安定を取り戻した。

見渡したところ、
怪我人は一人も出ていないらしい。
藤原は抱きしめていたCAを優しく解き
ホッと胸を撫で下ろした。
その時藤原のズボンがずり落ち、
花柄のトランクスが乗客の前に曝け出された。


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2度の悲鳴が起こった船内は
落ち着きを取り戻しつつあった。
もちろん2度目の悲鳴は
藤原のトランクスによるものであり、
CAさんの悲鳴が1番大きかった。

皆様、
ただいま当機に起こりましたアクシデントは解消され
安全な運行に入りました。
ご心配をおかけした事を機長並びに
すべての客室乗務員を代表してお詫び申し上げます。
まだ暫くはシートベルトをしっかりとお締めください。
これからしばらくのあいだ、揺れることが予想されます。
機長の指示により、客室乗務員も着席いたします。
お客様ご自身でシートベルトをお確かめください。
なお、シートベルト着用のサインがついているあいだ、
化粧室の使用はお控えください。

「藤原さん!
 派手なトランクス履いてるんですね!」
「鳥谷、うるさい!」
「坂本、どうだ?」
「測位システムでは2機の軍用機、どこかへ行きました。
 戻ってくる事はもう無いと思います。
 もし戻るような事があればそれは戦争です。
 我が国も黙っちゃいないでしょう」
「いつの時代も、とち狂った輩がいる、
 金に目が眩み、本当に人類の為になるものを排除しようとする。
 もしくは世に出さない」
「もしくは、日本だからというのもあるかもしれません」
「属国はしゃしゃりでるな。か…
 とにかく坂本が来てくれて助かった」
藤原は坂本の背後に礼をし、1度だけため息をついた。

間も無く飛行機は、
全ての乗客を乗せて無事に北海道に到着する。

夕方頃空港に着いたメンバーは、
仲良くホテルのチェックインに向かった。
「坂本さん!ホント凄かったですね!
 あれは飛行機のシステムを遠隔操作で停止したんですか?」
「航路を変更するにはあれしか無かったんだよ、鳥谷くん」
米山理沙も頷きながら、
「エンジンが止まって落ちていく時は
 生きた心地がしませんでした」
「そ、そうだよね、申し訳ない…」
「本当に落ちるよりは全然良いですよ!
 坂本さん凄いです!」
坂本は少し照れながら頭をかいた。

ホテルに着いたメンバーは夕食までの間、
自由時間をとり、各々の部屋で寛いだ。
藤原は坂本の部屋で早速缶ビールを開けて乾杯した。
「ふー。うまい!
 お前が今日来たのも意味があったんだな…」
「ゲホッゲホッ、
 い、意味なんて無いですよ、藤原さん!」
「ん?いや飛行機の件。
 坂本の守護霊さんにもお前にも助けられた。
 ありがとう。
 それにしても益々パソコンの技術が神業になってきたな」
藤原はテーブルに置いてある、
坂本のパソコンに目を移した。
空港からの道中、
坂本が写した写真が画面に映されている。
何気ないスナップショット。
だけど何故か全ての写真に理沙が写っている。
「坂本、いつの間にこんなにたくさん撮ってたんだ、
 お前が映らないから申し訳ないな」
「大丈夫ですよ。
 写真撮るの好きなんです」
 特に彼女を撮るのが…
言いながら坂本はビールを飲み干した。

「うん?最後なんだって…?」
笑って聞きながら藤原は1枚の写真に釘付けになる。
それは4人が繁華街を歩く普通のスナップショット。
珍しく坂本も自撮りで写っている。
坂本以外の3人が笑いながら歩いている。
その後ろ、身体に良さそうなお洒落なカフェ。
エプロン姿の女性が映る。

「坂本!この写真拡大してくれないか!」
「でしょ!僕も好きなんですこの写真の理沙ちゃんの表情」
「違う!理沙じゃない後ろのお店!」
「お店、ですか…?」

拡大した写真のお店の店員を藤原は目を細めて見た。

「間違いない…藍だ…」


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拡大した写真のお店の店員を藤原は目を細めて見た。
「間違いない…藍だ…」

「綺麗な人ですね。
 藤原さんのお知り合いですか?」
「昔付き合っていた女性なんだ」
「えっ!藤原さんに恋人が?意外ですね」
「坂本、意外ってなんだ!
 結構モテたんだぞこれでも。
 しかし藍の一件で臆病になったのは確かだ」

「臆病…?」
「藍は別れも告げず俺の前から姿を消した…
 当時俺は意味が分からないまま自分の未熟さを呪った。
 稼ぎも少ない料理人の俺に未来を見れなかった」
藤原は缶ビールを一気に飲み干した。

「藍は当時の俺に愛想を尽かしたんだ」
坂本は藤原にもう一本ビールをあけた。

「どうぞ、
 藤原さん意外とセンチメンタルですね。
 僕には何か他の理由があったんじゃないかと思います。
 僕は昔から藤原さんを知ってるし、
 少なくとも僕は藤原さんに助けられた。
 オタクで友達が居なかった上、本ばかり読んでいた僕を
 同級生が校舎裏に呼び出してカツアゲされそうになった時、
 偶然遅刻してきた藤原さんが止めに入ってくれた…」
真剣な顔で坂本も缶ビールを飲み干した。

「ハイボールでいいか?」
「ありがとうございます。
 藤原さんのことを知っている藍さんが、
 稼ぎが少ないとか、料理人見習いとか、
 かっこつけのお調子もんとか、女好きとかが理由で、
 何も言わず消える訳ないです」
「坂本…お前、最後らへんは唯の悪口だな…」
藤原と坂本は声をあげて笑った。
「逢いに行きましょうよ!藍さんに!」

「失礼しまぁす!」
鳥谷と理沙が部屋に入ってきた。
「って!二人とも、もう酔っ払ってるんですか?
 もうすぐ夕食ですよ!」


藤原達4人は北海道の美味しい料理を堪能し、
温泉に入り旅行を満喫した。
その後も宴は続き、ようやく各自部屋に戻った。

(人は何故生きて、死んでいくのかな…)

藍…どこに行くんだ藍…
溜息をつかないでくれ…
どうして…
「俺も連れて行ってくれないかっ!」
「はぁ、はぁ…」
身体が汗でびっしょりだった。
何度も何度も繰り返し同じ夢を見た。
逢ってどうしようと…
何を話そうというんだ…
ただ…教えて欲しいんだ。
なぜ何も言わず居なくなってしまったのか。

藤原はフロントロビーに降りた。
鳥谷、坂本、理沙の3人が居た。
「おはよう」
「おはようございます!」
「みんな悪い、今日の予定なんだけど、
 俺だけ別行動させて欲しい」
「藤原さん、聞きましたよ〜
 藍さんに会いに行くんでしょう?
 私たちも一緒に行きまーす!」
「藤原さん、
 会ってふられた真実を聞いてみましょう」

「鳥谷、理沙…
 お前らビール工場とか、ワイナリーとか…」
「あの可愛いお店のランチも楽しみです!」
「お前ら…なんだか楽しそうだな…」
「僕は理沙ちゃんが会ってみたいっていうから…」
「分かった。
 俺が完璧にふられたら慰めてくれ」
「畏まりました〜!!」

藤原達4人は写真のお店に
向かって歩き出した。


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6月末、
快晴の北海道は少しだけ汗ばむ温度で湿気はない。
藤原たち4人は坂本の写真を頼りに街を歩く。
雄大な山々と田園があり、信号機は殆どない。

「気持ちいいですね」
「ほんと、空気がきれい」
坂本と理沙がいう。
「藤原さん、ひょっとして緊張してるんじゃ…」
「鳥谷、そう見えるか?」
「目が死んでて、顔が怖いです。北海道なのに…」
「うぉー!!」
「きゃっ!」
「っ!?なんですか!いきなり!」
「みんなで一緒に叫ぼう!
 くまが出るかもしれない…」
「ウォー!!、わ〜!!、北海道っ!!でっかいどう!!」
「ワッハッハッ!!」
「よしっ!大丈夫だ」
4人は笑顔で小さなカフェに到着した。

藤原は両手でおもいきりほっぺたを叩いてから、
ドアを開けた。
カラン!

「いらっしゃいませ!何名様?」
笑顔が素敵だった。
目が大きく、ショートカットのよく似合う
凛とした女性が元気な声で聞いてくる。

藤原は下を向いたまま、
「よ、よ、よにゅん…」
「?」
「ちょ、ちょっと!藤原さん!!あほみたいですよ!」
「4人でーす!」
理沙が手でサインを作り伝える。
下を向いたまま藤原は、席に案内された。
店内は割と広く、
4席のテーブルとカウンターはほとんど埋まっていた。
藍さんと思われる女性が
愛想良くテキパキと仕事をこなしている。
キッチンには年配の女性がニコニコと調理している。
「良い香り…。
 もぉ藤原さん、しっかりしてくださいよー」
理沙が笑う。
鳥谷は拳を作りながら
「あのウォー!!は、なんだったんすか?」
「藍さんですか?やっぱり、綺麗な人ですね」
坂本が、写真と女性を見比べる。

「すまん…間違いない、藍だ、変わっていない…
 気付かれてもいない…」
「お店もお客さま一杯だし、
 お話の前にお食事食べちゃいましょう、
 お腹ぺこぺこ〜」
理沙がメニューを選ぶ。

「シェアしながらっと、
 坂本さんは私と同じで良いですか〜?」
「あ、ありがとう、
 理沙ちゃんと一緒が良いでしゅ、ハハ!」

「しゅ?」
「なんですか!二人とも!しっかりしてください!」
「鳥谷…お前いつになく、頼もしいな…」
「日々、男として成長してますからね!
 体はガリガリですけど」
「鳥谷さんは大盛りにしますね」
「理沙ちゃん、ありがとうお願いします」
「理沙…」
「藤原さんも大盛りですか〜?」
「いや…北海道地ビールを8本くらい…少し酔いたい…」
「ふふふ、本数おかしいですけど、承知しました〜」
「すみません〜!
 発酵ランチ大盛り1つと麹のビビンバ2つ、
 発酵キーマカレーとあと地ビールを8本
 お願いします!」
理沙が藍さんに伝える。

「えっ?8本…?あってますか?」
藍さんがびっくりした。
「あってま〜す。
 多分まだ足りないと思います〜」
「あ、ありがとうございます!」
素敵な笑顔で藍さんは
足早にキッチンに戻った。

「ほんと素敵な女性…
 藤原さん本当に付き合ってたんですか〜」
理沙が藤原に尋ねる。
「多分…。いや思い過ごしか…。
 いや付き合っていたはずだ…
 しかし…それさえもはや、気付かれていない
 今の俺にはわからない…」
すぐにビールが8本運ばれた。
「ワハハッ!まぁ直にわかるでしょう!」
4人は瓶のまま笑って乾杯した。

身体に良くて優しい味付けの美味しい料理の数々と
地ビールはとても美味しくて、
理沙の予想通り、8本ではビールは足りず、
追加注文しながら昼間の宴会は大いに盛り上がる。
一杯だった店内のお客も帰り、藤原たちだけとなった。
酔っ払った藤原は、
緊張もとけ次第に大きな声で笑い話した。

藍は聞き覚えのある声に気がつく。
その声の主は、赤ら顔で話していて藍の視線に気付かない。
鳥谷が少しだけ怪訝なその視線に気づく。
藤原にサインを送る。
藤原は気付かない。
鳥谷のジェスチャーを
なんでやねん!のツッコミと間違える。
鳥谷は目でサインを送る。
藤原はウインクで返す。
鳥谷は本当に藤原につっこむ、
「なんでやねん!藤原さん!!」
すぐ横に藍さんが立っていた。

「藤原…く…ん?」


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「藤原…く…ん?」
「何故、ここに?」

「あっ、藍…。
 ひ、久しぶり!元気だったか?」
藤原は、背筋を伸ばし藍を見つめた。
他の三人は固唾を飲んだ。

「おかげさまで元気よ。
 藤原くんも元気そうでよかった」
藍は、空いたお皿をトレーに乗せながら
スタッフ達を笑顔で見た。

「初めまして。三浦藍です。
 今日は遠いところ本当にありがとう。
まだまだビールはありますよ」
三人は藍の素敵な笑顔に釘付けになった。

「藍さん、本当においしかったです!
 ごちそうさまでした」
理沙が藍に言うと、鳥谷も、坂本もお礼を述べた。

「嬉しい。良かったわ。こちらこそありがとう」
「じゃあ、お言葉に甘えてビールを追加で…」
「藤原さん!お言葉に甘えて…じゃないですよ!
 何しに来たんですかっ!?」
「そ、そうだった。
 …十年前、なぜ急に居なくなったんだ?」
一瞬静寂が広がり、水を流す音と店内のBGMが聞こえた。

藍は一つだけ咳払いをした。
「頼りなかったし、だらしなかったし、お金も無かったから。」
三人は藤原を見た。
藤原はガクンと椅子に項垂れた。

「ハハハ…そうだよなぁ…
 俺もそうじゃないかと思っていたんだ…」
坂本が項垂れた藤原に手を貸した。
理沙は藍に頭を下げた。
「だめだ…ないない尽くしだ…
 ないないのストレートフラッシュだ…」
鳥谷はぶつぶつ言いながら漬物を齧った。

(カズマちゃ〜ん。聞こえる〜?)

「誰だ?」
(そう、聞こえてるのね、
 あたしよあ、た、し。せいめい。)
「せいめい…?」
(もう!せいめいといえば安倍晴明でしょ〜。
 もうちょっと賄い食べさせてあげてね〜
 この子、ガリガリじゃないのよぉ)
「鳥谷…お前すごい人が憑いてくれてるんだな」
「えっ?そうなんですか!?」

(だ、け、ど。
 いつもお世話になってるから今日は助けちゃう!
 女心に関してあたしの右に出るものは平安時代から居ないわ)
(一真ちゃん。
 あたしと同じことを言って。
 藍、当時俺のことを嫌いになったのか?)
「藍、当時俺のことを嫌いになったのか?」
藍は一旦トレーを隣のテーブルに置いた。

「そうよ、大嫌いになった」
(嫌いになれたら、どれだけ楽になれたか。)
(理由は未来が見えなかったからか?)
「理由は未来が見えなかったからか?」

「そう、お給料も少ないのに見栄っ張りで皆に奢るし、
 お酒も大好きで私が将来苦労するのが目に見えた」
(お金なんて少なくても良かった。
 楽しくて、みんなで頑張って将来お店を持つ夢も大好きだった。)
(本当に元気なのか?)
「本当に元気なのか?」

「さっきも言ったでしょう。おかげさまで元気。」
(10年前私はまだ治療薬のない疫病にかかってしまった。
 お医者さんから命は持って二年の宣告を受けた…)

「わかった。ありがとう」
藤原は、鳥谷を抱きしめた。

「な、なんですか〜、藤原さん!
 完全に振られちゃいましたね…」
(一真ちゃん。
 抱きしめるのはあたしじゃないでしょ。
 良い子よこの娘。大切にしなさい。
 またね、チュッ!)

「藤原さん、元気出してください!
 会えて真相を知れただけでも良かったじゃないですか?」
理沙と坂本も藤原に同情の言葉を贈る。
藤原は徐に立ち上がる。
「藤原さん…?」

藤原は藍を抱きしめた。

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パシン!!

「パシン…」
鳥谷は片目を掌で隠した。

「ふ、藤原さん…藍さんの話し聞いてました?
 え、!?藤原さん…?」
藤原の目からは大粒の涙が溢れた。

「そんなに痛かったんですか藤原さん」
坂本が心配そうに言う。
理沙は固唾を飲んで藍と藤原を交互に見た。

「藍…気付いてあげらなくて本当に…すまなかった。
 そして…痛かった」
藍はその言葉を聞いて、大粒の涙を流した。
鳥谷は慌てて紙ナプキンを藍に渡した。

「鳥谷君だっけ?ありがとう。
 きっとあなたの守護霊が藤原君に教えたのね。」
藍は一枚を藤原に渡し、
一度鼻を啜ってから話し始めた。

「私が罹った疫病は当時、
 治療薬もなく感染ルートも分からなかった。
 わからない事だらけの病は人々を恐怖に陥入れ
 過剰なまでに感染した病人を追い詰めた。
 この町で同じ病気に罹った人は
 検査結果が分かった当日、
 国が斡旋したビジネスホテルに入れられた。
 そして、こんな田舎の住居に防護服を着て、
  農薬で使う動力噴霧器を背負って役人が何十人も来たの。
 罹った人の家に立ち入り禁止の黄色いテープを貼った。
 まるでそれは殺人事件の現場のようだったわ。

 家の中の至る所を噴霧器で
 アルコールや害虫駆除の殺虫剤を撒き散らした。
 それはまるで見せしめのようだったの。
 病気になられた方は結局一度も自宅に帰る事なく、
 引っ越してどこに行ったのか分からなくなった。
 生きてるのかさえも分からない。

 それまでご近所付き合いして、町内会や集まり、
 町おこしのイベントにも参加してみんな仲良くしていたはずなのに、
 病気に罹った途端、その人の兄弟、御親戚、町中の人が白い目で
 病気に罹った人を町から排除した。」
そこまで言って、藍は藤原に笑いかけた。

「私が居たら藤原君にも、ご家族にも皆に迷惑をかけてしまう。
 もちろん私の家族にも。
 だから私は一人でアフリカに飛んだの。
 アフリカで死のうと思った」

「ひどい…なんで…。
 だけど、藍さんは元気で生きてる!」
理沙が泣きながら藍に言った。

「理沙ちゃん。
 そうね、私は生きて帰ってきたの。
 アフリカで主食にしていたのがイネ科の穀物を
 水で醗酵させて焼く醗酵料理だったの。
 余命宣告までされていたのに、
 ご覧の通り今は至って健康になった。
 アフリカの自然の中で添加物も農薬も無く、
 毎日食べていた醗酵料理で私の病気は治り元気になった。
 その時に日本に帰ったら醗酵料理のお店をしようと決めた」

鳥谷が藤原と藍を見て、
「藍さんは何故藤原さんにもう一度会おうとしなかったんですか?」

「当時は迷惑をかけたくない一心だった。
 だけど何も言わず居なくなって
 藤原君にも新しく良い人が出来たんじゃないかな、
 私のことなんて忘れたんじゃないかって思った。
 何より10年も経っておばさんになっちゃったしね」

「藤原さんはだーれも居て無いです!
 ちっともモテないです!
 モテたこと無いです!!
 そして藍さんはとっても綺麗です!」

「鳥谷…お前…俺のはただの悪口じゃ無いのか?」
(あたしは、一真君大好きよぉ〜!)
「晴明…。なんで喋れるんだ。
 なんでもありだな。
 鳥谷、俺は今、男にモテている」

「藤原さん、何をドヤ顔で俺は今男にモテている。なんですか!?
 違うでしょ?」
「あ、あぁ…。」

藤原は藍を見た。
「藍。あの時のまま藍は変わらない。俺はずっと…」

その時だった。
大きな地鳴りがし轟音が唸りをあげた。
突如、建物が大きく揺れ、ガラスが割れた。



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「キャー!!この地震大きい!」
理沙が叫ぶ。
「皆さんテーブルの下へ急いで!」
鳥谷はみんなを誘導する。
藤原は急いでキッチンに入る。
間一髪のところで、全てのガスの元栓を閉じる。
狼狽している藍のお母さんを救出する。

ガシャーン!!
食器が落ちる。
グラスが割れる。
ゴォーという轟音が鳴り、
ミシミシと建物が軋む。
それでも揺れは続く。

「藤原君!お母さんをお願い!
 足が不自由なお父さんが家にいる!!」
藍は叫ぶと同時に店から飛び出した。
「藍さんっ!!気をつけて!」
理沙の声が、藍を追いかける。
返事はなかった。

「北海道南西沖マグニチュード6.8、
 この辺りの震度は5弱。
 津波の心配は今の所大丈夫、
 だけどこの辺りは停電だ」
坂本が屈みながら、パソコンを操作する。
藤原に守られながら、お母さんが言う。
「藤原君ありがとう。もう大丈夫。
 揺れはおさまったわ、藍とお父さんが心配。
 被害も少なければいいけど…」

藍は坂道を全力で走っていた。
あちこちでサイレンが響き渡り、
住民が心配そうな表情で話し合っている。
幸い、藍が見た景色には倒壊した建物は無く、少しだけ安堵する。
停電になった町は、徐々に暗い帷がおりていた。

「お父さんっ!!」
静まり返った家に、うめき声が聞こえた。
「大丈夫!?お父さんっ!」
見ると、倒れた箪笥の下敷きになった父がいた。
「すぐに助けるから!」
藍は箪笥を押し上げようとする。
(だめ、重たい…)
「ありがとう、あ、藍、父さんは大丈夫だ。
 ちょっと歩くのが遅くてな、こ、転んじまった」
「大丈夫!なんとかするから!頑張って!」
(う、動いて!!)
藍は必死に箪笥を持ち上げる。

その時、ご近所の人たちと一緒に、藤原が現れた。
「遅くなってゴメン」
「皆さん!お願いします!せぇのっ!!」
男たちは軽々箪笥を持ち上げた。
「あんなに重たかったのに…皆さんありがとう」
藍がお父さんを抱きしめ、そこから救出する。

「お父さん、大丈夫?」
お父さんは、よろよろと自分の足で立つ。
「あぁ、藍ありがとう。大丈夫だ。皆さんありがとう。
 君は、確か…」
「ご無沙汰しています。藤原です。お父さん怪我は?」
「そうだった。ありがとう藤原君。
 大丈夫これくらい、真っ暗になるのは怖かったがね」
笑う父を見て、藍は涙した。

「みんな本当にありがとう」
(あの流行り病の時は、ご近所なんて、
 他人なんて助けてはくれないと思ってた…だけど違ったんだ)
藍は心の中で思った。

「藍ちゃん、礼なんていらねぇよ、
 ご近所だ。当たり前だろ」
「でもにいちゃん、
 なんで俺たちに声をかけて回ったんだ?
 中の様子がわかってたのか?」

「お父さんの守護霊が、場所と今の状況を知らせてくれた」
「へぇ!にいちゃん、そいつぁすげえな」
「そして最後に、こうも言っていた。
 今こそ国民が一致団結する時、だと…」

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「そして最後に、こうも言っていた。
 今こそ国民が一致団結する時、だと…」
藤原は藍のお父さんの肩を担ぎながら話した。

「にいちゃん、そりゃ一体どうゆうことだい?」
「分からないが、
 確かに藍のお父さんの守護霊が言っていた」
「確かにな、
 このままじゃ電気が使えねぇまま夜になっちまう
 俺たちゃ良いが、病院とか電気が無いと
 困る人が沢山いてるからな」
その時、誰かが玄関の扉を叩いた。

「おーい!
 北海道大学で研究しとった前川博士が
 大通公園で出来たばっかりの
 フリーエネルギーってやつを動かすらしいぞ!」
「前川博士…前川教授北海道大学、
 そうか!飛行機の中で坂本が言ってた教授だ。
 坂本が居なければ、
 危うく飛行機諸共墜落するところだった」
藤原が藍に言う。

「北海道に来るとき、そんな事があったのね」
「藍はお父さんと一緒にいてくれ。
 前川教授がフリーエネルギーで 電気をつくる!
 みんな行こう!」

北海道は闇に包まれていた。
家もお店も、街灯でさえも
黒で塗りつぶされている。
所々、懐中電灯やロウソクの灯りが灯る。
公園は沢山の人でごった返していた。
不安そうに今日の出来事を各々が話し合っている。
その中に聞き覚えのある声が聞こえる。

「すごい人ですね、坂本さん!」
「ここからいち早く、電気が復旧するかもしれない。
 みんな期待してるんだよ鳥谷君」

「鳥谷!坂本!理沙!」
「藤原さん!!」
「良かった。会えて。
 藍さんのお父さん大丈夫でしたか?」
「少し逃げ遅れて箪笥が倒れた。
 大丈夫、怪我はなかった」
坂本はホッと胸を撫で下ろした。
その中央、開発チームが作業を進めていた。

「坂本さん、うまくいきますか?」
予備バッテリーでパソコンを操作しながら坂本が答える。

「今までもエネルギーに換える技術はあったんだ、
 例えば風力なんかは空気をエネルギーに変換する。
 だけど前川教授のグループは、湿度や熱、電磁波、温度差など
 様々なエネルギーを活用し変換する。
 つまり大きなエネルギーを生み出すことができる」
「だけど…
 この大停電を回復するのにはエネルギーが足りない…」
「坂本さん、パソコンに何か…?」
理沙が心配そうに覗き込む。

「り、理沙ちゃん
 見ても分からないよ、嬉しいけど。
 前川チームのプログラムにアクセスしてる」
「どうしたら良いの?」
「前川教授から、
 停電以外の地域に発信が出てる」
「エネルギーが足りない。
 人間に流れる微弱な電気と波動を繋げて分けて欲しい」

「坂本!つまりみんなが手を繋いだら良いんだな!」
「藤原さんって、
 どんくさいのか勘が良いのか分かりませんね」
「誰がどんくさいだ!
 鋭い勘で謎を解決!
 賄い探偵藤原とは俺のことだ!!」
「謎っていう、謎は出て来ませんけどね…」
「鳥谷!うるさい!手をつなげ!なんだガリガリしてるぞ!」
「手は普通です!、え!?ガリガリ、え!違う…
 カリカリ…理沙ちゃんまで」

エネルギーを生み出すために
手を繋ぐという情報は人から人へ伝わった。
そして手を繋いだ瞬間に情報ではなく、心が繋がる。
そして不思議なほどに、誰もがそれに協力した。
集まった人たちの手が繋がれ、
公園からも大きく外へ、人の手と手が繋がれる。
藍の家にも人が繋がり、藍とお父さんが手を繋ぐ。

「娘と手を繋ぐのは何年振りかの?」
「お父さん足は大丈夫?」
「すまんの、迷惑かけて」
「迷惑だなんて、親子じゃない。私はお父さんの娘で幸せよ」
「藍…。ありがとう。
 藤原君にもよろしく伝えてくれ」
「お父さん、泣かないでよ…藤原君とはまだ何も…」
藍は手を繋いだまま肩で涙を拭った。

情報は一気に駆け巡る。
北から南まで海を越えた。

普通なら、陰謀論と笑い飛ばす人も、
自己中心的な人もお年寄りも若者も、
男も女も、Xジェンダーも、
この日本全国手を繋ぐという行動に参加し手を繋いだ。
そして至る所で和解や、仲直りなどが起こった。
コミュニケーション出来ぬまま、
未解決のままの事件や問題、そして障害が、
日本全国の至る所で解決された。
賄い探偵は、見えない誰かの問題を知らぬ間に解決していた。

それは、もはや奇跡だった。
日本一周した、人と人が手を繋いだ波動エネルギーは、
北海道に集まり、前川教授グループにより
エネルギーへと転換される。
しかし…!

「教授!!制御出来ません!!
 エネルギーが膨大すぎて、
 フリーエネルギーの装置が持ちません!!」
「なんということだ。
 我々人類にはこんなにも、こんなにも…
 愛あるエネルギーがあった!
 人を助けるために、
 行動できる愛あるエネルギーがあった!」
前川博士は大粒の涙を流しながらメガネを外す。
チームメンバーも全員が涙を流しながら
フリーエネルギー装置を操作する。

「諸君。ありがとう!!」

前川教授が叫んだのと同時に、
漆黒の北海道に電気が灯る。
それは、
空に流星群が流れるように、
広い北海道を流れていった。

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「藤原さん!電気が!!」
「鳥谷…綺麗だな。」
坂本はメガネを外して涙を拭う。
理沙は飛び跳ねて周りを見渡す。

政府は迅速に復興対策本部を設置。
災害支援金などを閣議決定。
自衛隊が水や食糧のライフラインを確保する。
民間のボランティアも情報を共有し、
足りない物資や必要なものを届けた。

「みんな、
 もう少しだけ北海道に残って良いか?」

「藤原さん!もちろんです!
 僕たち料理人がこんな時
 食事をつくらなくてどうするんですか!?」
鳥谷が言う。

「僕、手伝えるかな?」
坂本が自信なさげに言う。

「坂本さん!大丈夫私が教えます!」
「理沙ちゃん!お願いします!」

「藤原君!
 私も手伝って良いかな?」

「藍さんっ!!」
「お父さん大丈夫でしたか?」
「おかげさまでね、理沙ちゃんありがとう!」

「藍…!もちろんだ。よろしく頼む!」

藤原たちは、朝から晩まで現地で炊き出しを始めた。
できるだけ丁寧に、身体に良いものを美味しく。

あちらこちらで、食事の良い香りがする中
咲き始めたラベンダーの香りが鼻腔を刺激する。
快晴の北海道。
人々の笑顔は戻り、街は復興していった。

「藤原さん、良いんですか?このまま帰って」
「鳥谷、見てみろ。
 満開のラベンダーが風に揺れている」
「何かっこつけてるんですか?
 ラベンダーが揺れている、じゃないですよ」

「帰ってお店を開けないと
 皆んなの給料が出せない…」
「それは困ります~!
 困りますけど、藤原さん大丈夫です」

「理沙、何が大丈夫なんだ?」
「坂本さんもお料理できるようになったし、
 当分は藤原さん居なくても大丈夫です!」
「えへん!藤原さん。
 理沙ちゃん直伝です。お任せてください」

「坂本…
 理沙ちゃん直伝って…理沙はアルバイトだぞ」
「まぁまぁ!藤原さん、大丈夫ですって!」
「もう一度ラベンダー畑、見てください!」

揺れるラベンダーの中、
藍が手を振っていた

FIN


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