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世界の新聞が伝えた「3.11」。

アメリカの首都ワシントンD.C.に「NEWSEUM」(ニュージアム)という新聞を中心としたジャーナリズムの博物館があり、ウェブ版では世界中で発行されている新聞の1面を見ることができた。日本はジャパンタイムズと朝日新聞が参加。2019年に閉館するまで東京で発行されている版がPDFや画像で1日遅れで表示されていた。

博物館の理念に照らし合わせてもリベラルな立ち位置の新聞のほうが積極的に参加していたのかもしれないが、いずれにしても世界中の1面を見比べることで、何がバリューのあるニュースになっているかが見えてくる貴重なウェブ空間であった。

そして、今となっては読めないが私はニュージアムで2011年3月12日と13日のいくつかの新聞をチェックしていた。

全容のつかめない未曾有の震災を、世界の新聞はどのように伝えたのか――。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は甚大な被害をもたらした。復興そのものは進んでいるが、福島第一原発の廃炉は終わりが見えない。ただ10年が過ぎると震災のニュースに触れていた世代でさえ記憶が薄れてしまう。忘却は時に大事なことでもあるが、未来に命をつないでいくためにできる限り記憶し、次なる災害に備えなければならない。

新聞はビビッドに「3.11」を伝えている。日本が受けた衝撃や世界の人たちリアルタイムの解釈を新しい世代に伝えていくには、その当時の新聞が何よりの資料になるだろう。

もっとも著作権は各新聞社に帰属するのは言うまでもなく、写真や記事、それに報道のための工夫は保護されるべきものであり、インターネット空間の特殊性を考えれば十分に配慮すべきだ。フェアユースの観点から特に米国内法においては取得、提示、研究目的等での利用は許容されるものと思われるが、日本国内では明文化されたものがないため、一部は大きく画質を落とした。また、この記事もニュージアムによる公開が再開されれば削除することにする。

※この記事では津波を含む災害の写真が出てきます。ご注意ください。

日本の新聞はどう伝えたか

20210309_朝日新聞20110311

まずは震災の前。3月11日の朝は当然ながら、いつもの日常の中にあった。日本の新聞しかチェックしていなかったが、各紙横並びで伝えなければならないようなビッグニュースはなく、独自の見出しが並んだ。画像の朝日新聞は当時の菅直人首相が政治資金規正法で禁じられている外国人からの献金を受けていた疑いを報道している。(この記事はインターネットで今でも読める

東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生したのは、この日の午後2時46分だった。東京でも被害が出る中、各紙は特別編集体勢に移行した。翌日の朝刊では「東日本大震災」と大きく見出しが打たれ、3月11日の夕方に飛び込んできた原発の情報も「福島原発、放射能放出も」として紙面に載った。

20210309_朝日新聞20110312

新聞では通常、記事が長方形の塊でまとまってしまったり、見出しが縦に連続してしまうのはあまり良くないとされるが、見てくれではなく更新され続ける情報を整理して送り出すという使命に集中していたことがうかがえる。

また、大見出しの「東日本大震災」は5W1Hのほとんどを包含しない言葉で、本来なら見出しに用いるような言葉ではない。他例を参照するなら、「東北で震度7」や「M8.8 東日本で津波」が適当だが、漢字6文字を並べたところにも地震そのものの大きさや衝撃の大きさが見えてくる。

日本語の新聞では朝日新聞のみがニュージアムに参加していたため、ここでは同紙のみを取り上げたが、読売新聞は「東日本 巨大地震」、毎日新聞も「東北で巨大地震」と大きな見出しを付けた。3紙ともに津波が迫る航空写真を載せ、津波被害を中心に伝えている。

20210309_朝日新聞20110313

そして翌日。まだ震災としては救命のフェーズながら、福島第一原発の事故が大きく伝えられた。刻一刻と状況が悪くなり、12日に1号機が水素爆発。14日以降には3号機と4号機でも爆発が起きる。13日は1号機爆発の翌日。朝刊はテレビが伝えた煙に包まれる建屋の模様を載せ、11日付と同じ大きさの見出しで「福島原発で爆発」と記した。読売新聞と毎日新聞も全く同じ対応をしている。

3月12日:世界が伝えた「3.11」

まだ原発よりも地震と津波がニュースとして大きなウエイトを占めていた3月12日の新聞。世界はどのように伝えていたか。

20210309_ニューヨークタイムズ20110312

20210309_ワシントンポスト20110312

アメリカの東海岸、ニューヨークタイムズワシントンポストは全く同じ写真を掲載。津波に飲み込まれて炎上する家屋を載せ、ニューヨークタイムズは「Powerful Quake and Tsunami Devastate Northern Japan」(大地震と津波 日本北部に壊滅的打撃)と震災を表現。ワシントンポストは「Japan reeling after 8.9 quake」(日本 M8.9の地震に揺れる)と遠回しな言い方で伝えた。

reelは困惑する、混乱する、よろめく、などの意味で使われる動詞。釣りの「リール」も同じスペリングで、もしかしたら英語話者には見えざる糸に巻かれて翻弄されるような難局が想像できるのかもしれない。devastateは荒廃させるという意味の単語。なお、英字紙では見出しの時制表現が一般的な文章とは異なる。あまり学校では習わないが、このようなサイト(RNN時事英語)もぜひ参考にしてほしい。

20210309_ロサンゼルスタイムズ20110312

西海岸のロサンゼルスタイムズは「SHOCK AND FURY, The world can only watch as Japan tragedy unfolds」(ショックと猛威。日本で惨状が広がるのを世界はただ見守るのみだった)と書いている。こちらも婉曲的だが、一報に触れた人々のどう表していいか分からない難しい感情を伝えようとしている。

furyは猛威、激怒など苛烈な状況を示す名詞。tragedyは悲劇、unfoldは次第に明らかになっていくという意味の動詞だ。unfoldは折りたたむという意味の「fold」に「un」が付いており、その逆方向の動作を表している。折りたたんだ紙を広げていくように惨劇が拡大し、あるいは徐々に明るみに出て行く様を一つの単語で表現した。

20210309_フォーリャデサンパウロ20110312

20210309_ニュージーランドヘラルド20110312

南米ブラジルの一般紙フォーリャ・デ・サンパウロも津波の被害を伝えている。また、紙面右側には太平洋を渡る津波の危険性にも触れている。この地震ではハワイで3.7メートル、南米チリで1メートル弱など太平洋岸各地で津波が観測され、カリフォルニア州とインドネシアでは犠牲者も出た。ニュージーランドの最大都市、オークランドで発行されている地方紙・ニュージーランドヘラルドも津波被害を中心に大きく伝えた。

そのほか、台湾、シンガポール、スペイン、オーストリアの新聞も第一報をそれぞれの表現で伝えた。下に列挙する。

20210309_自由時報20110312

20210309_聯合報20110312

20210309_ストレーツタイムズ20110312

20210309_エル・パイス20110312

20210309_クリア20110312

3月13日:原発報道へのシフト

日本の新聞がそうであったように、各国の新聞も3月13日以降は福島第一原発の状況を伝えるようになっていく。

20210309_ワシントンポスト20110313

20210309_ロサンゼルスタイムズ20110313

アメリカはテレビニュースは特に感情に訴える表現が多い印象を受けるが、新聞も言葉の選択はそういうメディアの姿勢が反映されている。3月13日も同様だ。ワシントンポストは「TOLL'S REALITY SET IN」(犠牲は現実に直面する)と見出しを置き、防護服を着た人たちの写真を大きく扱った。被害の状況を直接伝えるというよりも、含みのある言葉と切り取った写真は人々の感情に向けられていると思う。ロサンゼルスタイムズも「A RACE AGAINST TIME」(時間との戦い)と記した。事象の全体を捉える写真や数字を並べる日本やアジアの報道に比べると、文化の違いを感じる部分でもある。

20210309_自由時報20110313

20210309_聯合報20110313

台湾の自由時報聯合報の3月13日付紙面は、原発が爆発した時の遠景と死者数などを伝えている。2紙ともに紙面が日本のスポーツ紙に近いような見出しの配置や字体となっているが、台湾4大紙の一角を占める一般紙で、台湾では標準的なフォーマットだ。

20210309_エル・パイス20110313

ヨーロッパの新聞も数字に重きを置いた傾向があり、スペインのエル・パイスは爆発時の写真と20万人が避難する可能性があることを伝えている。見出しは「Accidente nuclear tras el tsunami」(津波後に原発事故)と日本の新聞に似た表現だ。

20210309_ハアレツ20110313

一方、イスラエルのハアレツは3月13日の紙面が第一報。ハアレツは日刊紙だが、3月12日は土曜日でユダヤ教の安息日でもあり、休刊日であったのだろう。

以上がストックしていた新聞の1面である。3月12日付を載せて、13日付を載せていないものは、被災者の表情をクローズアップしていたり、写真の扱いがあまりにも大きく撮影者の著作権に深く関わってしまう可能性があったりと、クリアできない諸問題があり載せなかった。

新聞から学ぶこと

本稿の根幹にある「フェアユース」は研究や学習が主たる目的であり、本稿も東日本大震災の風化を防ぐと同時に、メディア論研究の一助になればと思って載せている。

時々刻々と変わる状況を新聞がどのように捉え、何を伝えようとしていたのか。そして、伝えたからこそ防げたものもあれば、伝えなかったがゆえに永遠に閉ざされてしまったものもあるかもしれない。あるいは世界の伝え方から見えてくるものもあるだろう。

インターネットがいかに深く浸透し、代償のように既存のメディアが凋落しようとも、そんな人間社会のメディア変容とは無関係に、また自然災害はやってくる。被害を小さくする伝え方は何か。どのような行動を促すことができるのか。決して正解はないが、正解に近い伝え方を模索し続けなければならない。

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