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美しさはいつもクレイジー ~ジロ・デ・イタリア2023 第1週目 勝手にプレビュー

今年は(も)おかしい

今年のグランツールはちょっとおかしい。ジロ・デ・イタリアは個人タイムトライアルが3ステージも設定され、いつもとは異なるローマでの周回コースで戦いを終える。ツール・ド・フランスはフランス中南部を西から東へと横切るルートで、フランスを一周する雰囲気は全くない。もちろんブエルタ・ア・エスパーニャはいつだっておかしい(今年のコースはゆらゆらしている)。

ジロは全21ステージで、あちこちで言われているように山岳が厳しい上に、個人タイムトライアルが3度もあるという容赦のない設定。相変わらずタデイ・ポガチャル(UAEチームエミレーツ)の出場を期待していそうなコースだが、ポガチャル自身はツールを優先しており、そもそもリエージュ・バストーニュ・リエージュの落車で負傷で5月は棒に振ることが決定的だ。

優勝候補に挙げられるのは、山岳に強く、タイムトライアルでも後手に回らない選手になる。もはや誰が予想しても同じになるが、2度目のジロ出場となる23歳のレムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)、3度目の出場の33歳のプリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)が最有力候補。いずれも過去にブエルタ・ア・エスパーニャを制している。

両者とも個人タイムトライアルでも強く、調子が良ければかなりの接戦が予想される。前哨戦の一つとされた7日間のボルタ・ア・カタルーニャではログリッチが総合優勝、エヴェネプールが2位で、ポイント賞や山岳賞も両氏で分け合った。

アシスト力はユンボ勢だが…

エヴェネプールを支えるのはベテランの域に入ってきたマティア・カッタネオ、同じくベテランのヤン・ヒルト、若手総合系のイラン・ファンウィルデルなど。ただ、他チームに比べるとアシストの力は落ちる。エヴェネプールがどれだけ個人タイムトライアルや緩斜面の山岳でリードを取れるかが、優勝へのカギを握りそうだ。

ログリッチのアシストはクライマー職人のセップ・クス、タイムトライアラーで平地を高速で引き倒せるヤン・トラトニク、2022年の世界選手権で個人タイムトライアルのチャンピオンに輝いたトビアス・フォスなど。平地や下り坂で落車しやすいログリッチにとっては、トラトニクやフォスの支えはありがたいだろう。

UAEチームエミレーツはジョアン・アルメイダをエースに起用する。パスカル・アッカーマン、ダヴィデ・フォルモロ、ブランドン・マクナルティ、ディエゴ・ウリッシ、ジェイ・ヴァインなどアシストも豪華。アルメイダに何かあっても、十分に表彰台を狙える顔ぶればかりだ。不安は全くない。

イネオス・グレナディアーズは2020年のジロを逆転で制したテイオ・ゲイガンハートがエース。今年は5日間のツアー・オブ・ジ・アルプスで総合優勝している。平地の巡航ではフィリポ・ガンナ、山岳ではベテランのゲラント・トーマス、総合系の一人パヴェル・シヴァコフなどがアシストする。

新城出場でカルーゾは表彰台確実!?

前年度覇者のジャイ・ヒンドレー(ボーラ・ハンスグローエ)は出場せず、ツール・ド・フランスに向かう。ヒンドレーに代わってエースを務めるのがアレクサンドル・ウラソフだが、今年はまだ十分な成績を収められていない。

バーレーン・ヴィクトリアスはダミアーノ・カルーゾをエースに据え、新城幸也がオールラウンドにアシスト。山岳ではジャック・ヘイグ、ジーノ・メーダーなどがサポートする模様だ。新城が出るとバーレーンは活躍しやすい。経験値があり、平坦~丘陵コースでのアシストでも頼りになるからだ。カルーゾは最低限でも表彰台は狙えるはずだ。

グルパマ・エフデジからは今季限りでの引退を表明しているティボー・ピノ、トレック・セガフレードからは上り調子のジュリオ・チッコーネがエースとして出場する。

そんな状況を踏まえた予想は次の通り。

総合優勝
レムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)
 →アシストに難ありだが、何より本人の調子がいい。

ポイント賞
マイケル・マシューズ(ジェイコ・アルウラー)
 →登れるスプリンターしか稼げないステージも多い。

山岳賞
ジョアン・アルメイダ(UAEチームエミレーツ)
 →総合を狙った結果のおまけで転がり込みそうだ。

ヤングライダー賞
レムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)
 →結果的にそうなる。

中間スプリント賞
フィリッポ・フィオレッリ(グリーンプロジェクト・バルディアーニCSF・ファイザネ)
 →バルディアーニも存在感は示しておきたいはず。

総合敢闘賞
マグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)
 →大逃げとスプリントあたりで3勝くらいしそう。

コース

今年のコースはイタリアの絶景が楽しめそうだ。イタリアを長靴や脚に例えるなら、ふくらはぎ付近のオルトーナ周辺(トラボッキ海岸)をスタートし、足首のあたりまで南下。南部の都市サレルノで踵を返して北上し、決戦のアルプスに南西麓から挑む。スイスに出入りしたり、アルプスの難関路を走ったりしながら、イタリア北部を西から東へと横断。オーストリア、スロベニアとの3国国境付近まで走り切り、最後はローマに飛んでフィニッシュする。

では、各ステージごとに見どころと予想を見ていこう。

1週目:前菜はおいしいだろ?

第1ステージ
フォッサチェジーアマリーナ〜オルトーナ
19.6km
設定:個人タイムトライアル
難易度(公式):★★☆☆☆
優勝予想:ステファン・キュング(グルパマFDJ)

アドリア海を遊ぶ波乗りたちの海岸線。ここでの個人タイムトライアルが今大会のグランデパールだ。平坦な道を16キロ以上走るが、残り3キロを切ると平均勾配5.4%の坂道が現れる。登坂距離は1キロと短く、ブエルタ・ア・エスパーニャが好むような極端な勾配でもないが、ひと癖あるのは間違いない。4級山岳にカテゴライズされており、初日にしてきちんと山岳ジャージーに袖を通すライダーが出てくる。もっとも初日ゆえに第1ステージ勝者、総合1位、ポイント1位、山岳1位はいずれも同じ選手になるわけだが。

ジロの公式サイトの面白いのは、コース詳細のページを開くと、コース概要の次に「フード」の欄が来ることだ。イタリア人にとって食とお洒落は欠かせない。今日のコースにはタイトルが付けられており、「トラボッキ海岸」(コスタ・デル・トラボッキ)と表現されている。トラボッキとは当地で特徴的な漁師小屋のことで、料理ももちろん海鮮料理がおすすめらしい。それに加え、柑橘類、オリーブ油も有名だという。退屈といえば退屈な個人タイムトライアルの画面を盛り上げるのは、ワインを欲する料理映像の数々かもしれない。

第2ステージ
サンサルヴォ〜テラモ
201km
設定:平坦
難易度(公式):★☆☆☆☆
優勝予想:エリック・ビーストロム(アンテルマルシェ・サーカス・ワンティ)

途中に4級山岳ポイントが2カ所あるが、後半の60キロは平坦。普通に考えれば山岳ジャージーに袖を通したいセカンド・ディヴィジョン(UCIプロチーム)が小さな逃げ集団を作り、それらが残り20キロ前後で吸収され、集団スプリントに持ち込まれる。屈強なスプリンターのバトルが見どころになるはずだ。しかし、少人数でフィニッシュを競う可能性も捨てきれない。海岸線を走るルートで横風分断のリスクがあるほか、根本的なところで逃げ集団に乗ってわずかな山岳ポイントを狙いたいチームがどれほどあるか、疑問符が付く。プロチームと言えど今年はスプリンターを抱えていたり、総合系選手を抱えていたりする。むしろいろいろな思惑の間隙を突いて妙に強い先頭集団ができるかもしれない。アンテルマルシェやEFが仕掛けてもおもしろい。

第3ステージ
ヴァスト〜メルフィ
216km
設定:丘陵
難易度(公式):★★★☆☆
優勝予想:プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)

目指すのは内陸のメルフィ。フィニッシュラインの26キロ手前に標高858メートルの峠があり、湖のほとりまでのまとまりのない道(九十九折るでも直登でもない道)を2段階の登坂で上り詰める。その後はゆるく下ってゴールする。総合系が競い合うようなレイアウトではないが、もしスプリント力があるオールラウンダーならは、仕掛けてもいい。例えばボルタ・ア・カタルーニャで集団を置き去りにしてレースをかき回そうとしたプリモシュ・ログリッチ、レムコ・エヴェネプールはここで二人の争いに持ち込んでも面白いだろう。

第4ステージ
ヴェノーザ〜ラゴラチェノ(ラチェノ湖)
175km
設定:丘陵
難易度(公式):★★★☆☆
優勝予想:レムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)

ゴールの3キロ手前に2級山岳ポイントがあり、そこからはほとんど下らずにゴールに至る。この登坂は長さ9.6kmで、最大勾配12%、平均勾配6.2%。無難にこなそうと思えばこなせるが、差を付けようと思えば、20〜30秒くらいは稼げるかもしれない。

第5ステージ
アトリパルダ〜サレルノ
171km
設定:平坦
難易度(公式):★★☆☆☆
優勝予想:マグナス・コルト(EFエデュケーション・イージーポスト)

内陸のアトリパルダをスタートし、ティレニア海に面するサレルノにゴールする。アドリア海をスタートして5日目にして、ティレニア海に出てくるステージで、いわば「ティレーノ〜アドリアティコ」の逆再生。そしてナポリ近郊を走る今日は、曲者のステージだ。ゴールまでの25キロは下りか平坦でテクニカルではないが、それまでがギザギザ。公式設定の3級山岳ポイントは2カ所という設定ながら、4級や3級が付いていてもおかしくはない上りが4カ所くらいある。ちょっと前のインターネットならば、「よくぞこれで平坦と言ったな」と書いて、その上に打ち消し線でも引いたかもしれないが、それはできないので、堂々と言う必要がある。スプリンター向きのステージではないと。少なくとも重量級のライダーに勝負権はなく、ともすれば逃げ切りだって起こりうる。荒れたステージになる? ああ、そうだ。その通りだ。

第6ステージ
ナポリ〜ナポリ
162km
設定:平坦
難易度(公式):★★☆☆☆
優勝予想:カーデン・グローブス(アルペシン・ドゥクーニンク)

ナポリ市街地をスタートし、ヴェスヴィオ山の麓やポンペイ、ソレント半島を時計回りに巡って、再びナポリに戻ってくる。イタリアの歴史、観光資源をこれでもかと見せつけるようなステージで、テレビ中継からは紀行番組の雰囲気さえ感じられるだろう。この日ばかりは2020年限りで放送が終わった「旅する自転車レース ツール・ド・フランス」をオマージュし、窪田等さんの実況で楽しんでもいいかもしれない。あるいはサッシャぺディア(サッシャGPT 4.0)の出番か。
コースプロフィールはそれほど難しくはなく、途中に3級山岳ポイントが2カ所あるが、前日のそれとは違い、スプリンターを集団に抱えたままゴールに向かえそうだ。ただ、残り3キロを切ると左の直角カーブがあり、そのあともややアールのきついカーブがある。総合系のチームにとっては位置取りでミスをしたくはないレイアウトだ。

第7ステージ
カプア〜グラン・サッソ・ディタリア
218km
設定:山岳
難易度(公式):★★★★☆
優勝予想:テイオ・ゲイガンハート(イネオス・グレナディアーズ)

前略。
キミがいかにここまでを退屈していようとも、たとい楽しんでいたとしても、ここからが本番である。さっき下げた皿があったろう。キミはそれを前菜と思ったかい? チッチッチ(昭和)。これから見せるのが前菜なんだよ。1級山岳「グラン・サッソ・ディタリア」にフォークを伸ばすがいい。そしてキミは己に眠る恐怖を本当に知ることになるだろう。「これがメーンディッシュでないとしたら・・・」。恐れたまえ。大いに恐れるのだ。そして、今日、何人かはジロを捨てるくらいの差を付けられてしまうに違いない。登坂距離は26.4キロ。平均すれば3.4%のだらだらとした登りだが、後半の4キロは平均勾配8.2%に達する。ふるいにかけるにはちょうどいい前菜に、シェフのスパイスがちょっと効いている。それでももう一度言おう。今日はまだ獲得標高3900メートルに過ぎない、容易い前菜さ。

第8ステージ
テルニ〜フォッソンブローネ
207km
設定:丘陵
難易度(公式):★★★☆☆
優勝予想:レムコ・エヴェネプール(スーダル・クイックステップ)

新石器時代から集落があったという内陸のテルニを出立し、一路北上する。いわゆるワンデーレースのようなコース設定で、終盤に4級山岳、2級山岳、4級山岳の三つのカテゴリー山岳をこなしてゴールする。アルデンヌクラシックで優勝するようなレーサーに向いているステージだ。終着地のフォッソンブローネは歴史的な街並みと美術館(チェザリーニ・ギャラリー)で有名らしい。ルネッサンス様式の建物が残る当地に引かれたゴールライン。おそらくは小さな集団でのスプリントで勝負が決するだろう。最有力候補がこの時、世界選手権王者の証たるマイヨ・アルカンシェル(虹色ジャージー)を着ているのか、すでにピンク色のジャージーに身を包んでいるかは分からないが、彼が勝つ可能性は相当に高い。

第9ステージ
サヴィニャーノ・スル・ルビコーネ〜チェゼーナ
35km
設定:個人タイムトライアル
難易度(公式):★★★★☆
優勝予想:フィリポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ)

35キロの平坦の個人タイムトライアルで1週目のジロが終わる。第2計測ポイントがあるチェゼーナの市街地は少し複雑。しかしコース全体を見渡せばそこまでテクニカルというわけではない。タイムトライアルスペシャリストにとっては逃したくないステージだ。

2週目のプレビューはこちら>>

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