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aikoを聴く男、ゾンビを見る女

同居人がHuluで海外ドラマを観ているらしく小部屋に音声が聞こえてくる。「アアアーッ!」という男のうめき声である。毎晩、男たちがうめいている。しかも野太い声。

「いま観てるやつ、いつもゾンビに追われてるから……」

説明を求めると同居人は言った。それ以上聞かなかったので詳細は不明だが、とにかくゾンビに追われて男たちがうめいているらしい。たしかにゾンビに襲われりゃ、屈強な男だろうがうめくしかない。

私は小部屋でaikoばかり聴いていたが、すぐ近くにはゾンビばかり見ている女がいたわけで、一体この家はなんなのか。aiko好きの男とゾンビ好きの女の同居というのは、我ながら意味がわからない。

私のパソコンにはaikoの曲が200以上入っているが、aikoがゾンビに追われる曲など一曲もない。aikoが歌うのは「あたしとあなた」であって、「あたしとゾンビ」ではない。「ゾンビとあなた」でも「あたしはゾンビ」でも「あなたはゾンビ」でも「ゾンビとゾンビ」でもない。aikoにゾンビの要素はまったくない。

数日後、ふたたび男のうめき声が聞こえてきた。「またゾンビ?」と私は尋ねた。「いや、これは拷問」と同居人は言った。現在、同居人は二本のドラマを同時進行で観ており、片方は男たちがゾンビに追われ、もう片方は誰かしらが常に拷問されている。どちらも最高に面白い、とのことだった。

もちろん、aikoの曲に拷問の二文字が出てくることはない。恋愛の苦しさは歌うが拷問の苦しさは歌わない。それがaikoという女である。もしaikoの新曲のタイトルが『あたしと拷問』だったりすれば、トチ狂ったのかと思うこと必至だろう。

ちなみに、ゾンビあるいは拷問を見ている時、同居人のひざではネコが気持ちよさそうに寝ている。その身体をなでながらゾンビあるいは拷問の映像を見ている。発狂した金持ちマダムに見えなくもない。金が余りすぎて頭のおかしくなったマダムだ。「ニャーちゃん、見てごらん。人間は汚い声で鳴くわねえ」とかネコに話しかけていてほしい。右手にワイングラスがあれば完璧。

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