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共同生活における音の問題

私が小部屋で音楽を流すと居間にも音が届く。広い家ではないから、私の聴いている曲が家全体の雰囲気を支配する。そして現在の自分は一日の大半をaikoを聴くことに費している。

となると、私のなかに芽生えた強烈なaiko欲求の余波を同居人がもろに食らうことになる。私は求めてaikoを聴いているから何の問題もないが、同居人の場合、日常に唐突にaikoが入りこんできたわけだ。そしてaikoの歌声はイージー・リスニングの対極にある。強烈に感情にアクセスしてくる。BGMに向かない。軽く聞き流せない。

その結果、同居人の中でaikoが「いきなり家にあがりこんできて恋愛のことを歌いはじめる女」みたいになっており、日に日にaikoの好感度が下がっているようだ。

夜八時、私は突発的なaiko欲求を感じ、渇きを癒やすために再生する。

「またaikoがあがりこんでる!」と同居人が居間でさけぶ。

「もうすこし控えてよ!」

「いや、そこだけは譲れない」

居候の身でも、aikoを聴くことだけは妥協できない。それが私のリアルである。

「考えてよ、いきなり恋愛の歌を歌いはじめる人がいたらいやでしょ! いきなりなんだよ! 何の前ぶれもないんだよ!」

たしかに、突然家にあがりこんできて恋愛の歌を歌いはじめる女がいたらメチャクチャ嫌だな、とは思う。インターホン鳴ったと思ったら勝手にドア開けてて、手にコンビニ袋さげて「よっ」とか言われて、「ちょっと近く通ったし、今日も歌ってくわ、恋愛の歌」とか言われたら、その場ではありがたく聴いているふりをしながらも、絶対あとから「あの人なんとかなんない?」とは言う。「もう来るなって遠回しに言ってみてくんない?」とは。

共同生活ではこういう問題がよく起こる。以前、同居人がニコニコ動画でゲーム実況を聞くのにハマッていたことがあって、あの時は私のほうがうんざりさせられていた。知らない男がゲームをしながら喋っているのがえんえん聞こえてくる。同居人からすれば「ゲーム実況のナントカさん」だが、私からすりゃ本当に赤の他人だし。

ぼそぼそ実況しているのも気になるが、たまにテンションが上がるのも気になる。キャラのセリフをいちいち読み上げるのも気に食わない。女性キャラのセリフを読み上げる時は少しだけオネエ口調になるんだが、そこに照れがあるのも気に入らない。どうせなら自意識の殻を破ってほしい。テレビに出てくるプロのおかまのような口調でやってくれるなら、まだ聴けるのに。

こうした問題を解決するシンプルな方法は、大きな家に引っ越すことだが、それは金銭的な問題で不可能である。そのため、私が強い意志でaikoをゴリ押しするという現状に至る。これだけは譲れない、それが俺のリアル、何人も俺からaikoを奪うことはできない、はやく聴かないと俺の耳が枯れる、と言い張って、「こいつはaikoのことになると目がイクんだな、目がイッてる人間とは会話も成り立たないし仕方ないな」と納得させる戦略である。こんなものを戦略と呼んでいいかは知らんが。

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