[映画][L.A.暴動][HipHop] ストレイト・アウタ・コンプトン

80年代に社会現象になった伝説的なHipHopグループ N.W.A の伝記的な映画。そして青春映画でもある。実話そのものという訳ではないだろうけど、良い意味で当時の人間関係や時代がわかる。

N.W.A をサウンド面で支えていたのは、後にスヌープ・ドッグ、2Pac、エミネム をヒットさせ、Beatsというヘッドフォンを流行させ、さらに3000億ドルでその会社をAppleに売却したDr.Dreという有名人ということもあってこの映画は大ヒットした。

実は僕はDr.Dreのサウンドが昔から苦手で、HipHopを人種・世代を超えてメジャーにしたということくらいしか知らなかったのだけど、少しまえに「誰が音楽をタダにした?」という本を読んだことで興味を持った。

N.W.A は薬物・女性蔑視・ストリートギャングなどの過激な歌詞で社会現象を巻き起こした。映画と同じタイトルであるアルバム「ストレイト・アウタ・コンプトン(1988年発売)」は300万枚を超える大ヒットとなった。中でも「ファック・ザ・ポリス」という曲は過激な歌詞のためFBIから警告文が届くような社会現象になった(もちろんN.W.A の宣伝材料に使われた)。

Searchin' my car, lookin' for the product
Thinkin' every nigga is sellin' narcotics
(俺の車を探して、物を見つけようとして
黒人はみんなヤクの売人だと思ってやがる)  
引用 (Fuck Tha Police/ N.W.A)

と、ここまでは映画を見ていなくても当時を生きていたら、日本に住んでいてもなんとなく知っているようなことだと思う。音楽どうのこうのではなく、当時のアメリカの不安定さを象徴するような出来事だったからだ。製造業がだめになり、まだIT企業が生まれる前のアメリカを漂う不穏な空気は日米貿易摩擦のニュースにともなって日本でも十分に感じることができた。

「ファック・ザ・ポリス」の歌詞を書いたICE CUBEは、ストリートギャングではなく、進学校の高校へ通い工科大学の建築科に進む優等生だった(ミュージシャンとして成功したために中退)。そんな真面目な彼であっても、黒人というだけで、何も犯罪を犯したでもなく薬物を持っているわけでもないのに、ただ道を歩いているだけで警察に尋問され、地面にねじ伏せられてしまう。そんなフラストレーションをぶつけた曲だったからこそ、過激な歌詞であったが多くの人々の共感を得た。そして、彼らをねじ伏せる側の警察や裕福な白人層の反感を買った。

彼らが共感を得た社会へのフラストレーションは数年後に現実社会で爆発する「L.A.暴動」だ。1991年にスピード違反で捕まった黒人男性のロドニー・キングは20名近くのL.A.市警たちによって、一方的に殴る蹴るの暴行を受けた。その様子は偶然に市民によって撮影され大問題になる。しかし、明らかな映像証拠があるにも関わらず、暴行の主犯格の警官たちは黒人が含まれないメンバーで構成された陪審員制度の元で無罪になる。それに怒った黒人たちは手のつけられない暴徒と化し、6日間に及ぶ暴動となった。

この映画はN.W.Aのメンバーたちの人間関係を描いた青春映画なので、L.A.暴動に主軸は置かれない。しかし、ロドニーキング暴行の映像も暴動の映像も使われているし、なぜICE CUBEがファック・ザ・ポリスを書くに至ったかについてもしっかりと描かれている。

おなじく多くは語られていないが、ストリートギャングの2大組織であるクリップスとブラッズが敵対しているところも描かれている。そしてロス暴動のシーンでは結ばれたクリップスの青いバンダナとブラッズの赤いバンダナが映る。抑えのきいた素晴らしい演出だ。

さて、アルバム「ストレイト・アウタ・コンプトン」で成功したN.W.A であったが、ユダヤ人のマネジャーが契約や金銭などの問題を引き起こしたためにバラバラになってしまう。ICE CUBEはソロで活躍し、Dr.Dreはよりによってブラッズ出身のストリートギャングであるシュグナイトとDEATH ROWレーベルを立ち上げる。ただ音楽に向かい合いたかったDr.Dreはシュグナイトの関係でさらに悩むことになる。シュグナイトはビジネスを成功させたのにも関わらずギャングのスタイルを変えなかったためだ。
リーダーであるEASY-Eがユダヤ人マネージャーを袂を分かち、N.W.A 再結成へ向けて活動をはじめ、さあ、これからというところで病死してして映画は終わる。

 この映画の製作はDr.Dre、ICE CUBE、故EASY-E の奥さんということで、彼らにとって都合のいい話になっている部分もあるかもしれない。しかし、それを差し引いたとしても、よくできた青春映画だと思う。

EASY-E や シュグナイト、Dr.Dreに関しては別のドキュメンタリーも見ているのでその時に改めて書こうと思う。

ちなみにシュグナイトは、この映画の撮影中に出演していた俳優をひき殺す事件を起こして実刑を受けた。

L.A.暴動のことを知ろうと本を探したのだけど、なかなかこれという本が見当たらなかった。あの暴動を引き起こした何かを知ろうとしたとき、重要になるのは彼らのように本音をぶちまけたラップの歌詞が重要になるのかもしれない。

江戸時代の終わりに勝子吉という人物がいた。この人は勝海舟の父親なのだけど、生涯を無役(無職)で、喧嘩や吉原遊びに明け暮れた不良旗本だった。「けして俺のようにはなるな」と自分の馬鹿な半生を綴った「夢酔独言」という本を書いた。当時の日本語は文章で残す文語としゃべり言葉である口語が明確に分かれていたのだけど、この本は口語で書かれている。カッコつけないありのままの口語による文章は武家の最下層にいた貧乏旗本の本音を現在に伝えている。子吉より後の時代になるが、子吉が持ったような下級武士のフラストレーションは明治維新の原動力になった(旗本ではなく雄藩側になるが)。フラストレーションというものが後世に残るとするならば、型破りな手法でしか残らないのではないかと思う。

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