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[オンラインイベント][IT]ソフトウェア・ファースト第1回AMAに参加しました

以前紹介した「ソフトウェア・ファースト」の著者によるオンラインイベントがあったので参加しました。

良いことをたくさん話されていたのでメモを元にまとめてみました。走り書きみたいなメモを取ってしまったので、著者の及川さんの意図とは多少違うことを書いているかもしれません。

イベントのメモ

『ソフトウェア・ファースト』はソフトウェアが1番大事じゃなくて、手段としてのソフトウェアをちゃんと考えるのが大事ということを伝えたかった。
ITの本質はソフトウェアである。今、人気のAI IoTも大切なのはソフトウェア。IT技術にはハードウェア、ネットワークなどもあるがソフトウェアは進化が早く柔軟性が高い。
そして、ソフトウェア力の本質は実装力だ。
よく設計が大切と言われていたが、それは大昔の話。実装力を軽視したことが日本のIT力が落ちた原因である。

ではなぜ日本は実装力を軽視してIT力を落としたのだろうか?

マイケル・A. クスマノの「ソフトウエア企業の競争戦略」でも述べられてるが、かつて米国、欧州、日本にはそれぞれの強味があった。

米国: ビジネス
欧州: 文化
日本: 製造

日本は製造業の成功体験があったからこそ、製造業を過剰に模範としすぎる傾向がある。ソフトウエアの世界ではそれが裏目に出ている。

製造業とソフトウェアの大きな違いとして、ソフトウェアには工程が存在しない。
製造業が工程を重視するのは、製造業は設計図を元に同一製造物を作るからである、しかし、ソフトウェアは同じものを作るものではない。日本のソフトウェアがウォーターフォール偏重になったのも設計を元に作るということに慣れ親しんだものだからだ。
また、プログラマはシステムエンジニアが書いた仕様書を翻訳する職業という誤解がある。ソフトウェアの世界では設計と実装は製造工程ではなく、行き来しながら進めていく作業だ。
実装の経験(特にここ数年の実装経験)がないシステムエンジニアが書いた仕様書通りに実装することは無意味だ。それはjavascriptで考えれば分かると思う。javascriptは数年ごとに大きく技術・実装方法が大きく変わるため、最新の実装を知らないシステムエンジニアが書いた仕様はそもそも時代に合わないだろう。

また、製造業を模範とするなら、もっとちゃんと模範とすべきである。
製造業は製造技術者の技術を高めることを自らの武器として企業がとても重視している。製造することを理解しようとしている。製造業も多重下請構造だが、発注元のメーカーが下請企業が作る品質をしっかりコントロールしている。
では、ソフトウェアの下請や外注はどうだろうか?分からないから専門家に任せるという状態になっていないだろうか?ブラックボックス化していないだろうか?
では企業はソフトウェア技術を高めることを重視しているだろうか?ソフトウェアを理解していようとしているだろうか?
海外ではソフトウェア技術を自らの武器として企業がとても重視している。

日本では コンサルタント > システムエンジニア > プログラマ の順に給料が下がっていく。しかし、海外では最も稼ぐのがプログラマだ。実装力=ソフトウェア力=企業が稼ぐ力なので、経済合理性を考えれば当たり前の話だ。

企業がIT力を自らの力とすることを「ITの手の内化」と定義した。しかし、これは単に内製化をすすめるという意味ではない。
かつてトヨタは車の電子化(IT化の前の段階)したときに、完全に手の内化して自らの力にした。「ITの手の内化」も同じように企業が自らの力にするということだ。

一例だが、かつてGoogleがChromeを作ったときに最初はOSS(オープンソースソフトウェア)であるwebkit を活用したが、途中で合わなくなったので分岐させてして別のOSS(blink)とした。そのときはそれが最善だったが、webkitに貢献するという方法を取る方がよければそうしていただろう。「ITの手の内化」はこのようにコントロールできる状態にすることが大切だ。

ソフトウェア・ファーストという本はおかげさまで大変に話題になった。著者は後から知ったが、トヨタとNTT業務資本提携で トヨタ社長がソフトウェア・ファーストという言葉を使った。日本でもソフトウェアの重要性が理解されつつある。

しかし、ソフトウェアの力を活かそうとした企業でも、なかなか上手くいかない場合がある。これは能力ある人が権限を持っていないことが原因になっている場合がある。多くの企業は過去の技術の成功体験を持つ人が権限を持っているため、ソフトウェア実装力を持つ開発者に、真面目に善意だが見当違いなアドバイスを行い開発を遅らせてしまうことがある。必要な人材に必要な権限をあたえることはとても重要だ。

最後にソフトウェア・ファーストが話題の言葉になっている状態は非常にまずい。なぜならこれは単なるスタート地点だからだ。これが当たり前だと知っているプログラマのみなさんは、この先に進むために「コードの先にユーザーを見る」ことをしよう。

質疑応答から

Q. 企業がソフトウェアの力を理解してくれない場合はどうすればいいか?
A. 課題を共有することだ、例えどこかへ丸投げすることになり失敗したのなら、失敗したのという課題を共有し、提案しよう。
場合によっては転職するのも有効だ。
A.(別の似たような質問への回答) 現場でもどのレイヤーでも経営層に意見を言っていいと思う。

Q. コンサル>システムエンジニア>プログラマの序列になった原因は、製造業の影響以外にもあるか?
A. かつてソフトウェアで一番儲かるのはパッケージソフトだった。それはかつてマイクロソフトを見れば分かると思う。日本の場合はパッケージが上手くいかなくなったときにB2Bへ移っていき、そのときにパッケージ+サービスという形態で売り込んだ。サービスが非常に重要になったため、コンサルが上位にくる体制になった。
米国の場合は、ソフトウェアの力でB2Cでのビジネス展開に成功したために違うを生むことができる実装力がより重視されることになった。

Q. 情シスの役割はどう思うか?
A. Googleでもどこでも、すべて内製という訳じゃなくて、財務や勤怠などはありきたりなSaaSサービスを使っている。
サービスを人に合わせるのではなく、優秀なサービスに人の方が合わせることで成果がでる可能性がある。情シスはそういう提案をする役割もあるのではないだろうか?

Q.ソフトウェア・ファーストができている会社は?
A.実は結構あるのだけど、日本のよくないこととしてソフトウェアを活用できている会社を特殊扱いしてしまうことがある。ZOZOなどはECアパレル企業がうまくソフトウェアを使いこなした結果、IT企業として認知されるようになった。


感想

メモを清書しただけでは何なので、個人的に思いついたことを、、、

製造業、IT手の内化した企業、、などを考えているうちに無印良品の良品計画を思い出した。良く考えると良品計画は面白い。
無印良品はセゾングループの一員として、しかも元は西友のプライベートブランドとして誕生した。
今の人はピンとこないかもしれないけど、セゾングループといえば堤清二という実業家でありながら小説を書いたり、糸井重里さんに感性溢れるコピーを作らせたりと、尖った世界観を創り上げた人物がリードするグループだった。
無印良品もそんな感性で注目された企業だった。しかし、不況のなかでセゾングループが解体され、独り立ちを余儀なくされた良品計画に色濃く残った「感性での経営」は行き詰まってゆく、、感性で作られた服や製品が不良在庫として積みあがっていき経営を圧迫するのでたまったものではない。

そこで良品計画は数々の改革をする中で、製造業として立ちゆくために花王からヘッドハンティングした人物を通じて製造業的な企業文化を取り込んだ。流通業と製造業の品質管理は比べものにならないので絶対に必要だったことだろう。そうして感性だけの経営から脱却する。つまり「製造業の手の内化」に成功したのだ。

次に良品計画は2006年にITの改革に乗り出す。老朽化した流通業の肝であるMDシステムを更新にあたって、複数のベンダーが複雑に入り組んだ状態を解消する必要があった。その難題に良品計画はなんとシステムの内製化することを決定した。しかも自社の社員でできるように、テキストにしたデータをミドルウェアやDBは使わずシェルスクリプト(bash)で回すアプリケーションを作り上げたという。しかも「製造業の手の内化」という品質管理についての成功体験を持っているにも関わらず、スピード重視で100%を目指さないという方針。さらに「利用部門と開発部門が顔を合わせて、業務プロセスを整理しながら進める」というアジャイル的な進め方。まさに製造業とソフトウェアの違いを認識し自らの強味にするための「ITの手の内化」だ。
さすがに今はシェルスクリプトではなくクラウドあたりを使っていると思うけど、時折見かける記事や噂を考えると良品計画の「ITの手の内化」の企業文化は今も健在じゃないかと思う。

https://www.agilejapan.org/session/CaseStudy1.pdf


「感性の経営」と言われたセゾングループのDNAを持ち、「製造業の手の内化」「ITの手の内化」に成功し自分たちの強味にした良品計画は見習うところが多い企業ではないかと思う。

また、製造業をちゃんと見習おうということも腑に落ちた。なぜならスクラムも、リーンスタートアップも日本の製造業の手法をソフトウェア開発に応用したものだからだ。日本の製造業の良さを正しく受け継いだのはアメリカのソフトウェア企業だということはなんとも皮肉な話である。

ちなみに製造業の方のスクラムを作ったのは「失敗の本質」の著者の一人である野中郁次郎さんだ。

また、ソフトウェアを武器に世界に影響を与えるようになった企業がある。任天堂である。ゲームソフトのソフトはソフトウェアである。
ファミコン・スーパーファミコンを成功させた山内元社長は後継者について

「ソフトとハードの両方わかる経営者というのは、滅多におらんのやから、
いたらそいつを捕まえて、任せる」

と言っていた。

山内元社長は、天才ソフトウェア開発者として名をはせていた岩田聡さんが開発部長をしていたハル研究所という開発会社が経営困難に陥ったとき、「岩田さんが社長をする」という条件で支援をした。そして、見事に経営危機を脱することに成功し、経営力を手にした岩田さんを任天堂の招き入れ2年後に社長にした。山内元社長は自分ではゲームをやらない人だったので、ソフトウェア自体について詳しくはなかっただろう。しかし、任天堂を実に見事な方法でソフトウェア・ファーストの会社に導いたと言えるだろう。


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