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書く。

 書く。何も考えずに

 "君のは…あれだね……なんというか。週刊誌の記者が書くような…文章だ"

 高校生の時。現代文の先生に言われた言葉は今でも忘れない。それが良いとか、悪いとかではなく。私の書く文章は私の嫌いな週刊誌記者のそれと同じだという客観的事実を、私は今も忘れていない。私は別にそれでショックは受けなかったけれど、私は文章を書くのは諦めた。きっとそれはただの言い訳に過ぎない

 私はいつもそうやって、やらない言い訳を重ねてきた。誰かを納得させる必要なんかないのに。ずっとそうだったのは単に私の個性なのだろう。それも、良いとか悪いとかじゃない

誰からの評価がどうとか。
人気がどうとか。
様式がどうだとか。

 推敲に推敲を重ねて。書いては消して書いては消して。進まない。終わらない。成し遂げられない。何も実らない。それが私で、それがありのままの事実

 だから何もかもをすっとばして、書く。書く。誰かのためじゃなくて、私が生きるために。短くてもいい。乱文でもいい。これもきっと逃げ。だから、さよなら

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