ブルーライト・マジカル②

こちら↓の続きです。

そこは影公園と呼ばれている。わたしたちが勝手に読んでいるだけで、もっと長い正式な名前がそこにはある。十九時過ぎに着いて、ベンチに座りそばに在る木を眺めた。いつのまにかよもぎさんのことを考えてしまう。あのハンドクリームを塗ってきたからかもしれない。よもぎさんの薄緑のリュックに、ぷらぷらと付いたキーホルダーをわたしはくっきりと思い浮かべることができる。よもぎさんと同じくらいの歳の男の人の写真がプリントさせたキーホルダーで、よもぎさんはそのTVによく出ている男性アイドルのことがすごく好きなのだ。
 右手の爪にこつんと触れられた気がして、横を見るとブルーライトが隣に座っていた。わたしはなぜか驚かなかった。そこはちょうど街灯の真下で、ブルーライトは夢の中で見るより澄んだ光りかたをしていた。
「大事な日だよ」とブルーライトはまっすぐこちらに言った。すごく小さいとわたしは思った。八歳くらいの女の子に見える。
「立って さあwalk」ブルーライトはわたしの手を取った。

 青白く発光するブルーライトのことを、人々はおかしな目で見るんじゃないかと思っていたけれど、そもそもわたし以外の人には見えないようだった。わたしたちははじめは普通の手の繋ぎ方をしていたが、握っていると繋いだところから点滅している小さな光が漏れる。疑問に思ったのが伝わったのかブルーライトは手を放し、わたしに点滅の正体を見せた。ブルーライトの爪の白い水玉が、ちっちっ、と点滅している。
「アタシのこの水玉 お母さんと一緒」
「あなたにはお母さんがいるのね」わたしは言った。
「ねえ 爪と爪を合わせてみようよ」ブルーライトはわたしの右手の五本の爪に、点滅するちいさな爪たちを重ね合わせた。ブルーライトの手は小さくて、爪同士を重ね合わせるにはわたしが指先をぎゅっと揃える必要があったけれど、重なってしまえば磁石のようにぴったりくっついてしまった。でもそんなことではもう驚かなくって、嬉しい気持ちだけがシャボン玉みたく小さくふっとわいた。
 

ブルーライトは歩くペースが速いけれど、秋の始まりの風が後ろからやわらかく流れてきてわたしをアシストした。影公園が、ぐっと広くなっている気がした。歩いてもまだ先があって、夜で人も少なく、すれ違う人も――線の細いサラリーマンや、このあたりに住んでいそうな女子大生や、おそらく観光客ではない(きっと彼もこのあたりに住んでいる)黒人男性など――みんな、まっすぐ前だけを見ていた。等間隔に並ぶ街灯、樹々の葉っぱが風で揺れている。何だか目に映るすべて現実味がなかった。映画のセットみたいに感じた。作り物とすれ違うエキストラたち。
「目を閉じて歩ける?」ブルーライトは言った。
「いまなら出来そう」わたしは言い、目を閉じた。作り物なら、すべて張りぼてなら、ぶつかっても痛くないはずだから。

 ふわり。
 夢の中を歩いている感じって、こんな風かもしれない。まぶたの裏の黒い世界を、飛ぶように、滑るように、着地をほとんど感じない滑らかさで二本の足が交互に前へ出てゆく。目を閉じて歩けるんだ。だって見えているもの、道が続いていることを。わかっているもの、歩いていけることの確実さを。
「見てる?」わたしは目を閉じたままブルーライトに呼びかけた。「わたしいま人間じゃないみたいだよ もっとすてきな、たとえばあなたみたいだよきっと」

「見てるよ。目を開けてみて」ブルーライトの声がちょっと遠くでした。そういえばブルーライトとくっつけていた爪の先の感覚がない。遠くに行ってしまったのかと思ってわたしは目を開けた。

ブルーライトはたしかにわたしを離れてすこし先を歩いていた。でも、わたしたちはもう影公園にはいなかった。目を開けているのに、まぶたの裏の、黒いすべすべした世界をわたしたちはひたすら前方へ歩いていた。わたしたちの爪は物理的には離れたけれど、ブルーライトの爪の水玉から、レーザービームのように白い光が伸びて、わたしの青い爪に届いていた。めずらしい愛、そう思った。
 そしてここはまぶたの裏の世界でもあり、影公園でもあると気づいたのはそれからしばらくしてからだ。ブルーライトとわたしのほかにも、いるのだ。さっき影公園で見かけたいろんな人類たち――線の細いサラリーマンや、このあたりに住んでいそうな女子大生や、おそらく観光客ではない(きっと彼もこのあたりに住んでいる)黒人男性や――彼らがひたすら前へ、歩いているのだ。すべすべと、わき目もふらず、前方だけを見て。
「ここはどこなの」わたしは言った。でもわかっていた。こっちがきっとほんとうの場所だって。わたしたちはまぶたの裏の黒い世界を、ひたすら前方に歩く、そっちのほうが本来であるって。
「あなたは何者なの、ブルーライト。わたしほんとうのことを、見せてもらった気がする」
わたしがそう呟くとブルーライトは振り向いて、言った。この瞬間を待ってたみたいに。

「そう、アタシの名前はブルーライト。アタシはあなたたちから生まれる子ども。三百年後の今日、あなたとよもぎさんは世界で最初に消滅する。あなたたち二人は目に見える世界から同時にいなくなって、このまぶたの裏世界に同時に移行する。その瞬間、アタシが誕生する。だからアタシはあなたたちから生まれる子ども。どうぞよろしく、そう言いに来たの。二人のお母さんへ」


【続く】


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