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【子どものこと】好き嫌い

きのうは節分だったから豆まきをした。

恵方巻きは買わなかったし作ってもいない。

お店に並んでいる恵方巻きはびっくりするほど高くて
なによりも手が出ないというのが理由だったりするけれども
ぼくは少食で
お医者さんにももっと食べなさいと言われるほどだったりするので
あんなものを1本渡されて、黙ってぜんぶ食えと言われるのは
はなはだ迷惑である。それに、残すのももったいない。

もともと恵方巻きを食べる習慣などなかったから
べつに食べんでもいっちゃね? というわけで
今年も食べなかった。

それにうちには
自閉症の息子がいて
ぼくは「好き嫌い大王」と呼んでいるけれども
なにをどうしたって嫌いなものは食べない。
これはもう仕方がないのだと思っている。

むかし
食べ物の好き嫌いをする人は
人間も好き嫌いをするようになる
だからなんでも食べなさい
そうおばあちゃんに言われたという人に
会ったことがある。

いま思いだしても
実に正しい、と思う。
立派なおばあちゃんだ。

そして同時に
だからなんだっていうんだ、とも思ってしまうのだ。
いや正直に言えば
ひなたの道をまっすぐに歩ける人がうらやましい。

まあ、たとえば
うちはキャベツ農家で
収穫期にはキャベツばかりが食卓に出る。
もったいないしキャベツを食べていなさい。
そんな家で
キャベツは嫌いだ、だから食べない、というのと

うちでキャベツ嫌いをなくすために
わざわざキャベツを買ってくる
そして残ってしまう、というのは

まったくべつの話ではないか。

後者の場合、もったいないことをしているのは
子どもではなく
キャベツを買ってくる大人のほうだ。

そして息子は
たとえうちがキャベツ農家で
もうほんとうにそれしかないんだ、という状況でも
キャベツは食べないはずだ。

自閉症の人の中には
ときどきそいういう人がいるそうだ。
栄養が偏って体調を崩しても
嫌いなものはどうしたって食べない。
息子もそんな人のひとりなのだと思う。

(念のために言い添えておくけれど
 自閉症の人の全員がそうだ、というわけではない)

息子は正義感がすごく強くて
理屈ではいろいろなことが理解できる。

だから
いろいろな言葉を重ねて
めっちゃ追い込んでやれば
無理をして食べるだろう
そう思われれてしまうかもしれない。

おまえみたいな好き嫌いをする人間は最低だ
だとか
好き嫌いをするやつは悪いやつだ
なんてことを言い募れば。

でも息子を見ていると
そんなことをしても食べないだろうなぁと思う。

たぶん、さんざんに言葉で攻撃して
その結果起きるのは

この世界の人たちはみんな
自分にとって敵だ

と思わせてしまうこと、なのではないだろうか。

ぼくがなんとしても避けたいのは、この事態だ。

キャベツを食べる食べないなど、どうでもいいではないか。

そんなことよりも
息子には、自分はこの世界に歓迎されているんだと思って
生きていってほしいと願っている。
食べ物の好き嫌い程度のことで
人格を否定するようなことは言わなくてもいいじゃないか
と思うのだ。

ぼくはキャベツが大好きで
だから買って料理をして食べるけれども
目の前で食べて息子が興味を示せば渡す、程度にしている。
そうやって、少しずつ、食べられるものは増えてきた。

周囲の人に対しても
自閉症だから…と言えばあまり強く言われはしないけれど。

そういう事情が明らかになっていない子どもたちにも
あまりつらい思いはさせないでほしいなぁと思っている。

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