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言ったほうが楽に息ができると思ったので、 クエスチョニングだと言うことにしました

突然、なにを…と思われた方も
なんとなくそうなんじゃないかなと思っていたという方も
いらっしゃるかもしれません。

お伝えしたいことの核心は
上のタイトルがすべて語っていますので
これ以上つけたすことはないのかもしれませんけれど。

小いころから感じていた違和感
遭遇した理不尽なこと
そしてうれしい出会いと
言ったほうが楽になれると思うまでを
まとめてみました。

いまの日本で、世界で
LGBTQ+のひとりですと公言するのは
それなりに勇気が必要なことで

迷わなかったと言えば嘘になりますが
それでも
言ったほうが楽になれると思った理由を
聞いていただけますと、うれしいです。

小さいころからずっと

うんと小さいころからずっと
「女の子」でいることが苦手でした。

というか
そもそもなぜ
「女の子」と「男の子」に分かれないといけないのかが
理解できないでいました。

女の子らしくしろと、父に殴られたこともありましたっけ。
でも、「女の子らしく」って、どういうことなのか
さっぱりわかりません。

殴ったりするのは、だめですけど。
でも、今にして思えば、父の焦りもわからないでもない。
この子、どこかほかの子と違う、と、感じていたのではないのかな。

小学生のころまでは
兄のお下がりの服を着せられていました。
まぁ、わたしもよろこんで着ていたとはいえ。

お姫様は、お姫様らしく育てられてこそ、お姫様になるんじゃないの? なんて、
父に向かって、胸の中で毒づいたりもしていました。
けれど、女の子らしい、かわいらしいワンピースを着せられていたりしたら
家出をするしかなかったかもしれない。

とにかく「女の子らしいこと」をするのが苦手で
公園に行っては、男の子たちと木登りをしたり、高鬼をしたり。
女の子たちとままごとをしていても
わたしはなんだか、元気すぎて浮いてしまう。

そんな調子だったけれど
小学生のうちは、問題はあまり起きませんでした。

でも、中学生になって、男子とふざけていることが多いと
女子から「男子とばっかりいる」なんて陰口をたたかれたり
するようになります。

中学校では、制服、つまりセーラー服が苦手で
あんな服を着たくなくて、よく学校を休んでいました。
でも、もう40年ほど前の、昭和の時代のこと。
「制服がいやだから」なんていう理由は
私自身、意識の端にものぼってきてはいませんでした。

とにかく、学校がいや、それだけ。
みんなみたいに、女の子同士で集まって
「〇〇ちゃんは〇〇くんのことが好きなんだってー。きゃー」
なんて話をするなんて、考えられなくて。
そんな輪に入ることができない。

幸い、同じような感覚の女友達ができたので
休みながらも学校にはなんとか通って
表向きは、ふつうに卒業することができました。

高校は、ブレザーの制服の学校を選びました。
スカートじゃないほうが、よかったけれど
セーラー服よりは、ずっとまし、だったのです。

そして、大学。

昭和な父、九州男児の父は
わたしが大学を目指して進学校に通いはじめたあとになってから
「女は大学に行かんでいい」
と、言いだしました。

父は、女らしくしろ、と言いながら
野球のルールを知らないと殴ったり
腕立て伏せや腹筋を○回できなかったら殴ったりと
まったくわけがわからない人で。
(殴るのはだめですよ)

この父のわけのわからなさのせいで
わたしもいろいろとこじらせたのかもしれないのだけど。
父もある意味、被害者だったのかもしれないと、思ってはいて。
でも、それはまた別の話なので。

それでまぁ、勉強のほうでも
漢字の書き取りができないと殴られたりしていましたから
それなりに勉強をしなければ、という環境に置かれていました。
(しつこいようですが、殴るのはだめです)

勉強は好きで、塾に行かなくても、それなりの点はとれて。
欠席しても、テストの点がよければ通知表の評価は上がる
そういう時代だったことも
いまにして思えば幸いだったと思います。

とにかく勉強が好きで、大学に行くんだ、って思って
進学校の高校に入って大学を目指していたころ
父が突然、謎なことを言いだしたんです。

「女は大学に行かんでいい」

はぁ?です。

目が点になるわたしに、さらにこんなことを言いました。

「大学に行きたいなら、家から通える国立にしろ。現役で」

……わたしの行きたい農学部は
このあたりには、九大(九州大学)にしかないんですけど……

親に頼らず大学に行く、ということも考えました。
けれど、父にそれなりの収入があるせいで
いろいろな支援制度が使えないことがわかりました。

選択肢はありません。合格するしかない。現役で、九大に。
そして、合格しました。塾に行かずに。

大学院に行くときにも
「女だから」と反対されたのですけれど
これまた、反対だと言いだすのが遅く
就職活動のできる時期が過ぎたあと。
結局、大学院を出て、就職しました。

すこし話はもどりますが
大学は、わたしの入った九大は
まぁ、いろんな人はいましたけれど
とにかく勉強が好きだ、という人がたくさんいました。

男だからとか女だからとか
ファッションがどうとか
そういうことにこだわらない人たちがたくさんいて
わたしにとっては居心地のいい場所でした。

ところが、化学系の研究室に入り
卒論のテーマ選び(というか強制的な配分)が始まるころから
暗い影が漂いはじめます。

結果が出やすい花形テーマは
いかにも一流企業に採用されそうな外見の
スマートな男子学生に行くのです。
朴訥な雰囲気の男子学生も、苦労していましたっけ……。

でも、周りを見まわしてみると
女子学生には
教授の趣味みたいな研究テーマが集中しています。
学会発表に持っていくような成果は、あまり出ません。

あれ、なんでだろう。
女子だから?

そして、バブル崩壊後にあたってしまった、就職活動。
当然のように
大手企業への推薦で、女子学生は後回しになりました。

なんで? 女子だから???

紆余曲折の末、なんとか就職できたものの。
こんどは、「女性は出張しなくていい」

なんで? 女性だから?????

女性の社員は出張しない、会議に出ない、経験を積む機会がない、となると
当然のように、同期の男性のほうが先に昇進していくことになります。

なんで? 女性だから、あとなの???????

会社をやめて
結婚して、子どもが生まれて。
子どもたちは、とってもかわいくて。
でも、「お母さん」だけでしか、集まっちゃダメなのかな。

なんでかな。女性だから?????????

「お父さん」と「お母さん」って
同じ空間にいちゃいけないほど
違うものなんだろうか。

なんで????????????

「お母さん」だけの場所は息苦しくて
でも、「お父さん」だけのところになんて
行けるはずもなく、行きたくもなく。

でも、どこに行けばいいのか、わからない。


わからない、ということ

女性は産婦人科に行きましょう、というのは、わかります。

でも
そういうことではない場所で
なんであんなに「女性」と「男性」で線引きをして分けないといけないのか
わかりません。

なによりもわからないのは
女性は男性の下にいて当たり前
という考え方です。

もっとわからないのは
多くの女性が
それを当然のこととして受け入れていることです。

すこしは、声を上げている方もいますけれど。

わたしみたいに
どうして男性同期が先に昇進するんですか?
(わたしより100倍優秀な女性同期の)〇〇さんのほうが適任じゃないですか?
なんて、上司にかみつく女性は
すくなくとも身近なところには
わたしのほかにはいませんでした。

でも、最近になって
「クエスチョニング」という言葉を知って
もしかして、わたしはこれにあてはまるのかな?と気がついて
まわりを見渡してみると。

世の中には「ジェンダー規範」なるものが存在していて
「女性」というジェンダーを問題なく生きることのできる人たちは
この規範に従っているらしい、と、わかってきました。

そうして、もう一度まわりを見まわしてみると。

雑誌で、ある女性作家の方が、ジェンダーの問題について
「わたしたちが受け入れてきたから」
という言い方をしているのを目にしました。

わたしは、受け入れてこなかったよ? と、思いました。

でも、そうなのかな。
いまの日本で女性として生きるというのは
女性は男性の下にいるべき存在なのだという空気を
受け入れていく、ということなのかもしれない。多少なりとも。

いろいろなところで抗議をしてきたわたしに
みんなが困った顔をしていたのは
わたしが「女性」だったからなのかな。

「女性」として
とるべき態度を
一般に期待されている態度を
とってこなかったからなのかな。

でも、むかしは
どうしても、わからなかったんです。

クエスチョニングという言葉を知って
周りの景色がすこし変わって見えてきたので
いまは、過去形で話すことができますけれど。

とにかく
どうして女性は男性の下にいなければならないのか
理解できない。

納得がいかない、と言っている女性の方は
たくさんいらっしゃいますから
みんなそうなのだと思っていました。

けれど、経験豊富な女性の先輩方が
わたしがジェンダー差別だと思ってどうしても耐えられなかった状況のなかで
平気で仕事をしているのを目にして
どうも、わたしは標準から外れているようだ、と、感じるようになりました。

たぶん、まわりの先輩の女性たちにとって
「女性は男性の下に置かれるものだ」という考え方に対する違和感は
ヤマガラをスズメだと言われた、という程度のこと
なのではないのかな、と思います。
(ヤマガラをご存じない方のために、Wikipediaにリンクを貼っておきました)

でも、わたしにとっては
カラスを白鳥だと言われ
それを世界的に権威のある鳥類学者が肯定した
くらいな衝撃なのです。

もうひとつ例をあげるとすれば
みんながスマホを使っているのに
「いまは1923年だよね」と
だれもが平気で言いながら暮らしている、みたいな。

まわりじゅうがわけのわからないことばかりで
どうすればいいのかさっぱりわからないけれど
なんとかしてこの世界で生きていかなきゃならない。

どうして女性は男性の下にいなければないのか、わからないし
女性だから「女性らしい」ファッションをしなきゃならない理由も
病院でもないところで
女性と男性をきれいにグループ分けする必要があるのかも、わからない。

そして、最大の問題は
なぜわたしが「女性枠」に入れられてしまうのか
その理由が理解できないことでした。


でも、50も過ぎたんだから、慣れるんじゃない?と言われそうだけど

わたしは1970年生まれで、今年、53歳になります。

LGBTQ+支援で話題になるのは、たいてい30歳くらいまでで
それより上の人たちは、問題なく暮らしている、みたいな雰囲気を感じています。
長く生きていれば、理不尽なことにも適応できていくと、思われているのかな。
そのうちに、対処できるようになっていくものだ、みたいな。

でも、わたしの実感としては
問題は増えるいっぽうです。

クエスチョニングという言葉に出会う前には
自分が何者なのか、わからなくて
でもとにかく、まわりの人とは違う、ということは感じていて。

こういう
自分のアイデンティティに迷っているタイプというのは
いじめやいやがらせのターゲットとして、最適なのだろうと思います。

「男に生まれとったらねぇ」
「あんたが男やったらよかった」
「(あんたが)女やけん、(どうすればいいのか)わからんとよ」

こんなことを、両親から言われてきました。

「おまえが男だったらな」

大学の先生にも言われましたっけ。

自分で選択することのできない性別を否定されるというのは
存在の全否定だと、思います。

わたしは、そういう言葉を言われるたびに
自分という存在は間違っているのだ
いるだけでみんなに迷惑をかけているのだ、と、感じていました。

そして
周囲から女性であることを否定されるたびに
「女だよ」と、胸の中で吐き捨てるように言っていました。

自分では女性だと思っているけれど
周囲から期待される女性としてのふるまいを、することができない。

わたしは、なにかが間違っている。
よくわからないけれど、みんなに迷惑をかけるばりだし
いないほうがいいみたい。

居場所がなくて
当然のように、死にたいと、ずっと思っていました。
でも、そんなことを実行する勇気も行動力もなく。

そんな行動力は、なくてよかったと、思います。

今夜こそ実行する、台所の包丁を使えばいいだけ。
そう思いながら、部屋にある本を読んで
つい夢中になって寝落ちして
なんだよ、できんかったやんか、なんて、毒を吐きながら、朝を迎える

そんな調子でした。

自分が何者なのかわからない
存在自体が間違っているに違いない
そう感じながら過ごしていると
「あなたは間違っている」という指摘に対して
反論をすることができなくなります。
ジェンダーのことに限らず。

どんなに理不尽な指摘であっても
あぁ、やっぱり自分が間違っているのか、と、思ってしまう。

つまり、いじめやパワハラのターゲットになったときに
自分が悪いんだから、と
ターゲットのポジションを受け入れてしまいがちになる、と思います。
(何度でも言いますが、いじめもパワハラもだめです)

そして、たちの悪いことに
突然、がまんできなくなって、切れて
まわりの人をびっくりさせてしまう。

その場所から逃げだしても
新しい場所で、また同じようなことが起きる。

あぁ、またか、と、なったときに
癒えていない傷が口を開くので
ダメージはどんどん大きくなります。

その時代のその場所の
ジェンダー規範に合わせて生きていけるというのは
一種の防具をつけながら暮らしていける
ということなのではないのかな、と感じています。

アイデンティティが定まらないと
防弾チョッキなしで銃弾が飛び交う戦場を歩く
という感じになるのかもしれない。
流れ弾は当たるし、ターゲットにもなりやすい。

理不尽なことに、適応なんて、できないです。
積み重なる傷は、大きくなる。痛みは増す。
おまけに、もうこんな年だから
助けてなんて、ますます言いにくくなる。
本当なら、だれかを助ける立場になっていなくては、いけないはずなのに。

「クエスチョニング」という言葉との出会い

なんだか四方八方が敵だらけという気分のなかで
クィア作品の翻訳をすることになりました。

登場人物たちのことを理解したいと思って
LGBTQ+の勉強を始めました。

レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー
までは、どこかで聞いたことがあったけれど。
クィア? ふむふむ、そういう意味か。
え、ちょっと待って、クエスチョニング???
(クエスチョニングの定義はこちらをご覧ください)

え、なに、「どっちか」に、決めなくても、いいってこと?

どっちなのか、よくわかりません。
それで生きていって、いいってこと、なんですか?????

まわりにたちこめていた霧が
さあっと晴れたような気分でした。

わたしは、クエスチョニング。

そうやって、この場所で、生きていっていいんだ。

ものすごく、ほっとしました。


それで、いつまで黙っているつもりなの?

そうこうするうちに
クィア作品の翻訳について、いろいろと連絡をするようになり。

相手先から提案された、ほんの小さな表現。
多くの方には、気にならないかもしれないけれど
わたしは、いやだと思いました。当事者として。

そして、お返事をしようと
「当事者の中には、⚪︎⚪︎⚪︎というふうに感じる方もいらっしゃいますから……」
と、書こうとして、手が止まりました。

いつまで、当事者ではないような顔をして
言葉を発していくつもりなんだろう、わたしは。
クエスチョニングという言葉の定義に救われたのに。

当事者なんだ、って、わかっていながら
素知らぬ顔をしていくのって
間違ってるんじゃないのかな。

そんな思いがわきあがってきました。

クエスチョニングとして
言葉を発していきたい。

でも
母親がLGBTQ+のひとりだってみんなに知られたら
うちの子たち、なにか理不尽なことを、言われたりするかもしれない。

まずは、子どもたちに、相談してみようと思いました。
みんなに言ってもいいかなぁ、って。

そして、うちの子たちは、やっぱり最高でした。

わたしには、最高に素敵な10代の子どもが、ふたりいます。

超弩級の荒波を
タッグを組んでくぐりぬけてきた、最強の相棒たちです。

だれが育てればこんなにいい子が育つのだろうと思うけれど
ほんとうに、たくさんの人たちに育ててもらってきました。

娘は、小児がんになって、あしかけ2年以上の入院治療を経験しました。
息子は、自閉症で、いろいろあって、数年にわたる不登校を経験しています。

小児がんや自閉症の診断のようなことは
秘密にするという親御さんもいるのですが
わたしは、言うことにしています。

ふたりとも、なんというのかな。
なんとかごまかしてやっていける、というレベルではないかもしれない
と思うからです。

たぶん一生、周囲の人に説明しながら、生きていかなきゃならない。
まわりの人の手を借りて、相談しながら、やっていくことになる。
だったら
隠すテクニックを身につけることにエネルギーを割くよりも
いろいろな人に相談すること慣れていったほうが、いいんじゃないのかな。

相談してやっていける場所を、見つけていけるように、なったほうがいい。
というほうが、正確かもしれません。

だから
正直に話して、相談しながらやっていきなさい、と
いつも子どもたちに話しています。

でも、それだったら
わたしも、正直に話したほうがいいですよね。

ある日の夕ごはんのときに
思い切って言ってみました。

お母さん、クエスチョニングだと思うから
そう言っていこうと思う、と。

子どもたちの返事は

「いいよー」

という、拍子抜けするほど、あっさりとしたものでした。

ふたりとも、新聞を読んだりしていて
世の中の理不尽なことに怒るわたしの話につきあったりもしているので
LGBTQ+への世間の風当たりは、知らないわけではない、はず、なんですが。

なんか簡単過ぎないかな、と思って

えっとね
「クエスチョニング」っていう言葉を知って
ひとりじゃないって思ったー

と、子どもたちに話すと

「よかったやん」

って。

なんだ、そうか。
思っていたほど、たいしたことじゃないのかな。
でも、うちの子たち、最高だな、と思いました。

さて次は
翻訳の仕事ほうの、お返事です。

そして、一緒にお仕事をさせていただいているみなさんも、素敵でした

クィア作品の邦訳を出そうというのですから
わたしがLBGTQ+の一員だと話したところで
「もう一緒にお仕事をすることはできません!」などと言われる可能性は
すごく低いはずだと、思っていました。

それまでのやりとりからも
否定的なことを言われるはずはない……と、思っては、いたのですけれど。

いざ伝えるとなると
やっぱり緊張して
死にそうな思いでメールの送信ボタンを押して。

詳細は控えますが、結論だけを言えば
なんの問題もありませんでした。

予想通り……ではあったのですが
ほんとうに、ほっとしました。


消えた、あの気持ち

ツイッターで何年も前から見ていただいている方のなかには
この人、さいきん明るくなったな、と
思われている方もいらっしゃるかもしれません。

なにかこう、ぐるぐるまきにされていた包帯かギブスがとれた気分というか
やっと防弾チョッキが手に入ったというか。
真逆なことを言っているようですけれど(汗)

アイデンティティって、たぶん、そうなんですよね。
いま自分の生きている場所で
こういう人です、と、胸を張って言えるというのは
みんなが防具をつけて生きているなかに
同じように防具をつけて入っていける、ということ。

また、だれかに困った顔をされても
「わたしはクエスチョニングなので」って、言えばいい。

そうして、気分がすっきりして
しばらく暮らして、気がついたのですが。

小学生のころから
あんなにしつこくつきまとってきた
「死にたい」という気持ちが
どこかに消えてしまっていました。

「自分で自分を認めてあげれば、それでいい」
なんて言葉を目にすることがあるけれど
やっぱり、だれかに、直接、それでいいよ、って言ってもらえるのは
すごく大きなことなんだな、と、思います。

でも、それも
「クエスチョニング」という言葉に出会えたからこそ、であって。
このアイデンティティを発見するために闘ってきた
たくさんの方々のおかげなのだな、と思っています。

そして、わたしと同じように
自分が何者なのか、わからなくて、さまよっている方に
「クエスチョニング」という定義が存在することが
伝わるといいな、と、願っています。


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