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「うえまち」大阪考 06「文化遺産の継承」

うえまちにだけ歴史があるのではない

 当たり前ですが、上町台地だけに歴史があるのではなく、様々な土地に様々な歴史があるんです。ただうえまちには、その歴史を繋いできた経緯があるに過ぎません。まあ、それを持って、歴史というのかもしれませんが。
 聖徳太子云々、ということもありますが、遣唐使がスタートしたのも、この上町からでしたし、大化の改新のスタートラインも、実はこの上町台地の難波宮であったという経緯があり、日本の古代史のひとつの中心地であったというのは、間違いないとは思います。
 また、歴史に関する博物館が集まっているのも、上町台地の特徴でもあります。

歴史遺産と観光行政

 難波宮という歴史遺産を、なにかテーマパークのような取り扱いで進めようとする行政の動きがありますが、大阪市内にある、空いた空間になにか集客すればいいんだというような、安易な観光化には賛成できかねます。
 文楽に対して、一体の人形を三人で動かすのは、コストパフォーマンスが悪いように発言した首長もいましたが、歴史や文化に対しての愛情が感じられないと思います。

必要な次世代の文化ネットワーク

 歴史の研究者間のネットワークは、コロナ以降かなり弱くなっていて、市内の社寺から、まだ眠っている資料を拾い上げることが難しくなっています。ネット上でピックアップできる情報には、まだまだ限界があり、レアで見過ごされている些細な歴史遺産は、なかなかネットには上がってこないんです。
 そういう意味で、次世代の若手学芸員と、市内の寺社仏閣とのリアルネットワークがないと拾えない資料があるわけです。
 こういったリアルネットワークについては、私たちの世代がある程度引っ張ったり、お膳立てをしていく必要があると考えています。
 一歩間違えると、パワハラだったり、セクハラだったりと指摘されてしまうわけですが、次世代に大いに期待しているし、それを繋いでいくのは私たちの世代の役目ではないかと感じています。

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