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第4章 1話 コヒーレンスなる逢瀬(1/3)

家族、恋人、突然縁ができた相手。時間を共にする人とは影響を与え合うし、必然的な意味がある。不思議な実体験ノンフィクション宇宙理論ストーリー。

ストーリースタート

 私の彼は、メールの文脈から私の気持ちを感じ取ってくれない。

「今日は会えて嬉しかった。音道先生に紹介してくれてありがとう。ユウキはすごく信頼されているんだね。今日はユウキの誠実さを改めて感じた。そういう在り方を感じて自分を見つめ直した。あ、お昼もご馳走さまでした」

「僕もありがとう!マイと会えて楽しかった。お昼おいしかったね。」

 マイは自分の内面世界の言葉を紡いだけれど、彼からは表面世界の点と点を跨いだような言葉が返ってきた。
 マイはそれを感じるといつも不満だった。
 彼はとても優しくてマイのことを大事にしてくれるけど、2人の2本の線はいつも並行か捩(ねじ)れの位置にあって紬(つむぎ)合わない。一体感が得られない。そんな感じ。
 好きだけど、この人と同じ世界を生きられているのだろうか?

 マイは心の片隅にそんな居心地の悪い水たまりを作ったまま、今ある場所に向かっていた。

 それは、彼には言えない秘密の世界。

 昨日はお互い忙しかった2人にとって半月ぶりのデートの日だった。その日はユウキが高校時代お世話になった恩師宅訪問に同行することになった。その恩師が50年連れ添った妻が他界して50日。クリスチャンだったので49日法要はなく、30日のミサを終えたばかりだった。
 ユウキは妻を失った恩師の体調や様子を気にかけたが訪れてもいい節目が分からずにいた。ちょうどそこへ恩師から「今日は居るよ、遊びにいらっしゃい」と電話がありマイも同行することになったのだ。
ピンポーン
 外までしっかり聞こえる呼び鈴が鳴った20秒後に玄関のドアが開いた。ドアに手を掛け立っていたのは老人と呼ぶには相応しくない艶のある上品な男性だった。
 その男性はユウキの高校時代の恩師であった。御歳73歳。著名な音楽家でバイオリンの奏者だった。
 恩師は私たちを居間に通した。
 部屋には豪華な金の額に入ったコンクールの賞状や、演奏中の写真が飾ってあり、一般宅には普通はないだろう、博物館の展示かと思わせるような壁一面のガラスケースにバイオリンが3台飾られていた。

 「よく来てくれたねユウキくん。まだ色々と片付いていなくて、妻が死んでいきなり私ひとり残されたものだから、手狭で申し訳ないね。」
 こう言った後、その恩師はマイコの顔をしっかりと見た。 
 ユウキはすぐにそれに気づき
「あ、彼女は初音マイです。今日は一緒にお邪魔しました。彼女も子供の頃ヴァイオリンを習っていた時があるから話しも合うかなと思って。」
とマイを紹介した。
 「あ、4、5歳の頃の話で、今はもう弾けないですけど。」
 マイは慌てて付け加えた。
「先生はヴァイオリンを弾くことはないの?」
 ユウキが親しげに言った。すると恩師ははにかみながら
「そうだな、妻が死んでからヴァイオリンに触ってなかったなぁ。ちょっと弾いてみるか」
 そう言って、重厚なガラスケースの扉部分を開けて一番左側にディスプレイされていたヴァイオリンを1台左手に取った。

 そのヴァイオリンを何気なくすっと手に取る姿を目にしたとき、突然マイの時間進行速度がスローモーションに変わった。それは、とても優雅で美しい動きだった。
 恩師のヴァイオリンに対する愛着とヴァイオリンから発せられる恩師に対する信頼。擬人化して表現したくなるような双方の計り知れない関わりの歴史の深さと愛情がそのスローモーションから肌で感じられた。  
 そして、マイの細胞はそれを全身で感じ取り受け留めてしまった。それはインストール、とも言える瞬間だった。

 あ、私はこれを感じるために、ここへ来た。
 ユウキと出会って付き合ったのも、この人に会うため?

 この感覚は、ふっと浮かんで、一瞬で消えた。だからマイの顕在化された記憶には残らなかった。しかし、それはしっかりと刻まれた。

 その日ユウキに見送られ自分の部屋に戻った冒頭のラインのやり取り後、登録のない名無しの相手からマイにラインが届いた。
「マイさん今はどちらですか?」
マイは直感し、急いで靴を履き部屋を飛び出した。

「会わないと、この人に」 

 もう行き先を知っているかのように小走りで駅に向かっていたのだった。

2話に続く

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