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第4章 3話 コヒーレンスなる逢瀬(3/3)


「私の音?」
答えはなく、音道さんは無言でバイオリンを構えた。
 しかしその奏者の姿はやはり美しく、マイは一瞬でその世界観に引き込まれた。
 すでに自分の音の世界にいた。

 ♫バイオリンの旋律〜

 突然フラッシュのように眩しくなって、瞬きした時にはマイは濃い赤茶の荒涼とした大地に立っていた。     
 360度見渡す限り赤茶色。空も真っ黒だ。
 と、バイオリンの音とともに真っ黒な空からひとすじの閃光が流れ星よりも早く地面を刺し、その刺さった地面の点から光が波紋のようにマイの立っているところまで広がった。光の波紋は、そのまま今も石を投げ込んだ水面のように揺らいでいる。
 一瞬その波紋が以前見た原爆の映像のようにも思えて、

「花よ咲いて。緑に溢れて。」

 マイは恐くなって心の中で平安な景色を願った。

 すると赤茶色の景色に重なってビジョンマッピングのようにホログラムが投写され、次第にその色が濃くなっていき花と緑の風景に一体化した。

 花と緑が輝き、音道さんが奏でる美しいバイオリンの旋律が流れていた。一瞬完璧な世界のようだったが、マイは心の一部がまだ欠けていて満たされていない感覚を感じた。

 その時、目の前にぼんやりとユウキの姿が浮かんだ。それが自分のイマジネーションのユウキだと分かっていたが、望んだ訳ではないのになぜここに?とマイは心で自問自答してみた。

 ユウキに感じている事を目の前のユウキに伝えるみたいに言葉にして口に出してみた。

 「なぜここにいるの?ユウキへの不満が私の欠けた部分?私、ユウキのことが好きで大切だけど、本音が分からない。いつも無難に表面的に取り繕ってる感じがする。」

すると、頭の中に言葉が浮かんだ。

「(マイは)自分の本音をわかってる?」

え?!
 音道さんとの、この出会いの脈略。
自分の音を今、見せられてる。
音道さんは自分の音が本音だって言ってた。

 自分の本音なんて分かっていない。そういう前提の流れだ、と苦笑いした。

「そうか、相手は自分の鏡ということ?」

するとまた言葉が浮かんだ。

「人生に必要なものはぜんぶ準備されてる。」

更に紅葉した葉っぱが風に舞って落ちるようにはらりはらりと言葉と絵が頭に浮かんだ。

「奏でる(言葉)、欠けた一部(絵)、求めている(言葉)、成長(言葉)、気づかせる(映像)」

「ユウキと奏でるの?不満ではないということ?私自身が求めている?!気づかせてくれる相手としてユウキと出会った?という意味?」

 目の前のユウキを改めて見た。
そこには、優しい笑顔でマイを真っ直ぐに見つめているユウキが立っていた。

 その笑顔がマイに答えを教えてくれた。

 欠けていると感じている事自体が幻想。すべてちょうどよく周到に準備されていて、自分の世界はいつでも完璧で満たされている。
そう腑に落ちた。

「そういう事なのね。私に起こることすべてを信頼していればそれでいい。何があっても必ず必要な事が起きていて、それは幸せないい方向に向うため。」

マイがこう呟いたとき

 バイオリンの音は、最後にG線上のアリアと同じ深く太い音を奏でていた。
 そして花や緑が音に合わせて躍動し始め生命を感じる景色に変わっていた。

「やっと、辿り着いたみたいだね。マイ、君の音に。自分を信頼して未来を信頼できたときに、初めて自分の音が聞こえるんだよ。」

 バイオリンの音色が止まった時、マイの意識は元いた部屋に戻っていた。
 その日、今が何時なのかも分からないまま、マイはこの部屋でゆっくりと目を閉じて、朝を迎えた。

 音道さんが、その翌日教えてくれた。

 お互い向き合って自己投影しているその2人は、同時で同じ世界にいるようだけど、それぞれが共鳴する波長は違う。だから同じものを見ても、それぞれが必要なものを受け取っている。言うならば違う世界を抱き合わせて1つの世界を創っている。だからお互いに違うテーマがあったとしても、絶妙にその欠けたパイを満たす存在なのだ。

音道さんはそれをコヒーレンスと言っていた。

 ただ、明らかに影響を与え合っているかけがえのない相手だし、愛を分かち合うパートナーが人生に10人いたとしても、この出会いと縁の確率は計算すると限りなく0に近い。ほんとうに、出逢うということはすごいことだ。だから、どんな出逢いも大切に。と説明してくれた。

 その日から、ユウキに対しての不満は不思議と自分の愛おしいカケラと感じるようになった。

 音道さんとは、あれ以降会っていない。まさかまた存在しない存在なのかも?と思ったけれど、それをユウキには聞いていない。たまに頭の中に言葉が降ってくるからだ。その言葉はもしかしたら音道さんかもしれない、とマイは頭の中で音道さんとの逢瀬を楽しんでいる。

fin





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