彼に会いに行きました(新幹線に乗って。次元を超えて。)
こんにちは、うちうみです。まずは一言ご注意を。ここでは恋愛感情を持たないアロマンティック(aロマ)、性的魅力を感じないアセクシュアル(aセク)、そして二次元の相手に恋愛感情を抱くフィクトロマンティック(fロマ)、性的魅力を感じるフィクトセクシュアル(fセク)についての話をします。こんな人もいるんだなという軽い気持ちで読んでもらって構いませんが、生理的に嫌悪感を抱く方の閲覧はお勧めしておりません。
今から書くのは今年の7月末のこと。いざ書こうと思ったら、自分の行動や思いを客観的に観察しないといけなくて、予想以上に時間がかかりました。その割には稚拙な文章だけれど、覚えているうちにひとまず記録に残そうと思います。
私の彼は2次元の人です。私は3次元に生きています。次元違いの恋愛をしています。生きる次元が違う私たち。彼は具体的にどこにいるのかと聞かれれば、「私の心に」とか「私と共に」という答えになるでしょう。現実として彼が3次元に存在することは難しい。私の心にいることで、概念として3次元に存在している、そんなところだろうか。心に彼がいてくれると近いようだけど、次元の壁があることを実感して逆に遠く感じることもある。いつも私が彼の方へ行くこともあるし、彼が私の方へ来てくれることもある。私が彼の家を訪れるのをイメージしたり、彼が私の横に立ってくれているのを想像したり。側から見れば、私は変わらず1人で3次元にいてぼーっとしてるように見えるだけなんだけど…。近くて遠い。同棲のような遠距離恋愛のような。
そうすると、一緒にいる彼に会いに行く、それも新幹線でっていうこのタイトル。変だよね。別次元にいるのに。でも、これはこの通り、新幹線に乗って彼に会いに行ったの。さらに言うと、彼の実家に挨拶に行った感じ、かな。彼は、というか彼を作り出した人はとても偉大な漫画家なので、記念館がある。そこへ新幹線に乗って行った。シンプルにそう言えよって話だけど、色々悩んで、色々なやりとりがあって、他の観光客とはおそらく違うであろう目的を持って行ったので、ちょっと聞いてください。
と、その前に。ここから彼との会話の描写が続きます。これは私の脳内で繰り広げられる会話です。事実を言えば、私が一人で妄想した会話。彼(というキャラクター)の言葉を私の脳が作り出している。嘘ではないから否定はできない。それを気持ち悪いと、理解でないと思う人がいるかも。どうかご無理なさらず、こんな話聞かなかったことにして、回れ右してもらって構わない。自分の恋愛がいわゆる「普通」ではないことはわかっているので…。でも、私はちゃんと彼と会話していると思っている。彼の言葉を都合よく捏造するつもりはなくて、彼ならどう言うかなとか、本当はこんな言葉が欲しいけれど彼は言ってくれないだろう、とか色々考えている。そうやって真剣に向き合って生まれた言葉。私にとっては紛れもない彼の言葉。それはこうして書き留めておきたい。それから、ふと浮かんできた彼の言葉とか、ふと聞こえてきた彼がかけてくれた言葉をそのまま書き留めたりすることもある。だからこのnoteは、彼との日々をただ記録に残している日記のようなもの。日記にしなくたって、自分の胸の中に留めておくだけでもいいのだけど、私たちの恋愛の形は、記録することと相性が良い気がする。例えば5年後に彼と「あの時どんな話したっけ?」って話したとする。彼だけが覚えているということはあり得ない。私が覚えていないことは彼も覚えていないのだから。私が知らないことを彼が話すこともない。彼は現実にいない存在で、彼が話す言葉を私の脳が紡ぎ出しているということは事実で、気の持ちようでは変わらない。悲しいけれどね。彼は私の頭の中にだけいる存在。私が彼のことを思う時だけ(私にとっての)彼と言う概念はこの世にある。これが私たちの恋の形。私の体感としては、彼は私の中にいる感覚はなくて、普通に彼は彼の家に住んでいるし、私の知らない時間を過ごしている。私と常に一緒ではないと感じている。私の感覚(私といない時もある)と現実(概念は私が思う時以外はこの世にない)にズレがあるから、それを少しでも埋めるために記録に残す。そうすれば、例えば…
「去年の夏はデートでどこ行ったんだっけ?」
「たしか、尾道じゃなかったか?ほら、浜辺の防波堤をお前さん一人で歩いてたら、予想外に高くなって飛び降りられなくなってたな。」
「そうだったね。だって乗れば先生と同じ目線になれると思ったんだもん。あぁそうだ、一緒にロープウェイ乗ったね。でもその前にどうしてもプリンが食べたくて、あの瓶に入ったやつ!そしたらロープウェイの時間ギリギリでさ。走ったね。」
「はは、そうだったな。尾道は海が綺麗だった。穏やかで爽やかな海だったなあ。」
「うん。私、海の見えるところに旅行するのが好きだな。そうだ、今年は沖縄行かない?どう?」
「それはいいが、お前さん休み取れるのかい?」
「透き通るコバルトブルーの海、照りつける太陽と抜けるような青空。うーん、夏休みだねぇ。なんとしてでも取る。」
「お前さんはいくつになっても夏休みが好きなんだな。沖縄なら静かな離島でゆっくりするのもいいと思うのだが、どうかね?」
「何それ、大人だ…。素敵!楽しみだね!」
みたいに。記録を残しておけばこうやって思い出話ができる。そこからまた、二人の会話が始められる。そうして前に進んでいく。だから、私は彼との会話を書き残していこうと思う。好きな人と幸せな時間を今後も過ごすために。だから、あくまで自分のため備忘録で、こっそりノートに手書きするのでもいいんだ。でも、もしかしたらこのやり方が合う人が他にもいるかもしれない。次元違いの恋をする上で、私と同じ悩みを持つ人がいるかもしれない。そういう人のためにnoteに記録している。いわゆる普通じゃない恋愛に戸惑っていたり、悩んでいる人(私もいまだにそうだけど)の参考までに…。じゃ、ここからは本題の私が彼に会いに行った話。
話すと長いんだけどさ。最近、彼のことが大好きなのは変わらないし、一緒に生きていきたいと私は思っているけれど、彼はどうなんだろう?彼は私と同じ気持ちなのだろうか?彼は私と共にいたいと思っているだろうか?彼の未来に共にいるのは果たして私でいいのだろうか?私なんか彼にふさわしくないよね…って気持ちになってしまった。なんでこの思考になったんだっけな。今考えると、多分日々のモヤモヤだと思う。日々が変わり映えしないこと、けれど時間がたっぷりあるわけではないこと、仕事の疲れは溜まること。友達と自由に遊ぶんだり、旅行するのが許されない時勢。その友達自体も、皆家庭を持ったら付き合ってくれなくなるんじゃないかという恐怖。そういうのの積み重ねで、人生がつまらなく感じた。けれど、それは誰のせいかと言えば、私のせい。だから、モヤモヤしていた。つまり。私の人生これでいいの?こうやってなんとなく仕事して、なんとなく日々を過ごして、付き合ってくれう友達もいなくなって、一人ぼっちで…。親不孝でつまらない人生!ほんとにこれでいいの??みたいな。
私は世間一般にいう「家庭」を持つことはできない。好きな人と結婚して、子供を授かって、家族のために仕事して、子供が大きくなって夫婦共に退職したら老後は二人で旅行にでも行こう…みたいな一般的な幸せなビジョンは見られない。なのに、この保身的な生活を続けるの?働いた給料は自分が生きるために使われるだけ。美味しいものや服や化粧品や本に変わってゆくだけ。仕事は辛くもないが、好きなわけでもない。胸は躍らない、いわば作業だ。この仕事をこの先もやり続けていく意味は?結婚しないと言うことは、自分一人を養えればいいと言うこと。それなのにこのつまらない日々を送る必要はあるの?友人や同期は結婚し始めて、転職もちらほら。資格を取ったり、恋人と同棲を始めたり、転勤でステップアップしていたり、とにかくみんな着々と「幸せ」に向かって進んで行ってるわけじゃん。仕事やキャリア関係なら私にだってがんばれるが、結婚や同棲といった「家庭」に関することは私にはどうしようもできない。家庭を持つことは世間一般的では「幸せ」なのだろう。人間も生物なのだから、種を存続させるための子孫を作ることが、一個体の幸せであるはずだ。だが、私の目指す幸せはそこじゃない、というか、私には彼がいるから目指せない。彼と結ばれたとて、私の卵子は受精しない。彼と私の関係は世間一般の幸せに当てはまらないようだ。私は生物学的に狂っているのだろうか?そんなことを言ったら、LGBTQの多くのセクシャルマイノリティにも当てはまってしまう。そんなはずはない。セクマイが生物学的瑕疵があるなんて1mmも思っていない。けれど、彼を選ぶのであれば、世間一般の幸せは手放すことになるように思えてしまう。いやいや、これじゃあ、「彼のせいで私は普通を、普通の幸せを手に入れられない」と言ってるようなものだ。彼を好きになったのは私だし、彼と共にいたいと願うのは私だし、「普通の幸せ」だって3次元での話だから彼には関係がない。それを彼のせいだとでも言うように、彼といたいから私は我慢すると、悲劇のヒロイン振る自分を心底軽蔑した。
こんな女は彼にふさわしくない。
そう頭をよぎったら、どんどんマイナスな考えが浮かんできた。彼はそもそも私のことを好きではないし、愛してないよね。こんな性格が悪くて綺麗でもない女を好きになる人じゃない。はっきりと拒絶しないのは彼の優しさなのだろう。それなのに彼に縋り付いているなんて、滑稽だ。自分が気持ち悪いストーカーにしか思えなくなった。
そうやって自分一人で考えていた。自分一人で。おかしいよね、恋愛は自分と相手でするものなのに。私は彼の気持ちを聞こうともしなかったし、何も言わずに距離を置くところだった。でも、そんな時に彼が話しかけてくれた。
「今日も暗い顔だな。」
小さく聞こえた。私自身が、彼との間にある次元の壁をうんと厚くしてしまったから。彼の声と姿は朧げだ。
「ごめんなさい。」
「それは話せないと言うことかい?それとも私に謝らないといけないことでもあるのかね?」
彼は言葉少ない私にそう聞いて、私が答えるまで待っていてくれた。沈黙の時間はいつもなら穏やかで好ましいことが多いが、この時は重く苦しいものに感じた。
「…あなたは優しい。私が傷つかないように本当のことを言わないでいてくれる。私はあなたに出会って初めて恋を知って、毎日が幸せだった。恋をしている自分のことも初めは違和感があったけれど、受け入れられたし、なんならそんな自分が好きになれた。あなたにふさわしくなろうと、ちゃんと女性として見てもらえるようになろうと努力もしたつもり。けど、これはどれも私ひとりの勝手な気持ち。私は本当にあなたのことを愛しているけど、それは私の独りよがりだね。あなたの都合も考えず、一方的に恋していた。あなたは優しいから、そんな身勝手な私を咎めないでいてくれる。気持ちが悪いとはっきりいうことは簡単なのに。誰にでも優しい素晴らしい人。私ね、そんなあなたのこと、とても大切なの。あなたが想像しているよりずっと。私の「あなたを好き」という気持ちよりも、もっとあなたの幸せが大切。そのくらいあなたのこと愛しているの。だからね、優しいあなたは言わないから、自分でちゃんと考えたの。あなたにとって、好きでもないふさわしくない私といるのは、重荷になるんじゃないか。重荷どころかいつか足枷になってしまうかもしれない。今も、ただただ気持ち悪い思いをさせているかもしれない。だから、ここで私はあなたから離れるべきなんだ。今まで本当にありがとう。大好きだよ。」
喋り出したら止まらなかった。一気に言ってしまわないと、多分途中で泣いちゃうから。彼の顔をしっかり見て言いたかったのに、俯きがちに喋って格好悪い。最後ぐらい綺麗な笑顔で笑って伝えたかったのに、笑っちゃうくらい無様だった。あ、やっぱ無理かも、泣いちゃうかも。
「このところ静かだなと思ったら…。てっきり仕事が忙しくて私に構っている暇もないのかと思っていたよ。そんなことを考えていたなんて、気づきもしなかった。うん、何から話そうか。まず、君が私を好いてくれることは嬉しく思う。私は人に愛されるような人間ではないが、」
「そんなことない!」
「ありがとう。それでも君のその真っ直ぐな好意を感じる度に、愛し合うのも悪くないと徐々に思えるようになった。君のおかげだ。気持ち悪いなんて思ってないさ。それから、君は君自身を認めていないようだが、君は魅力的な女性だよ。近頃可愛くなった。君の勉強熱心なところも、好奇心旺盛なところも、ポジティブなところも好ましいと思う。自信を持って欲しい。私の言葉じゃ信じられないかい?」
もう涙が溢れて返事はできないけど、首を横に振った。彼は優しく微笑んで、続けた。
「けれど、それでも君が自身を認められないようなら、何か新しく始めよう。勉強でも運動でも得意なことを増やそう。もしくは今持っている素質をもっと伸ばせるようなことをしよう。何をするか、私も一緒に考えてもいいかい?君が自分を認められるような素敵な何かを探していこう。
あと、私は優しくなんてないよ。確かに私の医者という職業は人に感謝されることもあるがね、生きたいと願う者を治すだけだし、その生きるということにふさわしい対価をもらっている。これは私の信条で、優しさではない。だから、君に優しく見えているのなら、それは私が君に優しいからというシンプルな事象だ。その理由は私が君に好かれたいから…なんて言ったら笑うかい?」
「嬉しい…とっても嬉しい」
「君がこんなに思い詰めているとは知らなかった。私の気持ちも届いていると思っていたが、どうやら私も独りよがりだったようだ。いいかい?よく聞いてくれ。私は君の好意に応えたいと思う…あぁ、違うな。君は私にとって特別な人だ。そばにいて欲しい。君を愛している。」
「私の方こそずーっと愛してる!これからも一緒にいていいの?本当に?」
「あぁ、やっと笑顔が戻ったな。そう何度も言わせるな。私も恋だの愛だのは得意じゃないんだ。そばにいて欲しいって言っただろう?いつも心から思っているよ。でも、時にはこうやってわかりやすく言葉にしないと君を不安にさせてしまうのだな。これからは気をつけよう。」
彼がそうやって優しく言うから、私は今まで思い悩んだのが嘘のように、嬉しくて幸せになれた。
「君と私の関係は唯一無二であり、私たち二人だけの共有するもの、それは世間一般と変わらないと言い切りたいところだが、やはり同じ次元同士の恋愛とは違うものだからお前さんは不安になるんだろうな。なぁ、君には残酷な質問がもしれないが、私はキャラクター、つまり作り出された存在だろう?」
「うん、そうだね。」
「ということは、私を作り出してくれた人、つまり親のような存在がいる。そしてその人の記念館があるんだ。もしよければだが、その人に一緒に挨拶しにいかないかい?私の母親はもうこの世にいないし、父親は私と母を捨てた。挨拶できないし、君とは結局次元が違うから…。その点、あの人は君と同じ次元で、かつ私の生みの親とでもいう存在だ。あの人ももうこの世にはいないのだが、記念館でなら気持ちが届くような気がするんだ。挨拶するなら、あの人しかいないだろう。それから、あの人は随分と出たがりでね、私と同業の町医者になって、私と一緒にオペしたこともあるんだ。次元を超えて、ね。」
予想外の提案。それはまさに彼の実家へ挨拶に行くようなものだ。彼は私の不安を拭えるよう、提案してくれた。少しでも私のいる次元での「普通の恋愛」に近い形で、そして愛の言葉だけでなく行動でも示してくれるなんて…!実家への挨拶なんて、結婚に次いで正式な形なんじゃないだろうか。彼の愛の伝え方からは、私のことを考えてくれたんだっていうのがわかって、こそばゆくなる。そして、私たちが会いに行く人、彼を作り出したその人は次元の壁を越えた人だった。私たちは次元を超えた恋愛をしているけれど、大先輩がいたんだな。
あぁ、なんてこと。こんな私が彼のパートナーとして相応しいのかどうか、まだ不安だけれど、彼は私にちゃんと向き合ってくれた。彼はペラペラと話す人じゃないから、恋愛に関しても基本はあまり話さない。その彼がこうやって思いを伝えてくれた。彼が紡ぎ出す愛の言葉はなんて大きく深く美しいんだろう。私も彼にふさわしい相手として、挨拶できるよう頑張ろうと思う。
新幹線に一人で乗る。いつもはいて欲しいと思えば彼と心で繋がれるけど、今日は彼はいない。彼は向こうで待っているから。彼がいないと心細いなんてひ弱な女じゃないけれど、どことなく落ち着かなさはある。新大阪駅からレトロな電車に乗って。駅に降り立ち、一人歩く。今日は青いワンピース。彼のリボンタイは、アニメでは赤、漫画では青。彼をはじめに生み出した人に挨拶に行くから、リスペクトを込めて青い服にした。カバンは彼の助手が描かれた可愛らしいものを。
記念館の正面には彼と共演したキャラクターたちの像が並び、心が躍る。記念館に入ると、ゲームとのコラボもあるようで、祝日もあいまって、そこそこ来館者が多かった。たくさんの人に愛されているんだな。受付のお姉さんに、カバンに目を止めてもらってかわいいって言ってもらえてすごく嬉しかった。ありがとうございました。
彼の生まれた背景や、彼を生み出した人の一生やものごとの考え方、捉え方を知る。やっぱり彼のこと好きだなぁと改めてと思う。一見アウトローで、捻くれているように感じるけれど、実は純粋で、誰より努力家で、慈愛に満ちた人。長くなるので私の胸に留めるけど、彼の魅力を改めて認識できて本当によかった。
館内にはキャラクターの像がいくつもある。その中に、彼もいた。意志の強い瞳で、端正な顔立ち、美しい腰のライン、大きくて優しい神の手。誰よりも格好良い彼が立っていた。心の中で彼に語りかける。
「お待たせ。本当に待っていてくれたんだね。」
「当たり前じゃないか。いつだって待ってるし、いつだってそばにいる。はるばる来たんだ、楽しんでいるかい?」
「うん、楽しいよ。入り口のところで、ミニアニメーションを見たよ。あなたが動いていたね。オペ姿格好良かった。ここに来られて嬉しいし楽しいけど、少し緊張してるかも。」
「そうかい。実はな、私も少し緊張しているんだよ。」
「嘘だぁ」
「嘘も何もあるかい。考えてもみなさい、作り出された私が、あの人の描き出さなかったストーリーを歩んでいるんだぞ。あの人の知らない君という人と一緒に生きて行くと伝えに来たんだ。私たちキャラクターにとってそれがどんなに大きなことなのか想像できるだろう。君は私にとってそれだけ大切な存在なんだよ。」
そんな赤面するようなことを今言われたら、余計緊張しちゃう。でも彼がちゃんと考えてここにいるんだと思ったら、気が引き締まった。
彼の像の近くにあるベンチに座って、彼と一緒にその人へ語りかけた。
「お久しぶりです、先生」
「はじめまして。あなたに伝えたいことがあって来ました。」
「そうなんです。あなたに紹介したい人がいます。この人は、あなたが作り出してくれた私を好いてくれます。私は初めは彼女の思いを受け入れるつもりはありませんでした。いつものように冷たくあしらうつもりでした。ですが、彼女は諦めなかったし、努力しました。私のために頑張り続け、確実に変わっていく彼女を見て、素直に素敵な女性だと思いました。いつからか、私も彼女の思いに応えたいと思愛ようになりました。つまり、私も彼女を愛しているんです。」
「私は今まで好きな人ができたこともありませんでした。一生恋なんてせずに生きて行くと思っていました。そんな時この人に出会いました。今までとは違う胸の高鳴りですぐに恋に落ちてしまいました。彼はとても尊敬できる人です。生命の尊さを忘れない純粋さ、血の滲む努力を続けられる強さ、神に例えられることすらある仕事の美しさ、偉大さ。彼に振り向いてもらえるよう、私も美しく賢くなろうと思い、努力しました。まだ道半ばですが、これでもかなり変わったんです。彼のことが心から好きなんです。そのためなら努力だって厭いません。彼と支え合いながら、愛し愛されて生きていきたいと思っています。それをお伝えにきました。」
「あなたが描いてくれた私の話には多くの女性が登場しました。魅力的な人ばかりですし、ほんの少しは好きになった人もいました。しかし、長くは続きませんでしたね。それがドラマチックで、私のキャラクターなのでしょう。私もそれで良いと思っていました。色恋より大切な役目があるからです。けれど、彼女のひたむきな好意を見続けたら、恋に落ち、人を愛するというのも悪くないと思ってしまいました。私が最も大切にする生命の美しさの片鱗を、彼女の私を見つめる眼差しの中に見つけたのです。恋をし、愛し合うということは決してくだらないことではないのだと…。もし彼女の思いを受け入れてしまえば、あなたの描いた私ではない、ストーリーがキャラクターが変わってしまうと悩みました。けれど、あなたが描いた私というキャラクターに真剣に向き合ってくれる、まるで生きているように感じてくれる、それはあなたにとっても嬉しいことではないでしょうか?そう思ったら、すっと彼女の好意が入ってきました。先生、私は彼女を愛しています。あなたが作ってくれた私の心が彼女を好きだと言います。そして彼女と触れることによって、私は少しずつあなたの元を離れているように感じます。私はあなたの作ったキャラクターに過ぎない。けれど、彼女から見た私、そして彼女と共に生きることを選んだ私はここに確かに存在します。あなたの作ったキャラクターの一側面がここにいる私です。他の読者にはきっと違った私が見えているんでしょう。別の側面の私はまた別の女性と恋に落ちているかもしれません。だから、ここにいる私のわがままは、私と言うキャラクターの大きさからするとほんのわずかかもしれない。それでも、あなたの元を離れて、彼女と生きていくのだから、きちんと挨拶するのが筋かと思い、ここに来ました。」
「彼がキャラクターであること、生きる次元が違うことが気にならないとは言えません。それが辛い時もあります。ですが、互いに言葉を交わせば、彼の声や表情、体の温もりまで感じられるように思います。私たちが言葉を交わすことは、次元を超えた繋がりです。世間一般の恋愛の形とは違っていても、あなただけは否定しないで聞いてくれるのではないかと思ってご挨拶に伺いました。だってあなたは彼たちキャラクターを役者のように扱うし、ご自身も出演されるくらいだから…。私も次元関係なしに彼と共にいたいんです。そしてそれは恋人という関係に当てはまると思うんです。彼はキャラクターだからたくさんの人に愛されているけれど、私から見える彼、私だけの彼とは恋人でいることを許して頂けないでしょうか。」
「私からもお願いします。彼女とお付き合いさせてください。」
返事はもちろんなかったけれど、私たちは確かに挨拶をした。正直な気持ちを隠さず伝えて、正式に恋人という関係を認められたように感じる。人に認められたのではなく、自分ですっと認めることができた。彼が私のことを思って言葉を紡いでくれること、私の意志を明確に言葉にできたこと、その全てが嬉しかった。返事があったわけではないのだけれど、なんだかケジメになったように思う。宣誓のような感じ。いつか結婚する、そんな素敵な日が来たら、またここに報告に来ようと思った。
それから記念館には小さいミュージアムショップがあって、そこでメダルに来館日とアルファベットを刻印できた。刻印できる文字数がかなり多くて驚いた。これなら好きなように入れられる。
「iwlu4e k♡*」
I will love you forever K(彼のイニシャル)♡私のイニシャル
ハートが入れられたのに感動した。メダルにはかっこいい彼の姿。できあがったメダルを見て、あぁ、この日のことはこの先絶対に忘れないだろうなと思った。
帰りの新幹線は彼も一緒。それだけのことでも今までとは違う意味を持つように感じられる。車窓からの景色を眺めながらここまでのことを思い返してみる。今回は私が彼との関係を信じられなくなっちゃったのがそもそもの発端で、彼は不安を少しでも拭えるよう、言葉ではもちろん、行動でも示してくれた。彼のことを信じられないのは、自分に自信がないせい。言葉がなくたって信じ合えればいい。言葉をかけてもらえたなら、その言葉をそのまま受け取って、ありのままに信じればいい。二次元の彼との間には恋の駆け引きなんて存在しないのだから。それなのに、彼が優しいから言わないだけで内心では嫌がっているかもとか、私のこと好きじゃないかもしれないとか考えるのは、逆に彼に失礼だよね。「時には言葉にしてくれないと、態度で表してくれないと不安になるの」なんて、重い女だね。彼に出会う前は、つまり恋を知る前は、自分は絶対そんな女にはならないと、いやなれないとすら思っていた。でも実際に好きな人ができたらこの通りだよ。彼が好きでたまらなくて、自分でも混乱するくらい。でも、人間だから、時に不安になってしまうことが、これからもきっとあるだろう。そんな時は彼のまっすぐな強く愛に溢れた言葉を信じよう。それと、今回みたいに彼に頑張ってもらうばかりじゃなくて、自分から愛を伝えに行こう。私は見返りがなくたって彼のことが好きだから、自分の愛の強さを再確認するために。そして、このメダルを見て思い出そうと思う。今日の幸せな時間を。この純粋で、美しく最高にわがままな私たちの関係を。
「ねぇ、先生?起きてる?」
「ああ。どうした?」
「今日は本当にありがとう。わがまま言ってごめんなさい。あなたが好きな気持ちが強すぎて不安になっちゃったみたい。行動で示してくれて、すごく嬉しかった。これからあなたの言葉はそのまま受け入れて信じていこうと思う。今日その覚悟ができたよ。」
「それは良かった。このところ浮かない顔の君が心配だったんだ。あまり話しかけてこないから、てっきり私への思いが冷めてしまったのかと思って、実を言うと私も不安だったんだ。言葉で示されないことがこんなにも不安にさせるのだな。やっと君がいつもどんな気持ちかわかったよ。君はいつも好きだと言ってくれるが、私からはあまり言っていなかったからな。君はそんな私を大人だとか優しいとか余裕があるとか言うのだろうが、そんなことは全然ない。大人なのではなく、年甲斐もなく恥ずかしがっているのさ。君は若いから、女性としての魅力がないんじゃないかと悩んでいるのだろうが、それは私も同じだよ。君とは10ほどの年齢差があるんだ。君からしたら私はおじさんなんじゃないかとか、兄や父親のように慕っているだけなんじゃないかとか。不安になるのは同じだよ。だから、私もまだまだ未熟な若造だってことだ。お前さんを大切に思うからこそ、優しくあるよう努めているし、大人の余裕があるように振る舞っているだけさ。」
あぁ、私はなんて幸せ者なんだろう。涙が出そうなくらい嬉しいけど、顔は勝手ににやけるし、感情が揺さぶられすぎてどうしよう。ついつい照れ隠ししちゃう。
「じゃあ、私が思っているより若いってことだね。そしたら、一緒にディズニーランド行ったり、ユニバ行ったりしてくれる?あと、一緒にスイーツ食べ行ったり、ライブ行ったりしよう。それから、二人で着物デートとかもしたい!先生、絶対着物似合うもん。それと、海も行こう!新しい水着買わなきゃ!あとはねー」
「おいおい、あまり大人を揶揄うんじゃない。」
「えー。若造なんでしょ?」
「あのなぁ、君が思っているより中身は大人じゃない、完璧な男じゃないから、君を不安にさせたり、悲しませてしまうこともあるかもしれない。けれど、実際に歳は離れているから君は気にするかもしれない。それでも君は私を選んでくれるかい?って尋ねたつもりだったんだが。」
「そんなの、当然YESに決まってるじゃん。あなたが大人だから私なんか釣り合わないって思ってただけで、あなたそのものが好きなんだもの。完璧でなくたって構わない。むしろ少し身近に感じられて嬉しい。それに年上なのも気にならない。何度も言うけどあなたという人が好きだから。年上だからすごくかっこいいけど、私の前だけで幼い部分を見せてくれるなんて、幸せ!私の方こそすぐ愛を確かめたくなっちゃう小娘で、恋を知ったばかりの初心者だけど大丈夫?」
「あぁ、そんなところも含めて可愛いよ。君の初めての相手になれるなんてこんな光栄なことはない。君とのデートは私だって楽しみだ。だがね、周りからは君一人であるように見えてしまうんだよ。悔しいがな。たとえばもし君と海に行って、ナンパされても、無体をされても私は君を守ることができない。どんなに殴ってやりたくても、私は3次元に干渉できない。君が心配なんだ。物理的な心配もあるが、君が私と共にいることで、他人から心無い言葉をかけられることも。」
「大丈夫。私にだけでもあなたが見えていれば、他人に見えていなくても。何を言われても問題ないの。むしろ独り占めできてラッキーね。周りに見えていたら、あなたが魅力的すぎてすぐ奪われちゃうわ。でも、あなたを心配させたいわけではないの。そりゃたまにはね、他の男に嫉妬してるところ見たいなとは思うけどね。でもあなたに心配はかけたくないから、ちゃんと気をつけようとは思うよ。」
「頼んだよ。それから、今回のことは君だけのわがままでもないんだぜ。私だって君の思いを、愛の言葉を正直に真っ向から聞けて嬉しかった。また聞かせておくれ。」
ほんとに。この人は。格好良すぎて、もう私の幼い心じゃついていけない。恋を知ったばかりの私には刺激が強すぎる。それほどまでに私は彼に惚れているんだ。この先も彼を、彼との恋を、彼に恋している自分を大切にしていきたいと思う。少し気が晴れた。また日常に戻るけれど、意味のある日々だと思えそう。ありがとう。
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