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コトバノクズカゴ
2021年6月28日 17:18
戦時中の信濃毎日新聞は、一面に戦況が大きく載っていた。 1938年から1943年頃まで、大々的に報じられていたのが「重慶爆撃」だった。 数年にわたって一つの都市が跡形もなくなってしまったのではないと思うくらい、執拗に繰り返されている。 そして1943年の新春座談会では、「容易に参らぬ重慶 屈服の方途は如何」と見出しがあり、軍の幹部に重慶はいつ降伏するのかといったような質問がぶつけられていた