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【ちよしこリレー小説】青い夏 最終話

目次
前話(第十一話 まだ出会ったばかりなんだから)

最終話 始まりの日

しのぶが追いかけたが、人混みをすり抜けるようにささっと葵が消えてしまい、ひとまず1人にしておこうと思い直した。

何も考えずに走り出した葵だったが、万が一蒼が追いかけてくることを想定して、比較的人が少なそうなトイレに逃げ込んでしまった。

咄嗟に体が動いてしまっていたが、足の速い蒼を警戒して個室に逃げ込むという考えは働いたようだ。

どれほどの勢いで走ってきたのか、いつの間にか肩で息をしていた。自分の息が上がっているのは動揺によるものなのか、走ったせいなのかもはやわからなくなっていた。

息が整うまでひとまずここにいよう…。

しばらく避けてしまっていた蒼との気まずさに追い討ちをかけるように、閃光の如く現れた彩佳にコンビニでの出来事がフラッシュバックし、葵は一瞬のうちに動揺してしまった。

気まずさを解消できないまま逃げ出した形になってしまった自分の、幼稚すぎる行動を恥じながらも、行き場のない気持ちを持て余していた。

息を整える間、思考と感情も整えようと「イベントを楽しむこと」に意識を向けた。その瞬間、詩織としのぶに何も言わずに駆け出してしまったことを思い出し、反省と後悔の念に駆られた。急いで謝罪しなければ!とスマホを取り出した。

詩織としのぶとのグループLINEにはメッセージが入っていたが、思いがけないものだった。

「気持ち落ち着いたら蒼に連絡してあげて〜」
「こっちは大丈夫だから2人でちゃんと話しておいで」

てっきり突然いなくなった自分に対して、戻ってこいとのお叱りメッセージが来ているかと思いきや、2人は蒼との関係修復を促してくれていた。
詩織としのぶには申し訳ない気持ちもありつつ、本当にそうするべきなのか悩んでもいた。

はぁ……どうしよ………

自分でも驚くほど深く重苦しいため息が出た。
ぐるぐると思考が始まりかけたとき、次のメッセージが届いた。

「今どこ?ちょっと話したいから、連絡もらえないかな。」

蒼からだった。
詩織としのぶからのLINEで少し落ち着きを取り戻していたが、この1通で葵の心拍数は一気に上がった。よく見るとメッセージの前には不在着信も入っていた。

深呼吸を3回して、半ば無理やりに気持ちを落ち着けた。
蒼を遠ざけたいわけではない、このままでは自分の行動のせいで溝を深くしてしまう、もう逃げるのはやめよう。そう思い直して返信を打った。


***

物置場代わりに使われている教室で蒼が待っていた。
廊下からその様子が見えただけで緊張が走った。

葵は、ふぅっと一息ついてから教室の扉を開けた。

ガラガラという音と同時に蒼の視線を感じて思わず顔を背けそうになったが、なんとか向き合うことができた。
久しぶりにちゃんと見る蒼の顔は緊張しているように見えた。

「あー子、ごめんね呼び出しちゃて…。でもなんか最近ちょっと変な空気っていうか、ちょっと気まずい感じがしてたからどうしても気になって、ちゃんと話したいなと思って。」

緊張からなのか、いつになく早口気味に蒼が話し始めた。
葵もつい「ううん!!違うの、私こそごめんね!」と口走っていた。

いつもと違う蒼の様子に、そうさせてしまったのが自分であることに罪悪感を感じて、申し訳なさでいっぱいになった。

「もし俺がなんかしちゃってたとしたら教えてほしいんだけど、、」

「ううん!違うの!ごめんね。アオくんは何も悪くないよ!全部私のせい。ほんとに、全然そんなつもりなかったのに、なんか急にどうしていいのかわからなくなっちゃって…。うまく説明できないんだけど、アオくんと話しちゃいけないような気がして…。避けるみたいになっててごめんね。」

自分の言葉を遮って話しだした葵の様子に、蒼は少し驚いていたようだった。

「え、と、、、その、話しちゃいけないっていうのはなんでそう思ったのか聞いてもいい??」

「あ、えっと、うーん…」

モヤモヤとした感情をどこからどう説明したらいいのかわからず、言葉を探しているうちに黙り込んでしまった。少し待ってから蒼が切り出した。

「違ってたらごめんなんだけど、もしかして原田のことが関係してる??」

急に核心を突かれたようで、葵はびっくりして顔を上げた。
こちらをまっすぐに見ながら蒼が続けた。

「玉やんも羽山も原田もみんな中学の元クラスメイトで、特にそれだけっていうか。毎日のように一緒にいたメンバーって感じなんだよね。」

「え、あ、うん…。そうなんだね。」

蒼の言葉に嘘はないとわかっていたが、「そう思っているのはアオくんだけなんじゃないかな…?」という言葉が出かけていた。
いうべきかいうまいか考えていると、さらに蒼が話しを続けた。

「俺らはもう結構ほんと幼馴染感覚でいるから、そのノリで喋っちゃうところあって。あー子は原田とはこないだ会ったばっかりだけど、玉やんも羽山も知ってるからそういうの全部知ってる前提で喋っちゃってて、なんか悪かったなと思って。原田はそうそう会うことないと思うけど、キャラ的に苦手とかなら無理に話す必要もないし、気にしなくていいよ!」

「ううん!全然そんなことないよ!でも、なんか私が入っちゃうとちょっと微妙かなって思うところがあったから…。原田さんもせっかく遊びにきてるし、元々仲良しのメンバーで回った方がいいんじゃないかなと思って。」

勢いで返答したものの、それ以上言葉が続かず濁し気味になってしまった。それを聞いた蒼がすかさず答えた。

「いや、全然!ていうかあいつ、彼氏連れだし、勝手に2人で回ってるよ。むしろ俺らがいたら向こうに邪魔になるからそれは全然ない!」

「え…?!」

予想していなかった答えに、先ほどまでとは違う動揺が走った。

「さっきあいつ来た時、あー子が走り出す前後ぐらいに会ったんだよ。」

勝手に先走ってモヤモヤして蒼と気まずくなっていた自分が急に恥ずかしくなった。顔が赤くなるのが自分でもわかった。穴があったら入りたい…。
と同時に、一気に力が抜けた。

「そうなんだ…!ごめん、なんか私勝手に色々勘違いしちゃって」

「うん。だからそっちのことは気にしなくていいよ。もしあー子がよければ元々の予定通り一緒に回らない?」

「あ、うん!アオくんが大丈夫なら私はそれで…!もう部活の予定とかは大丈夫なの?!」

「朝からがっつり仕事してきたから流石に俺もしばらく休憩!ま、呼ばれてもとりあえずスルーかな笑」

冗談っぽく言う蒼の顔にはいつもの笑顔があった。それにつられて葵にも笑顔が戻った。あっという間にこれまでの雰囲気が戻ってきて安堵した。

「じゃあ、どこで合流するかみんなに連絡入れるね!どこがいいかな。」

「んーまぁ、多分回るとこ大体一緒だからどっかで会うよ。あいつらは去年もいるし勝手わかってるから大丈夫だよ。とりあえずいこ!」

みんなとの合流を華麗にスルーされたような気がして驚きつつも、2人で行動する流れに喜びを感じている自分がいた。葵が感情を忙しくしている間に蒼はすでに動き出し、流れに乗るように葵も続いた。

教室を出るところで蒼がふと立ち止まり、こちらを向いた。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、『色々』って具体的にあー子は何を勘違いしてたの??さっき言ってたでしょ。『勝手に勘違いしちゃってごめん』って。」

「え…?!!あ、それは、えーっと…」

忘れかけていた恥ずかしさが込み上げてきて言葉に詰まっていると、蒼も照れ隠ししつついたずらに問いかけた。

「ちょっと自意識過剰かもしれないけど、俺に都合よく解釈してもいい?」

一瞬何を言われているのかわからなかったが、蒼の表情と雰囲気からなんとなく意味を察してさらに恥ずかしくなった。

「答え合わせは今じゃなくていいし。でも、『あー子の勘違い』が俺の勘違いじゃないことを祈りたい。てかあー子、さっきから『葵』じゃなくて『赤い』になってる笑」

発言の重みを感じさせないようになのか、顔が赤らんだ様子を名前のいじりも交えながら蒼がからかってきた。

「もうーー!『赤い』ってなに?!変な名前やめてよ〜!」

「あはは笑 今日からあー子じゃなくて『あかい』って呼ぼうかな!」


誰もいない教室に2人の無邪気な声が響く中、「行こ」と短く告げた蒼が先を歩き出し、それに追いつくように小走りで駆け寄った。

廊下に出ると、さっきまで2人の声しかなかった世界にガヤガヤ音が押し寄せた。呼び込みの声やBGM、校内放送など多くの心地いい雑音が、速くなった鼓動をかき消してくれるような気がした。

廊下の窓から差し込む日差しを受けながら、葵は蒼と初めて会った日のことを思い出していた。

陰影をともなう大きな入道雲が浮かび上がる青い空。
学校に続く坂で見た青いジャージ。
少年のような無邪気さを含んだ蒼のえくぼ顔。

そのどれも昨日のことのように鮮明に思い出すことができた。
2人の始まりの日だ。

青く彩られた夏が過ぎ去り、少し空が高くなったこの日、2人に新たな風が吹き始めた。
今日もまた、2人にとって「始まりの日」となった。


ー完ー

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