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『帰郷中に読む本が尽きると死ぬ男 vs 星間連絡船』 #1200文字のスペースオペラ

僕は故郷へ帰るために一人でノクターン号に揺られている。まるで流星のように行き交う灯りのひとつひとつが今や数十億の人口を抱える星系だという事実がいまだに信じられない。

星間連絡船ノクターン号(かつて品川と弘前を結んでいた夜行バスに由来する)は定刻通りにゲートウェイを出航した。予定航行時間は11時間。その間に読むべき本は用意してある。今回は身動きできない空間を利用して普段読まないジャンルにチャレンジするのだ。

青森県のキリストの墓が本物だと認定されてからは早かった。宇宙服着用の聖人ミイラが異星人であることが明らかになり、再起動したナニャドライバーによる低コストの星系外射出が成立するようになったからだ。この超光速技術を求めて世界が青森県へ集い、外宇宙へ射出されていった。

青森宇宙条約によって居住惑星には「戸」という名前が付けられることになった。僕の通うオフィスがあるのは九十二戸(きゅうじゅうにのへ)であり、現在では富裕層向けの邸星(いえ)の人気もあり二千万戸を超えているという。

星間連絡船は光速の数倍の速度で移動をしている。詳しいことはわからないが連絡船の中で何日過ごしても実際に経過する時間はごくわずかなのだそうだ。(この青森県独自の時空のずれを「笑っていいとも効果」と呼ぶらしい)

なので僕にはたっぷりと時間はある。たっぷりとありすぎるくらいある。なのに、なぜ、持ち込んだ本が絶望的に口に合わないんだ。 これが体調を悪くするくらい面白くない。僕が誰に向けているのかわからない述懐を続けているのも目の前の小説から気を逸らすためだよ、ちくしょう!

なんでこれが書籍化されてんの? 同じ作者のシリーズが大量に並んでたから人気作家だと思って買っちゃったけど……これは何らかの自費出版レーベルなのでは?このままでは死ぬ。誰か助けてくれ。

運転手席上部の映像モニタには「寅さん」と「釣りバカ日誌」がループ再生されている。かつての夜行バスをナニャ粒子で被覆しただけの連絡船は内部設備が更新されておらず、前後のベンチシートではおっさんたちが星雲スルメをかじりワンカップ[銀河]を次々と空けている。辺境なまりの強い津軽弁は(国際公用語ではあるものの)僕にとっては聞き分けられない騒音の洪水に過ぎない。

どちらにしろこのままでは死ぬ。どうせ死ぬなら……俺は書籍の海へ精神をダイブさせた。

──11時間後。僕は瞳を輝かせて青森宇宙港へ降り立った。

面白かったな、あの作家!確かに未熟だけど熱意はすごい。そもそもこれを出版にこぎつける度胸を評価してほしい。何回読んだかな、ハハ、ほら石の陰からたくさんの星々が現れてマグナムで蹴散らされアクション描写を排した擬音だけで進行する場面がさ、ぜんぜん面白くないけど僕は好きだな。

そして、僕はストーブ銀河鉄道で読むための本を物色するために書店へ滑り込んだ。故郷まであと少しだ。

【終】<本文1195文字>

本作は #1200文字のスペースオペラ への応募作品です。


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