『闇太陽と摺り足のプリンス』 0場所目
(ぺターン、ぺターン)
支度室内の「テツポウ禁止」「満員御礼」の札が色あせている。
東京大深度力士力発電所。注水され人心地ついた力士達で支度部屋はごった返している。「ごっつぁんです。」「ハァーハァー自分の相撲が取れました」「ごっつぁんです」思い思いに休憩時間を過ごす力士達。[関][電]と刻まれた明荷に腰を掛けるのは彼らの中でも上役の関脇関電関である。
「お前ら……」
「ウッス」「ウッス」「ウッス」
「よく頑張った、と言いたいところだがもう一仕事だ」
脇に備える聴海関が後を次ぐ
「両国タービンに異音を感じる、誰かテッポウをしているものはいないか?」
「ウッス」「ウッス」「ウッス」
平役の力士にとって関取への返事は「ウス」のみである。だが、十分に否定の意思は伝わっていた。
「そうか、帰ってきていない力士はいないか?」
「ウッス」「ウッス」「ウッス」
(ペターン)(ペターン)
「関電関、まだテッポウの音が聴こえます」
「やはり点検が必要だな」
「俺がいきます。おい、何人かついてきてくれ」
「ウッス」「ウッス」「ウッス」
超聴覚力士である聴海を先頭に三人の三段目が付きそい摺り足で支度部屋を出ていく姿を関電が見送る。
「明荷ミミックに気を付けるんだぞ」
「ウッス」「ウッス」「ウッス」
──それが東京大深度力士力発電所の最後の光景となった。
「生存者なし」
「事故原因はタービンの破損」
「東京都重力反転」
「闇太陽は沈まず、関東反転へ」
「鉄道網の復旧目途立たず」
「自衛隊は解消し緊急時軍事政権へ」
「力士歩荷隊発足」
「重力異常時はお近くの避重所へ」
「倹約は美徳」
「九州反転」
◆◆◆
びゅうびゅうと吹きすさぶ風に耐え兼ねて千切れた藁の塊が転がりながら街道を横断していく。砂塵の中で列をなす荷役の摺り足は一直線に「電車道」を刻んでいる。
ハカタを後にした飛鷹部屋の力士歩荷隊(コンボイ)は摺り足のまま次なる目的地へ向けて九州を下っていく。
種子島宇宙センター。
日本で唯一、重力異常の恩恵を受けた施設である。天空に座す闇太陽へ向けて「墜ちる」反転重力を用いたスイングバイ飛行は模型レベルで一定の成果を上げていた。
これを生身の力士が行い身体運用を身に着けて歩荷へ革命を起こす。日本国内の麻痺した流通網へのレボリューションが急がれていた。
(飛鷹、もう一度飛んでみないか)
闇太陽の重力と力士の摺り足(ダウンフォース)が釣り合えば浮遊できる。新政府の提案は荒唐無稽とは言い切れない。それは誰よりも本場所を翔んだ飛鷹が最もよく知っていた。
かつて「天空力士」と呼ばれた飛鷹親方(現役名:鷹乃爪)はソップ型ながら見事な空中殺法で金星を量産する「ピリリと辛い」人気力士であった。
「空中殺法は軽量故の奇襲ではありません」と相撲記者に語った通り、鷹乃爪が基礎訓練で流した汗は稽古場に水たまりを作ったとされている。
ゆえに飛鷹はトレーニングセンターの飛行訓練を受ける弟子を厳選するつもりでいた。この歩荷の旅路が訓練と試験となるだろう。だが、何人が生きてたどり着けるか。親方の弟子を見る目は熱く濡れていた。
◆◆◆
「おい」
「……」
「おいってば」
「……」
「相変わらずカテー奴だな、黒太子」
「……黙れ、"魂消る"ぞ、鷹乃爪」
「さっさと種子島へ荷を運んで一緒に飛ぼうな!」
「……それに異論はない」
「だろぉぉ〜〜!」
荒野に力士歩荷隊の列が続く。
(つづく?)