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『ひとりぼっちの土俵戦争』

パンッ

乾いた柏手の音が住宅街へ響き渡る。深夜0時。静止した時間の中で塩を打ち力水を啜る。満月が煌々と照らす十字路の中心で大横綱・不二子藤が蹲踞して今宵の対戦相手を睨み付けた。その対戦相手とは、大横綱・不二子藤その人である。

二人の不二子藤が同時に拳で地を突く。未だ取り組みは始まらない。両横綱は値踏みしあい、取組相手が己と同じ力量であることを見抜く。

いままで土俵上で己(オレ)に勝てる相手はいなかった。いつか己を超える力士を誕生させたい。その一心でかわいがりもした。女将を寝取り、部屋を仕切り、理事会を牛耳ることもした。だが、土俵に埋めたスルメのように、俺の乾いた心が満たされることはなかった。

『最強の取組相手が欲しい』

その一念が岩を通したとでもいうのだろうか。ついには路上でこのような強敵と逢いまみえることになった。世界を救う? 地球を守る?知ったことか。己が己のために相撲を取る。これこそが己が待ち望んだ世界だ。

あの日、満員御礼の国技館に居た全員を抹消したハデス星人から受けた一方的な通告が頭をよぎる。

地球を侵略することにしました。我々の技術力はあなた方と次元が異なり人道上フェアではないのでゲームをします。あなたがたの代表として最強の戦士をミラーリングしました。ふたりを競い合わせあなた方が勝てば侵略をせずに可能性を尊重しましょう。たったいま消した命についてもミラーリング存在を戻して差し上げます。よいはなしですよね。それでは今夜0時にお会いしましょう。

日本相撲協会が抗うまでもなく降伏した絶対的な戦力差。不二子藤も生涯で初めて膝を屈した。無人の支度部屋で膝を抱え、己を抱きしめる不二子藤の慟哭がやがて恍惚混じりのものへ変わる。(これこそが己が待ち望んだ世界じゃないか)不二子藤は視線を土俵へ戻す。交差点を利用した無観客の土俵上で二人の大横綱が向き合っている。

『マッタナシ、ミアッテ!!』

概念行司が叫ぶ。(まったくプラチナチケットだぜこれは)不二子藤の脳裏に存在しないはずの観客、親方衆、満員御礼の札、大歓声が浮かぶ。気力充実。今の俺は誰と闘っても負けるはずがない。大横綱の背で蒸気のように発気が揺らぐ。

『ハッキヨイ!!』

衝撃。視界に流星が走る。なんてやつだ。そこまで鍛えるためにおまえは何を捨てたんだ。楽しいな、おい。右の張手をかまそうとして左手を振る。得意の右上手の体勢へ持ち込むため左腕を伸ばす。

(左手?)

そして、不二子藤は己がミラーリングされた力士存在であると自認して静かに狂死した。

不二子藤 〇─(自我失認)─×不二子藤

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