『有権者八百万九十九の独裁』 2票目

『有権者八百万九十九の独裁』 2票目

承前

───ヒュン

 潜在有権者数約八億、未来の独裁有権者となりうる可能性を持つ少年、八百万九十九(やおよろずつくも)の頭部に銃弾が吸い込まれた。

 銃弾を察知できたのはクラス内でもわずか数名である。ふつう部所属 不忍シノブ(18)は、着弾を見届けることなく狙撃位置へ向けたスプリントを開始した。赤いタオルマフラーをひるがえしハードル走のように三階の手すりを乗り越え自由落下の衝撃を前転着地で殺しながら一直線に校庭を横切る。

◆◆◆

 教室内は静まり返っていた。真っ先に悲鳴の途中で蝶野フローラが卒倒した。保健委員がそれを支えクラスメイトが輪になってツクモを取り囲んでいる。

 「イテテテ……」

 ごろん、と寝返りを打ちツクモが身を起こした。銃弾は左手に集中させた赤銅色のナノマシン群で受け止められていた。手のひらには銃弾の痕と熱傷。射線予測の選択肢を限定したバクチ的な議決が彼を救った。

《ツクモ、全会一致で左手を差し出しましたが回復までナノマシンの1/3が使用不可能です》

 薄い水蒸気と共に修復され始めている手のひらを見つめながらツクモはうなずき、こっそりと教室内の「見敵必殺」掛け軸の裏から入室するシノブを出迎えた。

 「スマン、逃した」

 「だいじょぶだいじょぶ」

 心底すまなそうな顔をするシノブにサムズアップで応えるとツクモは立ち上がりフローラを抱えて保健室へ向かった。

◆◆◆

 放課後、通学路の帰り道。
 左手を粉砕骨折、壁に打ち付けた際の頭部の流血という重傷により代打部の活動は禁止されたがツクモの「人の役に立ちたい」という本能的欲求は簡単には抑えられない。

 「右腕だけでもできます!」と県大会を控える卓球部の練習試合へ顔を出そうとしたツクモをフローラが羽交い締めに引きずり出して何とか帰宅させている状況だ。

 「あんた、死にたいの?」

 「いつも俺を殺そうとしているくせに」

 「うるさいわね!」

 「痛てぇ!!」

 執拗に左手の包帯の上から小刻みな打撃を加えるフローラ。だが、その殺意は和らいでいる。

 「俺は簡単には死なないさ」

  八百万九十九は誕生時に異常を抱えていた。ヘモグロビンが含まれない透明な血液が流れていることが判明したのだ。それを救ったのが八百万テクノロジー社の最先端医療技術《ナノマシン血球》の投与であった。
 ツクモの体内に投与された80,000,099体のナノマシンは酸素や栄養素を心身に運びツクモを一般的な少年と変わらないまでにスクスクと育てた。やがて特殊体質も改善し健康体となった現在でもナノマシン群はツクモの体内に存在している。
 ナノマシン群は個別の意思を持ち、寄宿先の肉体強化及び合議制による最適解を提供。やがて自らの「人権」を主張して選挙権取得を政府に確約させるに至った。

《ツクモ、狙撃危険ポイントです。射線予測は……》

「大丈夫だって、議決はいらない」

 ツクモは無事な右腕を伸ばし極楽寺電波塔へ向けると

「BANG☆」

「なにやってんのよ」

「災難除けのおまじない!」

「ハァ? 」

◆◆◆

 極楽寺電波塔。ふいに標的が狙撃手を指さして笑ったことで狙撃手は顔面蒼白となった。

 (ありえない!この距離で!) (どうする?)(気づかれた?)(そもそもなぜやつは生きている?)(ご隠居になんと説明する?)

 哀れな狙撃手は目的を果たせず夕闇に紛れて電波塔を降り大磯方面へ去った。その姿を赤いタオルマフラーの少女が追い始めた。狙撃手が依頼主の元へたどり着くことはなく、八百万九十九の平穏な日々はまだまだ続く。

【つづく?】

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お望月さん | 珍評家

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ファンタスティック映画が好きな珍評家。映画・小説・書籍の感想を記したり小噺を載せたりしています。既知作品の初見感想が大好き。みんなもエンタメのカルマ調整をしようネ!