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月の壁 ~ミナコの月 1

■ 約束。


 
「ねぇ、あのさ、ミナコ、
ほら、この前さ、
一緒に観に行こうって言ってた映画、あったでしょ。

あれさ、
ちょっと、ワケあって、別な人と行くことになっちゃって…
一緒に行けなくなっちゃった。
…ごめん。」

 
 
ユリは、ほんの少し、肩をすぼめて、
ミナコを覗き見るようにしながら、
申し訳なさそうに、ごめんと小さく手を合わせた。



 
 
ユリとは、高校時代からのつきあい。

 
 
ミナコは、申し訳なさそうにしているユリとは対照的に、

表情一つ変えず、

「え? ああ、別に、いいよ。気にしなくて。

ちゃんと約束したワケでもないし。
それにさ、私の方も、仕事、忙しくってさ、
最近、残業続きで、休みの日って、疲れてるから、
いつ行けるか? 約束できる感じじゃなかったし。

それに、最近の映画って、すぐにDVDになっちゃうから、
それまで待って、家でゆっくりDVDで観る方がラクだしね。」

 
 
ユリは、くりっとした茶色い瞳を、
いたずらっ子のように瞬かせながら、こう言った。


「ミナコってば、本当に仕事好きだね~。
そして、家にいるのも、好きだよね。
そんな生活してたら、
いつの間にか、オヤジみたいになっちゃうぞぉ~。」


 
ユリは、そんな冗談を言いながら、
ミナコの右腕を、ぽんっと軽く叩いた。



 
 
 
インクブルーの西の空には、
折れそうなほど、華奢な銀色の月が、

 
ひときわ明るく輝く金星を、
ひきたてるかのように、寄り添っていた。



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