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月の壁 ~ミナコの月 7

■印象。


 
 
「出席」させていただきます。
どうぞよろしくお願いします。
 
青木ミナコ
 
 

 
ミナコは、使い慣れたペンで、同窓会の葉書に書いた。

 
 
 
手に持つと、ちょっと重たいけれど、
実際に書き始めると、その重さがあるから書きやすくて、
綺麗に文字が書ける、
ずっと使い続けてきた愛用のペン。

 
 
 
仕事での大事な契約事のサインや、
今、住んでいるマンション契約の際にも使った、
ミナコにとっては、大事なペン。
 

 
 
キャリア女性であるミナコの知性と教養を
さりげなく醸し出してくれる
ミナコにとっては、最高に使い勝手のいいペン。
 

 
 
 
おそらく、
誰も、この文字からは、

 
ミナコの私生活の現状…
 

 
怒涛の一週間を乗り切ったあとの、
カーテンをしめきったままで過ごす週末、
 
 

 
まる二日間、出かけることもなく、
すっぴんで、パジャマのままで、
だらだらと過ごしている週末、
 

 
 
左腕のひじをつき、右手でさらっと書いたとは、
とうてい想像もつかないほど、
 

 
姿勢を正して書いたとしか思えない美文字が、
そこにあった。
 
 

 
 
 
ミナコは、高校時代、学校でもそうだった。

 
 
 
成績は常にクラスで10番以内。
学年でも、100位から落ちたことはない。
 
 
 

 
特別、真面目で、品行方正ではなかったし、

 
先生の言うことを聞く、
いわゆる「いい子」
「優等生」ではなかったけれど、

 
 
なぜか、
先生にウケがいい。


 
 
 
制服のスカートの長さも、
前髪の長さも、
よく見れば、
しっかり違反している長さでも、

 
 
他の子なら、
生活指導の先生に厳しく言われることでも、
なぜか、ミナコは不思議と、すり抜ける。


 
 
別に、
先生に媚びているわけでもなく、
贔屓されているわけでもなく

 
 
ミナコの印象…

 
 
礼儀正しさと、
要領の良さと、
成績と、
気配りと、
見た目の雰囲気が

 
先生の目を、くぐり抜けてしまう。


 
 
 
だから、
学生時代、
生活指導の先生に、
一度も注意されることはなかった。
 
 
 
もちろん、
先生に怒られるようなことも、
わざわざ目立つような反抗もしない。
 
 
 
従順でもなく、
特別、先生に懐くでもないのに、
 
 
 
なぜか、先生に気に入られている、
そんな、品行方正なイメージを持っている、
『先生にとって、印象の良い』生徒だった。
 

 
 
 
そして、
そんな、先生ウケのいいミナコに、
物言いする同級生もいなかった。
 
 
 
 
むしろ、
自分にはできない、言えないことを
かわりに、やってくれたり、
ずばっと言ってくれたり、
 
 

 
恋愛や、友達関係で、悩んだ時には
話を聞いてくれて、的確なアドバイスもくれる
頼れる存在として、慕われていた。
 
 
 
 
ミナコは、そんな自分を
自分でも自覚していて、よく知っていたし、
 
 
知っていたから、
そのイメージ、印象を、上手に活用していた。

 
 
 
 
 
自分がどんな人間か? なんて、
相手が自分のことをどう思うか? 
 
イメージと、実際の自分は関係ない。
 

 
 
相手によく思われたいなら、
相手によく思われよう。と、
たちまわったり、小細工する必要もない。
 
 

 
自分の良さとか、性格とか、
自分『が』、どう思われたいか?
自分側のことは、脇に置いて、
 
 

 
むしろ、
相手が、『良いイメージを抱くような印象』
相手にとって、いいと思う存在のカタチ、
それに、すっぽり自分を納めてしまえばいい。
 
 
 

 
 
先生方が、
良い生徒だ。と思う生徒のイメージ。
そんなイメージを印象づけておけばいい。
 
 
 
 

 
そこに、窮屈さを感じる必要もなければ、
自分らしさが失われる。なんてことも
考えなくていい。
 
 
 

 
 
だいいち、
自分らしさなんて、
そんなことでは失われたりしない。
 

 
 
 
相手が抱くイメージと、
自分が自分に対するイメージが、
同じだろうが、違おうが、
 
 
 


 
自分は自分。
自分であることに、なんら変わりがない。
 
 
 
 

 
相手が自分のことをどう思おうが、
感じようが、感じるまいが、
 
 

 
自分は自分、
自分として在ればいい。
 


 
相手が思う、
『青木ミナコ』のイメージがどうであろうが、
どう思われているか? なんて、
気にすることはない。
 
 

 
周囲の目を気にして、
自分をなくしたり、見失ったり、
振り回されるだけ、損なのだ。
 
 

 
 
 
 
…なのに。。。
 


 
 
 
 
なぜか、
 
いつの間にか、無意識のうちに、
「青木」ミナコのままだってことを
気にしてた。
 
 
 
 
 
 
私ってば、
何やってるんだろう。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そんな自分、
自分らしく、ない。
 
 
 
 
 
 
 
ミナコは、
そんなことをぼんやりと思いながら
 
 
右手に持ったままだったペンを
静かに葉書の上に置いた。
 
 

 
 
そして、
何気に
その手をスマホへと伸ばした。
 
 
 
 
スマホの画面が、
すっぴんのミナコの顔を、
うすぼんやりと照らした。
 

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