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断片#006|ふ菓子で撲殺

2023-04-21 13:03:33 金曜日
 あーやっと休憩時間だー! とウキウキで出勤前に買ったものが詰め込まれているコンビニ袋を引っ掴んで休憩スペースに向かおうとしたところ、「成瀬さーんっ」と同僚の御宿 おんじゅくに呼び止められてギョッとする。
「なになになに」
「ちょっとお、そんなに警戒しないで下さいよお」
「御宿に仕事以外で声掛けられる時ってろくな事ないから」
「あのう、前に観てもらったわたしの推しの動画主の動画、覚えてますか?」
 御宿の推しの動画主の動画。覚えているに決まっている。だってどこからどう見てもいま住んでいる家の主である笠間さんにしか見えなかったから。そういや結局その動画の事も、自分が書いているブログに名前を載せていいかも、あと笠間さんの部屋にあった笠間さんの遺影の事も、全部ぜんぶ訊けていないな。訊くタイミングはいくらでもあるのに、無意識に避けているのかもしれない。何故だろう。
「成瀬さーん?」
「あ、ごめん、覚えてる覚えてる」
「なら話は早い!」
 そう言うと同時に左腕を掴まれたと思ったらあっという間に休憩スペースに移動させられ強制的に椅子に座らされていた。
「まじでなんなの」
「また動画が観られるようになってたんですよお」
「それあんま言わないほうがいいやつでしょ? 公式であがってるやつじゃないんだから」
「そーなんですよねー……ほんっと、いまなにしてんだろ」
 まあ自分がいま住んでいる家の主だけど、とは言わずに心の中で思うだけ。コンビニ袋から牛カルビ弁当を取り出して立ち上がる。
「え、ちょっと行かないでぇ、観て下さいよお」
「レンチンするだけだって」
「あーなんだあ、びっくりしたあ」
 休憩スペースから少し離れた台所に向かう。電子レンジを操作したあとに休憩スペースのほうを見ると御宿はコンビニ袋からサンドウィッチやらサラダやら取り出してテーブルに並べている。熱々の牛カルビ弁当を持って戻ると早速タブレットをこちらに向けてくる。
「また怖いやつ観ながらランチさせられんの?」
 牛カルビ弁当の蓋を開けながら訊く。
「あ、これはこの前に観てもらったやつより前のやつでえ、昔はホラー方面の事をしている動画じゃなかったんですよ」
 タブレットに表示されているサムネイルを見ると女性が映っている。
「あれ? 女の人じゃん」
「って、思うでしょー?」
 声を弾ませた御宿が再生ボタンをタッチする。
 画面にはサムネイルに映っていた女性で、はいという訳でやってきました、と画面には映っていない人の声が聞こえる。ん? この声なんか聞き覚えある気がするけど? と思ったけれど誰だかわからない。画面には映っていない人が、今回は好きなだけスイーツを食べていただきまーす、と進行している。いやなんもこの格好じゃなくてもいいでしょ、とやっと喋った女性の声を聞いてびっくりした。
「女装してんの?」
「そーなんですよ!! めちゃかわじゃないですか!?」
「完全に騙された……けどなにこれ。くそつまんねー動画じゃん」
「ちょっとぉ、ひどい事言わないで下さい」
「女装してスイーツ食べに行くってしょーもないじゃんなにこれ」
「まあ、最初の頃なんでだいぶ迷走してた感はありますけどお」
 いただきまーす、と牛カルビ弁当を食べ出すと同時に背後から、色々大変なんだねこういう動画作る人もね、といつの間に休憩スペースにいた佐和さんが声を掛けてきた。
「うわ、びっくりした! え、佐和さん、いつからわたしたちの会話聞いてました?」
 あ! と気付いた。動画で画面に映っていない、進行役の声の主。


2023-04-21 19:13:33 金曜日
「あの動画の進行役って、佐和さんですよね」
「うん、そうだよ」
 あっさり肯定かい。
 仕事を終えて、今日呑みに行っていいかなあ、と声を掛けてきた佐和さんと一緒に家路を急ぐ。
「じゃあやっぱりあの動画主って笠間さん」
「そうなんだよねえ」
「御宿は笠間さんが同僚って知らない?」
「うん、言ってないね」
「なんでいまは動画あげてないんですか」
「成瀬くん」
「はい」
「あの動画の話は笠間にはしないでね」
「え? なんでです?」
「生きてた時の話はあんまりね」
「生きてた時?」
 ふと笠間さんの部屋にあった遺影が頭をよぎる。え? なに? どういう意味?
「そういえば知ってる? 会社の近くにトンネルあるでしょ、坂を下ってった先に」
 おっと話題を変えられたぞ。もうなにも訊けない感じかこれは。
「えーっと、はい。ありますねえ、トンネル」
「あそこ、心霊スポットなの知ってる?」
「え! ちょっと聞きたくなかったその情報! そうなんですか?」
「成瀬くんがまだ入社していない時に会社のみんなで花火大会行った時にさあ」
「ちょっ、ちょっと、怖い話始まってます!? 始まってます!?」
 耳を塞ぎながら歩くスピードをあげる。ちょっと先に行かないでよお、と後ろから佐和さんがボヤいているけれど無視。無視ですそんなもん。