短編#001|ふ菓子で撲殺

 整備されていないにもほどがある道で、遊園地のアトラクションかよ、と思いながら必死でハンドルをコントロールする。
 動画サイトのチャンネルの生配信の為に山奥も山奥に来ている。が、天気はパッとしない。自分の気持ちもパッとしない。
「佐和さんさあ」
 いまやすっかりチャンネルの諸々を仕切っている三鷹さんに、君たちの車はここね、と指示された場所に駐車をし終えたところで助手席の蓮沼くんが口を開く。
「正直どうなのよ」
 質問の意図がわからず無言で蓮沼くんを凝視する。
「俺、この生配信終わったらやめようと思ってるんだけど」
 なんとなく察知していた事で、無言のまま凝視するのをやめて正面を向く。
「佐和さん? 聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「二回返事するやつ、聞いてないやつじゃない?」
 と言いながら声を出して笑っている。
「佐和さんは正直どうなの?」
 二回目の質問。自分の気持ちがパッとしない原因でもあると、気付いてはいるけれど。
「そもそも笠間くんと佐和さんが二人で始めた事でしょ? どうなのよ」
「その話、前にもしたね」
 確か、心霊スポットとして有名なトンネルのロケハン帰りに寄った喫茶店でもほぼ同じやり取りした気がする。
「そもそも笠間くんさあ、流され過ぎじゃない? 自分の意見とかないのかなあ」
「まあ、それはねえ、うん。前から感じてはいたけど。俺が一緒に動画とか撮らないかって誘った時もふわふわしてたし」
「知ってる? 笠間くん、三股してた事があるって」
「はあ? 誰からの情報よそれ。まさか本人?」
「拒まない、断れない、押しに弱い」
「なにその三原則みたいな言い方」
「バイト先の先輩と、大学の教授と、バイト先の客」
「いやいや、聞きたくないなあ、そういう話。やめてやめて。蓮沼くんそういう話好きなの? ちょっと引くなあ」
「っつうか佐和さん気付いてないの? 三鷹さんとも絶対なんかあるでしょ」
「三鷹さんと? まっさかあ」
「あ、噂をすれば」
 蓮沼くんが親指でさした助手席側の窓を覗き込むと、笠間くんが今日の生配信の現場である廃墟の円形の建物のほうからこちらに向かってきている。
「準備の時間までまだあるよね?」
「だねえ。おー、お疲れ様でーすっ」
 蓮沼くんは窓を開けながら明るく言うので、さっきまで酷い話をしていた時とのギャップよ、と苦笑してしまう。
「どうしたの? 俺らなんかといると怒られるんじゃない? 三鷹さんに」
「ちょっとお、蓮沼くん」
 妙な事をはっきりと言いやしないかとハラハラしてしまう。笠間くんは蓮沼くんの言っている事があまり理解できていない様子で、三鷹さんがお二人にって、と手に持っていたレジ袋を窓から差し出してくる。
「ええー? 差し入れだって、逆になんか嫌な感じ」
「そういう事言わないの。ありがとね」
「いえ。あと、準備の開始は電話するって言ってました」
「了解でーす」
 蓮沼くん経由で受け取ったレジ袋にはペットボトルのお茶が二本と、サンドウィッチやらおにぎりやらが入っている。
「どお? 笠間くんは楽しい?」
「変な事言わんでよ?」
「変な事ってなによ」
「あの、後ろの席、いいですか」
 え? と蓮沼くんとハモってしまった。思わず目も合わせる。
「いい、けど、え、なに? なんかあった?」
 そう尋ねるも助手席側の後部座席に乗り込んだ笠間くんは俯いてなにも言わない。
「えー? なになに」
 蓮沼くんはにやにやしながら笠間くんのほうを見るので、無言で肘で小突く。えーなによ、と嫌な笑みを浮かべている。
「まあ、とにかく俺はこれが終わったらやめるからね」
「なんでいまその話を再放送する?」
「え、蓮沼さんやめちゃうんですか」
 驚いている笠間くんに正直驚いてしまった。ここ最近の蓮沼くんを見ていたらそう驚く告白でもないのだが。
「うん、やめるやめる。だって俺はさあ、二人の動画を観て参加したのよ。なんかおもしろい事、一緒に出来るかなーって。こんなホラーな場所探訪なチャンネルをやるつもりは全くないのよ」
「佐和さんはやめないですよね?」
 不意に向けられた言葉にどきりとしてしまう。んな訳、と否定できる気持ちは。
「佐和さん?」
 あー……と頭を掻く。
「なんだよ、佐和さんも?」
「自分である意味ってなんだろうなあって」
「まあないよね。俺もね」
「じゃあ俺もやめます」
 少しの間のあと、笠間くんさあ、と言い出した蓮沼くんを見ていよいよなにを言い出すかわからなくて、蓮沼くんの右腕を掴んで制するが無駄だった。
「え? なに? 笠間くんって自分の意見とかないの?」
「ちょっとやめよう、この三人でもめるのはほんとに意味わかんないから」
「俺らがやめるからやめる? やめる必要なくない? 気に入られてんじゃん三鷹さんにさ? やめる理由なんてひとつもないでしょ?」
「二人は三鷹さんとうまくいってないんですか」
「は? 見ててわかんない?」
「わか、んなかったです……」
 まじか、と蓮沼くんは冷笑している。気持ちはわかる、わかるが。
「あ、ほら、あんま油売ってると怒られるんじゃ? 早く戻ったほうがよくない?」
「いや、話まだ終わってないんだけど」
 ほらほら、と笠間くんを促す。納得がいっていないようで、でも早く戻ったほうがいいのは本人も薄々感じていたのか、もそもそと車を降りていく。
「イライラすんなあ、まじで」
「なんであんな言い方するかなあ」
 上着のポケットに入れていたスマートフォンが揺れるので取り出して見ると笠間くんからのメッセージで「さっきの話」「今日の配信が終わったあとに」「ちゃんと話したい」と届いている。助手席側の窓を覗き込むと、米粒サイズでよくわからないけれど確実に振り返ってこちらを見ている笠間くんの姿があって。
 それが最後になってしまった。
 会えなくなる前の会話と姿は酷く寂しいものになってしまった。