短編#003|ふ菓子で撲殺

 最近、通勤がめーっちゃ楽しい! というのは実は、前からずーっと欲しかった原付をやーっと買えたからであります。そうなのです、家から会社まで電車通勤だったのが原付通勤になりました。出勤時間が恐らく大半の会社より一時間遅れとはいえ、決してガラガラではない電車への乗車を考えると原付通勤、めーっちゃ楽。しかもそこまで遠くないので所要時間もそんなにかからないし。まあ、雨の日はちと気分があがりませんが。
 今日はそのちと気分があがらない雨の日で、いつも朝ごはんを用意してくれている笠間さんがダウンしてしまっていたので(どうやら雨の日が駄目らしい? 低気圧頭痛とかそういうの?)ちょっと早めに出て会社で朝ごはんを食べようとコンビニに寄ってルンルンで
「成瀬さん! もう! 遅い!」
 出勤時間よりもだいぶ早いのに御宿おんじゅくがいた事にびっくりしたのに、なぜか怒られて更にびっくりした。
「え? いやいや? まだ時間じゃねえし? っつうかなんでいんの? 早くない?」
「それなら成瀬さんだって」
「いや、俺は朝ごはん……なになになに」
 御宿は人が話しているのに腕を引っ張って会議室に無理矢理連れていく。会議室はガラス張りなのだが、派手な音をさせてブラインドをおろしていっている。
「え? まじでなに? なにされるの、俺」
 ぐいっと顔を近付けられて思わずのけぞる。大変なものを見付けちゃったんですよ……! と潜めた声で言われる。
「大変なもの? あ、朝ごはん食べながらでもいい?」
「緊張感ないからダメです!」
「ええ……朝ごはん食べる為に早くに来たんだけど……」
「例の動画主さんの動画なんですけど」
 また観た事がないやつがあがっていて、と続けながら御宿は動画を観るいつものタブレットをカバンから取り出している。
「ってか、座っていい?」
「ええ! どうぞ!」
「なんでちょっとキレ気味なの?」
 椅子に座り、おろしたリュックを隣りの椅子に置いて、朝ごはんが入ったコンビニの袋をテーブルに置く。御宿は向かいの椅子に座り、タブレットを取り出ししばらくいじってから御宿からもこちらからも観やすい位置に置く。
「まだ消されてないや、よかったあ。これ、多分、最後の生配信の動画だと思うんですよ」
「へえ……ん? 最後の生配信?」
「これのあとにぱったり更新しなくなっちゃったらしいんですよ。その情報からくる違和感なのかどうなのかがわからなくなっちゃったのと、とんでもない終わりかたなのもあって成瀬さんにも早く観てほしくて」
 御宿は再生ボタンをタップする。シークバーを見るとギリギリ出勤時間に終わるか終わらないかの微妙なラインだ。
「結構長くない? ごはん食べていい?」
「もう! 緊張感ないなあ!」
「そう言われてもさあ、食べとかないと」
 ガサガサとコンビニの袋からサンドウィッチを取り出す。
「気になるところとかがあったらどんどん言って下さい」
「うん? うん」
 動画はこれからキャンプをするのであろう廃墟の前でのスタッフ陣との会話からスタートしているけれど、なにか違和感で、ん? と言ってしまった。
「やっぱり引っ掛かりますよね?」
「うん、なんか、こんな元気なかったっけ? か……」
 笠間さん、と言いそうになり慌ててやめる。動画主がいま自分がルームシェアをさせてもらっている家の主の笠間さんである事を御宿は知らない。
「か?」
「あ、いや。前に観たやつと比べると、めちゃくちゃテンション低いよね?」
「そうなんですよ。というか、キャラが違いません? 変えたのかなあ?」
「あと、この、喋ってる人、誰? 前と違うよね?」
 前に観た動画での姿は映らず声のみでやり取りしていたスタッフは会社の上司である佐和さんだったのに(御宿は気付いていないようだが)、どうも声が違う気がする。
「なんか、途中でスタッフが変わったか新しい人が入ったからしいので、その人ですかねえ?」
「うーん……なんか口調が感じ悪い? いや、前の人がふんわりした口調だからそう感じるだけかな」
「わたしはとにかく、動画主さんがしょんぼりしている感じなのが気になっちゃって」
「確かに」
 そのあとは廃墟内で生配信のコメントとやり取りをしながらごはんを食べたりして、前に観た動画とたいして変わらない印象だった、のだがそろそろ動画が終わりそう、というところで。
「え?」
「人が入ってくるんですよね」
 映像は廃墟内の部屋をだいぶひいた感じで撮られていて、画面に向かって左下の端っこに動画主――笠間さんが座っている。画面の真ん中あたりにテントがあって、右上の隅っこにドアらしきものがあるのだけど、そのドアらしきものから人が入ってきているのだ。
「いやいやいや、恐い恐い恐い! なんで? 人? なんで? スタッフ?」
「これ」
 御宿がそう言った直後、その人が一気に笠間さんに近付いて布の袋みたいなものを頭にかぶせている。
「もしかして事件の動画だったりしますかね?」
 布の袋みたいなものを頭にかぶせられた笠間さんは必死に抵抗しているのだろう、ジタバタしている。
「あ、このあと恐いかも」
「いやいまの時点でも十分恐いよ!?」
 気付くともう一人、いつの間にか部屋にいる。部屋を撮っているカメラに近付いてくるので姿がどんどん大きくなってくる。自ら顔を晒す気かよ、と思いながら観ていたら、お面だった。お面をしている。映像は簡素な能面みたいな表情のお面のどアップで終わった。
「え? え?」
「襲われてますよねこれ、確実に」
「いやいやいや……こういうのって『演出』とかって可能性は……?」
「それって要はヤラセって事ですか? それにしてはリアル過ぎません?」
「いやだってこんなん、観てる人いっぱいいたんでしょ? 事件だったら大問題じゃん。こんなニュース出てた? いつ頃の話?」
「えっと……最後の生配信……五年前? いや六年前か。六年前です」
「六年前」
 佐和さんから「五年前のとある事」と聞いたのが去年だったから、今年で言うと六年前になる。「とある事」ってもしかしてこれの事? 生配信中に襲われた事?
「ねえーどうしよう成瀬さん、これ、警察に通報したほうがいいやつですかねえ?」
「け、警察?」
「事件だったら大変じゃないですか」
 事件だったとしても笠間さんはいま現在生きている、のだ。だってルームシェアをしているから。というか生きている、よな?