保険医療のありがたみ〜褥瘡と機能回復の関係〜
あまり日本では話題になっていないものの、アメリカはニューヨークのマンハッタンで保険会社のceoが射殺されたことに関して、担当弁護士がその容疑者の逮捕に至るまでの過程に問題があったなどとして、そして本人が無罪を主張しています。
この件に関して、行為は良くないが気持ちはわかるという反響があるとのこと。
確かにアメリカの医療は保険会社が牛耳っていて、どうにもならない思いをするのは事実。
私が住んでいた15年前でもたまらんわ〜と思ったのですが、それ以上の状態になっているようです。
ちなみに、その頃ちょうど出産で妻が入院したのですが、通常分娩は48時間、帝王切開でも96時間で退院になります。
アメリカの保険制度がまだいいなと思うところは、出産費用もカバーしてくれるところです。(と言っても、今は出産の際に補助が出るので、自己負担は日本でもそれほどなくなっていますよね)
しかし、それでも入院費は諸々込めて400万円弱でした。
自費なら払えるわけもなく、ひたすら大学の保険に入れてくれたボスに感謝でした。
ちなみに請求書は後ほど保険会社から送られてくるので、一体いくらかかったのかその場ではわかりません。
というのも、上の事件でも問題になったように、保険会社が査定をした上で自己負担額を決めるからです。
だから、請求書が来てびっくりなんて日常茶飯事。
その時送られてきた請求書に、miscellaneousという項目があって、これなんじゃ?と聞いたら、色々な費用だと。
その額なんと3000ドルほど。
それは保険ではカバーされないと言われ、散々揉めたのですが、結局支払う羽目に。
そんなことは一度だけではなく、その度に保険会社に電話して手紙を書いて、結局払ってなどなど今思い出しても面倒臭いことばかりでした。
ちなみに新生児が退院するためにはベビーカー(もしくは安全に保持できるベビーシート)が必要で、それがないと認められません。
また、そのほかの書類審査などがあり、それが認められないと退院できません。
出産後隣のベッドだった方は、paper workが認められないからまだ退院できないんだと話していました。(どうやら家庭の事情で、本当に育てられるのかを審判されているようでした)
そうなった場合にはもちろん保険で認められない形での請求が来るのではないかと、すごくドキドキしたものです。
なお、医者も結構法外な請求をかけてくることがあって、長男が出生後のフォローで受診した時に、ちょっと耳垢が溜まっていたため、先生にとっていただきました。
その請求書にはsurgeryと。
その額100ドルでした。
耳かきだよ?
と、今思い出しても盛りだくさんの仰天エピソード。
アメリカの医療費は高いのです。
それだけでなく、出産後の入院期間に現れているように、いかに入院期間を短くするかというのがもう至上命題に近いものがあります。
そのためにリハビリテーションという分野が開発されてきた側面があります。
昔はちょっとした手術でも数日は寝ていたよな〜って感じでしたが、今は翌日からもう起きて動き出すことになっています。
上の記事でも紹介していますが、今脊髄損傷のリハビリ入院期間は37日!
日本では医療保険により、脊髄損傷後のリハビリテーションについては180日。
もちろん算定の上限なので、必ずしもそこまで入院しているわけではないのですが、200日を超えているという報告があると下記論文イントロに記載があります。
https://www.rehab.research.va.gov/jour/05/42/3suppl1/pdf/Post.pdf
世界で見ると、イスラエルやオランダも200日を超える期間が報告されています。(すみません、これもイントロのところに引用されているやつです)
https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.1080/10790268.2024.2325165?needAccess=true
上の方の論文では入院期間は機能的自立度の予測因子だと出ていますが、その中でおおよそ三分の一にあたる人々が入院期間は不必要に長かったと述べています。
一方のアメリカはというと、下記にあるように入院期間は短くなったことにより自宅以外(つまり施設ですね)に退院する割合が増えたとあります。
https://www.archives-pmr.org/article/S0003-9993(99)90258-7/pdf
再入院のリスクも高くなるようです。
果たして、最適な入院期間とはどのようなものなのでしょうか?
一つには上にあるオランダからの報告のように、機能的自立度がプラトーに達した時なのでしょう。
では、機能的自立度は同じような状態の人々は同じ程度になるのか?
変わるとすれば、どういった要因が挙げられるのか?
それを検討したのが、下の報告になります。
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2827566
急性期もしくはリハビリ期の褥瘡(床ずれ)のあるなしで、機能的予後は変わるか?
そして、受傷後10年間の生命予後に関連するか?
アメリカのデータベースからの報告になります。
結論から言うと、あるとなります。
同じような障害像を呈する人々でも、上記期間に褥瘡ができてしまうと、機能的なそして何より生命予後的な差が生まれるという、なかなか衝撃的な内容です。
jama(network openですが)に載るだけのインパクトはありますね。
しかし、個人的に気なるのは、supplemental online contentのefigure3とefigure6。
それぞれ障害重症度別に上下肢の筋力とfim(機能的自立度評価法)を初回評価時、リハビリテーション退院時と受傷後1年時で比べている図です。
これを見ると、退院時よりも一年後の方が筋力も機能的自立度も向上しています。
これをどう考えるか?
まだ改善の余地があるのに退院させる医療制度の問題ととらえるか、それとも自宅とかだから伸びた部分なのだとして、不必要な医療行為を行わなかった英断と捉えるか?
この判断はとても難しいのではないでしょうか?
病院環境は生活しやすくできていると思います。
そこでいくらリハビリテーションを行なっても、そのままのことが自宅環境でできるとは思えません。
学校で色々習ったのに、いざ社会に出てみたらそれだけでは対応できなかったなどということはいくらでもあると思います。
おそらく病院でしか伸びない能力、より厳しい環境でしか伸びない能力があるのでしょう。
おおよそ前者がプラトーに達した時(もしくは最低限自宅で生活できる能力を獲得した時)にちょうど退院できるといいのでしょう。
上のオランダの報告では多くの人が不必要に長い入院期間であったと述べていると書きましたが、それのタイミングがうまくあっていなかったことを示しているように思います。
では、そのタイミングとはいついかなる時なのでしょう?
それに関する報告は見当たりません。
結局個別性が高いということなのかもしれません。
先のオランダからの報告も、どっちがいいかについては判断できないと述べています。
ただ、そういうのを考えなくていい日本の保険医療制度はありがたいものだと言えるでしょう。
それでも、崩壊しかかっている皆保険制度をなんとか保つためには、そういったデータに基づいた治療戦略(入院期間予測もしくは判断を含めた)が必要になってくると思います。
そのためには早々の医療dxが必要です。(いい加減しつこいですね)
それにしても、みていて気になるのは、ベースライン時点で褥瘡群となし群では筋力、fimの点数が異なっており、褥瘡群の方がどちらも低いこと(table1)。
ベースラインとはデータベースに登録された時点、つまり急性期入院時点です。
そんな早く褥瘡ができているわけはないですし、受傷前から褥瘡があった人々は対象から除外されているので、どこかおかしいように思います。
まるで将来の褥瘡形成が入院時点で予期できるかのように見えます。
研究は重症度(完全麻痺か不全麻痺なのか)で層別化していますが、それでは筋力のばらつきが生じてしまっているのではないでしょうか?
本当に揃えるなら、重症度だけでなく麻痺のレベル(損傷高位)も揃えるべきではないのか?といった疑問が生じる報告でもありますね。