花の記憶8 邂逅編
「…雨…」
僕はずっと、硝子越しに濡れた世界を眺めていた。
情緒的で、衝動的な世界を。
「……幸……」
…もう少しで、愛しい人が帰って来る。
「早く、貴方と重なり合いたい…」
降り頻る雨にそっと…願う。
「………」
硝子に映る紅。
自分で付けたのに、記憶が無いなんて…馬鹿みたい。
如何やらこの世界は、「これ」が嫌いらしい。
皆、気味悪がった目で、僕を見る。
ーーーー『雨花…大丈夫…』
…でも幸は、幸だけは違う。
幸はこれを、「一生懸命生きている証」だと、言ってくれた。
「雨花にしか無い、御守りだよ。だから…大切にしよう」
そんな事も…言ってくれた。
………
幸は、優しい人。
こんな僕を、愛してくれる。
だから…だからずっと―――
「…!」
その時、扉の開く音がした。
玄関に行くと、彼が寒そうに身体を擦り乍ら靴を脱いでいる。
「はぁ…寒い…」
最近の彼は…
「御帰りなさい、幸」
「ただいまぁ!もぉ~雨花~〜外寒過ぎぃ~」
…なんて言って、子供みたい。
今だって…「こんなにも寒い休日くらい…雨花と温かい部屋で、いちゃいちゃしたいのにさー……はぁ…」って、不貞腐れる様に呟いている。
確かに、そろそろ凩が吹き荒れる時期が終わり、より一層寒さが厳しくなる。
「俺の出番だ!」と、言わん許りに冬将軍が躍り出る。
僕はこの季節が好き。
だって貴方と、熱を共有出来るから。
でも彼はこの季節が苦手。
だって貴方は…太陽みたいな人だから。
僕にとって貴方は、真夏の記録的猛暑日。
貴方は茹だる様な愛情を、僕に注ぐ。
貴方は茹だる様な熱で、僕を溶かす。
重なり合い、繋がり合って…
まるで、歪な生物みたいに、一つになる。
…僕は貴方と、繋がっている瞬間が、とても…悦楽的。
「…!」
そんな事を思っていたら、彼が甘える様に僕を強く抱き締めた。
「はぁ〜…温か〜い…」なんて言い乍ら。
「…?」
ふと、彼の服から何か匂いがした。
(……煙草…?)
「…!!」
『雨花…』
…?
『ずっと、一緒にいたい…』
傷…
『御前を…手放したく無い…』
蓮の花…
僕だけの、人…
僕だけの…蓮の花―――
「…!?」
突然、眩暈で立てなくなって仕舞った。
殴られたかの様な酷い頭痛。
兎に角、身体の震えが止まらない。
そんな僕を、幸が驚愕の表情で受け止めた。
「…!雨花?!」
「………」
(今の…)
「だ、大丈夫?」
「………」
「えぇっ…??やばっ…もしかしてまた熱?……いや、違うっぽいな…何だろ…?」
「………」
「……蓮…」
僕は立ち上がり、幸を見下ろす。
「えっ?今何て…」
「…幸」
「?」
「外に…出たい…」
「……はい??」
「行かなきゃ…消えて仕舞う…」
「えっ?!ま、待って、待ってよ!」
靴を履いた僕を、幸が制止する。
「そ…!そんな格好じゃ風邪引くし!それに…独りで行くなんて…危ないって!!」
だが、そう彼が言い終わる前に、僕は寒雨の中を、歩き出した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?