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花の記憶6 邂逅編



雨花が不思議な夢を見てから、1週間が経った。
熱も下がり、ちゃんと食事も摂れる様になって、
今じゃすっかり元通りだ。

「………」
丁寧に洗濯物を畳む、彼。
華奢な後ろ姿。

…あれ以来、謎の男性に関する発言はめっきり聞かなくなった。
通勤途中、傘を差す人を見ても、紅い傘の男は見当たらない。

でも、俺自身…あの夢が、只の夢とは思え無い。
あれだけ雨花が取り乱したんだ…何か意味がある筈…


『会いたい…』


「………」
(もし、雨花の言う通りだったら…)
そう考えると、無意識に複雑な気持ちになる。

「幸…」
「………」
「幸?」
「…!」
気が付いたら、雨花が傍に寄って俺の服を引っ張っていた。
…綺麗な胡桃色の瞳。
またあの時みたいに…吸い込まれそうだ…
「ねぇ…」
上目遣いで見ている。
何か…猫みたい…
「………」
(か…可愛い…!…成る程…これが天使か…)
「………」
………
…いや、今はこんな事考えてる場合じゃ無いって。

「あー…嗚呼、御免御免。如何した?」
巧く誤魔化すと彼は、白いシャツを差し出した。
俺が仕事で何時も着ている奴だ。
「あっ…」
良く見ると、右袖口の釦が解れている。
(前に自力で直した所だ…やっぱ俺の裁縫力じゃ駄目か…)
「裁縫道具…ある?」
「まぁ、一応…」
引き出しにしまってあった裁縫道具を渡すと雨花は早速、
作業に取り掛かった。

「………」
紙に文字を書くが如く、手慣れた手付きで針に糸を通し、
玉を結んで縫って行く。
4つ穴、一つ一つ、丁寧に。
その手付きが、見た事無いくらい綺麗で…
つい、見惚れて仕舞った。
(綺麗…)
糸を切り、出来栄えを確認すると、その儘無言で俺に
渡した。
「おぉ…すげー…上手い…」
「雨花、凄いじゃん!」
「………」
けど、雨花は全然笑ってくれない。
寧ろ否定している様な…そんな表情で、後片付けを
し始めた。
(…まだ、笑顔が分かんないかな…)
(褒められてるのが良く分かんないのかな…)
(それとも…褒められるのが苦手…?)
色々と考えたけど、俺には分かんないな。

けど…何時か見たいなー…雨花の笑顔…

………

もし…もしも彼が、笑ったなら…どんな笑顔を浮かべるんだろう…

幼い子供みたいな、無邪気な笑顔なんだろうか?

それとも…真夏に咲く、向日葵みたいな色鮮やかな
笑顔かもしれない。

…でもやっぱり、名前の通り、紫陽花の様な…
美しい笑顔なのかも。

また色々と考えたけど…本当の彼は、一体どれなんだろう…?


「…!」
いきなり彼が胡座を掻いた俺の前に、畳んだ洗濯物を置いた。
「自分の物は、自分で片付けて」って言ってるみたいに。
「えっ、嗚呼…有り難…」
けど、言い終わる前に彼は楚々草と洗濯物を片付け、
他の家事をしに行ってしまった。

「………」
(…意外と…あれが本当の彼なのかも…)

俺は思わず、口元が緩んだ。



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