主役になれる日

人生で、主役になれる日なんてほとんどない。そしてその僅かな主役になれる日が、式なのだと思う。結婚式、葬式、入学式、卒業式。クオリティーや価値に関係なく、結婚したり死んだり、入学したり卒業すればある程度の人数が集まってくれて、舞台が用意され、競争することなく主役として過ごすことができる。

高校に入って、高1、高2、高3と三回卒業式を経験する。間違いなく最初の二回は盛り立てる脇役であり、最後が主役である。しかし当時相当にイタかった僕は、高1として参加した卒業式で主役になろうと企んでいた。その唯一の機会は、スピーチである。一貫校であった僕の学校では、中3、高1、高2の学年から一人ずつ選ばれた生徒が、3年生に向けてお祝いの言葉を送ることが慣例になっていた。

2か月前に実習報告会で趣旨と関係ない自らの恋愛話を繰り広げ「人前で緊張しないやつ」というイメージ付けに成功した僕は、見事高1の代表に選ばれることになった。第一関門突破である。舞台は用意されている。後はそこでどう目立って主役に躍り出るかだ。

卒業式の2週間前くらいに、それぞれの学年代表が集まって打ち合わせをした。高2の丸眼鏡しか特徴がないがトークの面白いことに定評があった先輩が、中3の明るくて優等生な女子に「どんな感じでお祝いする?」と聞く。すると「マジックみたいなさ!みんながアッと驚くけどハッピーになれて感動するのがいいんじゃないかな?手からバッてお花出してさ」と言われた。

0.5秒くらい僕と先輩は中3女子の健気さに見惚れた。そして我に返って「そのプランでは自分が主役になれない」と気付いて必死に却下した。結果的にそれぞれスピーチするという方向でまとめ、話す順番を決めることになった。何としても主役になりたい僕は、丸眼鏡先輩に2番手を押し付け、ラストをもらおうとしていたが、結果的にどうなったかは覚えていない。ただ舞台は整った。

当時の僕はかなりイタかったので、内容をほとんど考えずに式が始まってから雰囲気を見て話題をチョイスしようと考え、ほとんど準備をしなかった。

迎えた卒業式当日。アイロンをかけた白シャツか、しわのついたオシャレ白シャツ、どちらを着ていくか悩み母に相談する。「あえてしわつきの方がやんちゃでカッコイイ」とそそのかされて、しわしわのシャツを着た。

しかし学校に到着するなり、同級生たちから「そのシャツはさすがにしわくちゃすぎる」と言われた。改めて見てみると確かにしわくちゃすぎた。母とは言え異性からの「カッコイイ」の言葉に、判断能力を奪われてしまっていたようだ。

友達の「校舎の一番奥にある物置にアイロンがあった気がする」という神ひらめきを信じて、3人くらいで全力疾走して探しに行ったが見つけられなかった。そうこうしているうちに開始時間となった。

朝食直後にダッシュをしたせいか、めちゃくちゃお腹が痛くなった。今でこそ性格だけではなくてそっちも痛いんかいとダジャレが浮かぶが、その時はめちゃくちゃ焦った。冷や汗がとまらなかった。気付いたらスピーチの時間になっていた。

式の雰囲気などわからない。シャツのしわを指摘された瞬間から記憶が飛んでいる。必死に考えて「シャツがしわしわですいません」みたいな話をして、そのノープランさが意外とウケた。相変わらずの人前スピーチ趣旨ズレ男である。これで主役になれた、はずだった。丸眼鏡先輩がいなければ。

先輩は、いきなりエピソードトークを始めた。美容室に行き、卒業生とバッタリ会った話をしていた。話題の地味さとは裏腹に、信じられないくらいウケていた。完璧に練られた構成、早口にならない余裕、笑いどころが分かりやすい喋り方。僕の完敗だった。

結局その式の主役は「この式が終わったらみんなとお別れなのが寂しいから、俺が喋り続ければ終わらないはずだ」と言い号泣し、山本太郎もびっくりな尺で卒業抵抗牛歩をした卒業生に取られた。しかしそのシーンがなかったとしても、僕は主役になれなかった。

他人の卒業式で目立った罰が当たったのか、1年後行われた丸眼鏡先輩の卒業式での、彼のトークはあまり印象に残っていない。その後高校の先生の結婚式でもスピーチをして、そこで目立とうとした僕にも罰が当たったのか、その1年後に行われた自分の卒業式では、大して目立つことができなかった。

自らの卒業式という絶好のチャンスを逃した僕に、あと何回主役になれる日は来るだろうか。やはり何らかの式を挙げるしかないのかもしれない。そこで今度こそ主役になるんだ。その式に、丸眼鏡先輩は来るのだろうか。他人の式で主役になれる才能は、まだ彼に残っているだろうか。

もしくは、彼の式に乗り込んで趣旨ズレのスピーチをして、主役の座を奪うのもいい。僕は就職して、職場で主役とは程遠い立ち位置で過ごしているので、そろそろ目立ちたい。あくまで自分が主役になるために、遠い地で過ごす彼の幸せを願う。

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