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赤ちゃんと一緒に世界をつくる〜BEBERICA 弓井茉那〜

京都の今を生きるU35世代の価値観を集めたメディアです。
「京都市基本計画(2021-2025)」を出発点に、
これからの京都、これからの社会を考えます。

今回お話を伺うのは、赤ちゃんと大人が一緒に体験できる演劇であるベイビーシアター専門のシアターカンパニー『BEBERICA』で代表を務める弓井茉那さん。

弓井さんが大切にされている価値観「#赤ちゃんは最高の共演者」「#新しく世界と出会い直す体験」「#劇場から社会へ」について、お話しいただきました。

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赤ちゃんという魅力的な存在

───早速ですが、普段の活動内容について教えてください。

ベイビーシアターを専門とする劇団BEBERICAの代表をしています。ベイビーシアターとは、赤ちゃんと大人が一緒に体験する演劇のこと。BEBERICAでは演出、舞台俳優をしながら、ベイビーシアターの上演や保育園でのワークショップをしています。

また、ベイビーシアターの普及啓発活動として、関心のある方向けの勉強会や、アジアでベイビーシアターを行う方へのネットワークを作るミーティングの主催、オンラインサロンの運営もしています。

ベイビーシアターの観客の赤ちゃんは誰よりも自由に動き、みんなその赤ちゃんに注目します。そんな魅力的な存在が社会にたくさんいるのに、多くの人は気づいていない。そんな存在の赤ちゃんと一緒に、劇場で即興的に演劇をする。このことから私は赤ちゃんを、「最高の共演者」と呼んでいます。


───赤ちゃんの反応で演劇が即興的に変わっていくという感じなんですね。

そうですね。10のうち5は即興、5は決まっていること、という感じです。その場の赤ちゃんの反応を俳優が受け取って発展させて返す、そうするとまた赤ちゃんから反応が返ってくる。こういったコミュニケーションのようなやりとりで即興部分が出来上がっています。

───従来の大人が観客席に座って静かに見ている演劇とは、全く異なる演劇の形ですね。

ベイビーシアターの魅力を主に大人にどのように伝えていくかは私たちも模索しています。赤ちゃんと一緒に作っていく体験型の演劇なので、こういうふうに観なければならない、ひいては日常はこうあるべきだ、という考えを脱いでもらえるような作品を目指しています。

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赤ちゃんの反応から気付かされる世界の美しさや豊かさ

───活動の好きなところや魅力はどういったところでしょうか?

一番楽しい時は公演の最中ですね。赤ちゃんがとても良い顔をしてくれるからです。先ほどお渡ししたパンフレット*の表紙の写真にもあるのは、水を透明なボウルからボウルへ移し替えているだけの場面。ですが、その時の「じょぼじょぼ」という音や、わずかにあがる水しぶき、きらきらした水面を赤ちゃんは楽しそうに感じ取るんです。大人にとっては何でもないただの水でもこんな表情をするのか、と驚かされるとともに、なんて美しくて豊かなものに囲まれて自分は生きているんだろうということに気付かされ、世界と出会い直す体験に毎回感動します。それが凄い喜びですね。

どれだけ大変な準備も、その瞬間を体験できればやっていてよかったな、と全てが帳消しになります。その瞬間にたくさんの人に立ち会ってほしいし、自分の子育てに行き詰まりを感じている人にこそ来てほしいと思います。

*BEBERICA紹介用の資料の表紙の写真です。

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新たな人たちとの創作による相乗効果

───一緒に活動している人はどんな人たちですか?

俳優や音楽家、ダンサーの方などと活動しています。今も一緒に活動している人たちは、赤ちゃんの反応を面白いと感じ、赤ちゃんと演劇を作っていくことに喜びを見出している人たちです。
最近では、新しく保育士の方たちとの創作も行なっています。

───保育士さんが俳優をされるということですか?

そうですね。現在集まってくれているのは元々演劇を経験していた保育士の方たちですが、今後取り組みたいと思っているのは全国にいる潜在的な保育士の方、つまり保育士資格を持っていながら、何らかの理由や選択で保育士として就業されていない方との創作です。

保育の仕事に就く方は、元々ピアノや他の楽器を演奏しているなど、文化や芸術に関心をお持ちの方が多いです。ところが、お子さんを持ち、保育の仕事から距離を取る方も少なくありません。

保育の現場から離れた方たちに、自身のスキルや関心を活かしていただく活動の選択肢に入れて欲しいですし、そのような方たちだからこそ築くことのできる赤ちゃんとの関係性があるのではないか、と考えています。
元々赤ちゃんとの関わりが大きい方たちと活動することで、どんな相乗効果が生まれるのかな、と期待しています。

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ゴールを決めないことの大切さや面白さ


───京都を拠点とする魅力を教えてください。

自然が近くにありながらも、文化が発展しているところが魅力です。消費社会の中での発展とは少し違い、京都の発展の仕方は独特のように思います。

「THEATRE E9 KYOTO」のような民間の面白い施設がいくつもあり、京都芸術センターのような文化的な公共施設も充実しています。文化芸術の創作環境がとても良く、恵まれているのが京都の魅力。このバランスで成り立っている都市はあまりない気がしますね。


───U35の同世代に期待することはどのようなことですか?

先日、目的を持たないことの重要さ、という面白い話を聞きました。どんなことでも人と何かをする時にはゴールがあると思います。ですが、そのゴールを手放した時にイノベーションが起きる、という話です。

それは自分がベイビーシアターを通じてやっていることと非常に近く、それを社会にも広げていくことができないかと思っています。今後社会の中枢を担っていくU35世代がどういう未来を作っていくのか。進むべきゴールは今誰も示せません。ゴールがなくても、起こったことを拾い、膨らませていくことで社会はさらに面白くなっていくのではないでしょうか。そういう関係性をU35の世代に期待しています。

私が出来ることは赤ちゃんと一緒に揺さぶりをかけること。多くの人は赤ちゃんに意見を聞こうとは思わないですよね。実際は赤ちゃんから学べることがたくさんあって、私たちが当たり前と思っているものの中にも、美しいものや気付かされることがあると知ってもらいたいです。

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劇場で作った世界を社会全体へ広げていく

───最後に、これから挑戦していきたいことを教えてください。

ベイビーシアターキットという、ベイビーシアターをお家で体験してもらえるキットを開発中です。それを通じて、赤ちゃんがいるから出来ない、ではなく、赤ちゃんがいるからこの世界を楽しめる、ということをお家の中で実感できる仕掛けを考えています。

───完成したらどんな風になってほしいですか?

「赤ちゃんがいることで人生が豊かになる」「目に映るものが全然違って見える」「生きていることが楽しい」と感じて欲しいですね。キットを通じて、赤ちゃんとのコミュニケーションを育む時間を、他のどの時間よりも幸せな時間にできたらという願いもあります。

───お家で体験してもらって、さらに本格的に体験してもらうために劇場に足を運んでもらう、という風に作用していくと面白いですね。

そうですね。劇場というのは複数人集まる社会の縮図なので、家庭で育まれた関係を劇場という社会にインストールする、そこでまた素晴らしい社会が作られるという瞬間を何度も目にしてきました。

例えば、お母さんが自分の子供でない赤ちゃんとすごくナチュラルに演劇に則った形で遊んでいるんです。演劇をしたことのない普通のお母さんがですよ。他にも、普段子供と関わる機会がなく、一人で来られた方が自分の子供でない赤ちゃんとアイコンタクトで特別な関係を築いていたり……。まさに社会が立ち現れているんです。
そこで立ち現れている社会は優しく、本当の意味での多様性に溢れています。現実の社会も、人そのものを受け入れる世界であって欲しいと思って作品や場を作っています。

劇場は社会の縮図ですから、劇場でできることは社会全体へアップデートできると信じています。だからこそ、いつの時代も人間は演劇をするんだと思います。

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インタビューを終えて

とてもお話上手な方で、お話に惹き込まれているうちにあっという間に時間が過ぎていきました。楽しくお話をしながら、新たな価値観と出会うことの出来た、素敵な時間でした。

赤ちゃんの頃は誰もが持っていたはずの瑞々しい感受性を、私たちはいつの間にか忘れてしまっていて、世界に存在している多くのものを当たり前のものだと見過ごしてしまっています。
赤ちゃんとともに作っていくベイビーシアターで、そうした感受性と再び出会い直すことによって、人生が豊かになり、それが優しい世界を創っていくことに繋がるのだと、お話から学びました。

今回集まった、新しい価値観は3つでした。

「#赤ちゃんは最高の共演者」
「#新しく世界と出会い直す体験」
「#劇場から社会へ」

※本記事は、京都市の委託に基づくものです。

プロフィール

弓井 茉那(ゆみい・まな)
ベイビーシアター プロデューサー/演出家/俳優

国内外で10年以上、舞台女優として活動し、2016年、0-2歳の赤ちゃんと大人のための舞台芸術「ベイビーシアター」の制作を行う、劇団・BEBERICA theatre companyを設立する。 世田谷パブリックシアター、金沢21世紀美術館など、 全国の劇場や美術館からの委託で上演やワークショップを行なったり、オンラインサロンやアジアの実践家たちのネットワーキングイベントを主催する。 大人が赤ちゃんの見る世界の豊かさに気づき、 赤ちゃんと大人が一緒に社会をつくる、そんな考えが当たり前になる世界を目指している。

<HPリンク>
BEBERICA  theatre company
https://www.beberica.com

取材・文:橋本穂実(立命館大学映像学部)
編集:小黒恵太朗

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