自主制作アニメ「こうしす!」第3話Part4における作画的見所紹介

はじめに

先日、自主制作アニメ「こうしす!」最終回最終パートが公開されました。私はこの作品に撮影担当として関わっており、この作品のほぼ全カットの作画素材を1枚ずつ注視することになる、恐らく唯一のポジションにいます。 そのため、この作品の制作に費やされた労力量をある程度実感しています。その実感を元に言わせていただくと、他の多くのアニメ作品と同様、ということになると思いますが、この作品も多くの人の多くの労力が費やされて作られています。ですから、視聴者の方々には作品のミクロな部分からマクロな構造に至るまでの様々な価値を受容していただきたいです。本稿ではその一助となることを願いつつ、個人的なお気に入り作画について、一部ながら述べることにします。

お気に入りカット紹介

S11C21a 作画:夏野未来, S11C21b 作画:リンゲリエ

S11C21a, S11C21b 絵コンテ
S11C21a 作画:夏野未来(PowerShellウィンドウを除く)
S11C21b 作画:リンゲリエ
S11C21b 参考図

両カットともBADUSBマンがワルワルに表現されているという点では同じですが、細部の印象には違いがあります。絵の全体的な特徴に注目するとC21aは手描きっぽさが強く、他方C21bは手描きっぽさが比較的弱いです。そしてワルさの印象に注目すると、C21aではリアルなワルさが、他方C21bでは幾分戯画化されたワルさがあります。この対応関係に少し不思議さが無いでしょうか? 一般的な傾向としては、強い手描きっぽさには戯画化されたワルさが伴い、弱い手描きっぽさにはリアルなワルさが伴うものでしょう。しかしこれらの2カットでは対応が入れ替わっており、ここに2カットのそれぞれの絵の特徴が現れているように思います。

この他にC21bで注目してもらいたいのが糸のハイライトです。C21bでは糸本体は黒で描かれていますが、それだけだと目立たず、糸本体にハイライトが付くことで十分な視認性が得られています。そのハイライトは、参考図を見ると分かる通り、糸本体に平行に隣接した途切れ途切れの白線がハイライトの表現になっています。この糸とハイライトだけを取り出してじっくり眺めても糸とハイライトには見えず2つの線にしか見えません。しかし、フレーム全体を意識しつつある程度離れて見ると確かに糸とハイライトに見えます。この事例から推測するに、一般のアニメの表現においても、上手く対象周辺の文脈を作ることで表現したい対象を簡略化しつつも明瞭に表現する手法は広く有効かもしれません。

S11C32 作画:すだじい

S11C32 絵コンテ
S11C32 作画:すだじい

敬川さんが地団駄を踏み座り込むカットです。

ここは動きの少ない長めのカットなので単調さを防ぐ工夫が必要になります。工夫の選択肢としては体勢を少し変えるなどいくつか考えられますが、ここではセリフに伴う動きに強と弱の2パターンがあることで単調さが無くなっています。セリフの動きの強弱にはキャラの感情の強弱が伴っており、また通常アニメを見るときはキャラの感情に注意を向けているため、他の考えられる工夫の選択肢よりも印象の変化が大きく、単調さを無くす効果が高いように思われます。作画において真に重要なのはキャラの内面描写であり、動きは内面描写の単なる手段でしかないのではないか…などと考えさせられたカットです。

座り込みの動作も、少し難しめの動きだと思うのですが違和感なく描かれています。

本当はこのカットの地団駄の動きには地面から跳ね上がる小さな破片の動きも描かれていたのですが、背景が黒っぽいため同化して見えなくなってしまいました。撮影で破片を白にしても違和感無かったかも…(遅い)。

S11C19 作画:すだじい

S11C19 絵コンテ
S11C19 作画:すだじい

USBメモリ入りの袋を出す、長い付けPAN(この用語については意味の混乱があるようですが、ここではセルをカメラに対して固定してBGを引く目盛りPAN)のカットです。普通に見ていると「ちょっと凝ってるな」くらいの感覚で流してしまうかもしれません。しかし実のところはちょっとどころではなく結構凝ってます。

手の甲の上部に注目すると、手の甲を少し上から見下ろす角度から徐々に平行に見る角度に変わっています。そして親指と人差し指の間の隙間に注目すると、視点が腕と平行になる方向に徐々に移動していることが分かります。これらの動きを総合すると、ポケットからUSBメモリ入りの袋を取り出した左手を前に突き出す動きになっているのです。これをBGの引きと合わせて見るとセルによる動きの表現が目立たなくなってしまいますが、腕の動きの表現においてセルが独自の役割を担っていることは作画的に要注目ポイントです。

S11C79B 作画:高嶋るみあ

S11C79B 絵コンテ
S11C79B 作画:高嶋るみあ

結菜さんがそれまでの敬川を追っていた勢いを維持しつつ、その勢いをBAKED MOCHOCHOと黄そばに向けてもぐもぐするカットです。

勢いよくBAKED MOCHOCHOに食らいつき、黄そばの受け止めで少し慌て、ズルズル食べてる時は恐らく落ち着いているという具合に素早い感情変化による慌ただしさがあります。この慌ただしさが、視聴者の注意を食べ物類に引き付け、その後敬川に気付いて慌てる結菜さんの内面を追体験させる効果が感じられました。

S13C12, S13C14 作画:高嶋るみあ

S13C12 絵コンテ
S13C12 作画:高嶋るみあ
S13C14 絵コンテ
S13C14 作画:高嶋るみあ

絵コンテの解釈が上手いと感じた2カットです。絵コンテを見るとC12では芽衣さんの近くにハテナがあり、C14ではそのハテナが消えているだけです。それが作画では、C12で「しーさーと」に疑問を持ち、C13での説明で理解したことで、C14では嬉しそうな表情に変わっています。この絵コンテの解釈によって作画において新しい情報が付加され、芽衣さんのキャラクター表現がより深まったように思われました。

S13C15 作画:金白彩佳

S13C15 絵コンテ
S13C15 作画:金白彩佳

ちょっと照れたり躊躇ったりもじもじしたりしてからニコニコでありがとうございます言うのめちゃかわいくないですか?

S13C16 作画:金白彩佳

S13C16 絵コンテ
S13C16 作画:金白彩佳

前カットのアカネさんに対してちょっとびっくりしてからぱああって喜ぶのめちゃ尊くないですか? 途中髪がふわってなるの好き。

S11C83, S11C85 作画:旗塚

S11C83 絵コンテ
S11C83 作画:旗塚
S11C85 絵コンテ
S11C85 作画:旗塚

「こうしす!」第3話制作期間の大部分の間、私は篠山さんに対して比較的重要度の低い脇役というという認識でいたんですよ。出番が多いわけではないし、part2での篠山さんからの電話へのアカネさんの反応も、大学時代に篠山さん関係の面倒事に巻き込まれたことがあるかのような反応でした。しかし、しかし、こうした個人的定説を突き崩す要素が、ここで取り上げる2カットの付近の篠山さんの作画です。表情も動きも非常に良くて、恐らくタメツメに依るところが大きいと思いますが、動きに感情が乗っているような印象がありました。これらの2カットによって私の中の篠山さん像に快活な印象が付加され、今では篠山さんは好きなキャラの一人になっています。篠山さん好き。

おわりに(注意: ちょっと長いよ!)

ここで取り上げたカットは全て私のお気に入りカットです。そして換言すると、私のお気に入りカットでしかないものです。作オタ、演出オタ、萌えオタなど、見る人の趣味(taste)や属性によって作画の良さの認識も様々でしょう。もし「お前このカットの凄さを見落とすとかニワカか?」という方がおられれば、是非自サイトや各種SNSなどでその凄さに言及してもらえないでしょうか? というのは、多くの視聴者からの注目や評価なしに、制作参加者の充実感を伴った活動も、自主制作アニメ界隈の大幅な発展もありえないと考えるためです。

自主制作アニメは市場経済システムからの独立性を大きな特徴としており、表現の自由度が高い反面、制作者人口や制作リソースなどに弱みがあります。その分、制作参加者に提供していただいた技能や労力は貴重なものです。当然これには大きな価値がありますから、相応の大きな価値によって報いられねばなりません。その際、制作参加者に移転される価値はどのような形態を取るべきでしょうか? 真っ先に思いつくであろう金銭という形では、不十分です。「こうしす!」の制作参加者には有償参加者もいますが、さほど多くの謝礼を出せているわけではなく、労働市場に存在する他の選択肢(サラリーマンとしての労働など)と比較すると、経済活動としての非合理性は明らかです。この問いに対しては、様々な創作界隈の慣習・文化の観察や私自身の経験を元に答えるなら、多数の作品受容者からの注目や評価が最有力の候補であると答えられます。

受容者からの注目や評価こそ、純粋な経済活動における交換価値=貨幣では代替しえない、趣味(hobby)による創作活動に内在する固有の価値の最右翼と言えるものです。制作参加者の為し遂げたことに対し、多くの注目や評価が――更に吟味も伴えば尚良いでしょうが――与えられれば、「こうしす!」制作参加者の精神的充実はもちろんのこと、更に一般的な(或いは般的な?)制作者側から見た自主制作アニメという活動領域の魅力の向上や、自主制作アニメ界隈の更なる発展にも繋がるはずです。長くなりましたが、三行でまとめると下記のようになります。

感想
くだ
さい。

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