手榴弾と銃剣

中国の慣用表現?

「手榴弾と銃剣」。
この言葉は、中共の文献を読んでいると散見される。
例えば、以下のような使用例がある。

(前略)事前に配置したわが軍の主力は、すさまじい勢いで、正面から敵陣に突入した。
手榴弾と銃剣で、敵軍と白兵戦を演じたため、敵は優勢な火力を使用することが出来なかった。わが軍の奮戦によって、敵の陣形はさんざんに乱れ、あちこちでひっくり返った車両が道をふさいだ。

                            朝鮮戦争での米軍との戦闘について  彭徳懐『彭徳懐自述』サイマル出版会、347-348

堡塁、○○及家屋等を占領する最も主要なる武力は歩兵にして、其の最主要なる火器は短兵火器(手榴弾と銃剣)に依るものとす(後略)
我々は今日の物質条件下に於て砲兵と軽機関銃の火力を重視するは誤りなり。

                    百団大戦における中共軍の戦闘記録(日本軍が鹵獲)
                           ○○は引用者が判読できなかった漢字   飯沼部隊「他山の石」『偕行社記事』偕行社、昭和16年、第803号、101ページ

「われわれは手榴弾と銃剣で敵を消滅し、一人も逃がしてはいけない。(後略)」

                    平型関の戦闘にて、中共軍中隊長による兵士への訓示                             八路軍総政治部宣伝部編「抗日戦争時期の八路軍と新四軍」
日中戦争史研究会『日中戦争史資料 八路軍・新四軍』龍渓書舎、11ページ


このほかに、映画「百団大戦」(2015年)にも同じ表現が使われている。
岡崎大隊との戦闘にて、地下トンネルで敵に接近したのち「手榴弾と銃剣」で戦う作戦を劉伯承が提案している(92分ごろ)。

おそらく、中国では、「手榴弾と銃剣」は慣用表現になっているのだろう。
そして、中共軍の近接戦闘は文字通り「手榴弾と銃剣」で戦われたものと思われる。

手榴弾 VS 銃剣


ここで、注目したいのは単語の順番である。
手榴弾が先に来ており、銃剣がそれに続く。

おそらく、手榴弾のほうが頻繁に使用されていたのではないだろうか。
そして、銃剣は「次点」であったものと思われる。

日中両軍の史料を読んでいても、手榴弾戦闘の記述は頻出するのに対し、銃剣の記述は少ないという印象がある。

このように銃剣が「次点」となった理由の1つとして、銃剣が不足していたことが考えられる。

これに加え、以下の理由が考えられる。
・手榴弾が銃剣よりも強力な兵器であった可能性
・敵に相当接近しないと使用できない銃剣より、
 若干の距離があっても使用できる手榴弾のほうが心理的に使用しやすい
・手榴弾戦で戦闘の勝敗をつけてから突撃し、
 「残敵の掃討」といったレベルでのみ銃剣を使用していた可能性

銃剣の不足


手榴弾は根拠地で生産できたが、銃剣は生産が困難であったようである。

手榴弾が根拠地で大量に生産されていたことは、各種資料から明らかである。

これに対し、銃剣の生産を示すような史料は、十分に見つけることが出来なかった。
中文でWEB検索すると、「銃剣の製造には高度な技術が必要だったため、根拠地では十分に生産できなった」という趣旨の記述が散見される。

そして、銃剣は消耗品であり、戦闘で折れたりするようである。
このため、小銃と銃剣を鹵獲しても、銃剣は戦闘で消耗してしまい、小銃のみが残るパターンもあったのではないだろうか。


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