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フリーライターはビジネス書を読まない(54)

顧問弁護士がいうことには

自宅に戻ってすぐ織田に電話をかけ、北原裕美が入院していることと、病院で妹の早紀子から聞いた話を伝えた。
北原が“白血病”を自称していることは、あまりにもアホらしいから黙っていた。

電話の向こうで、織田が大きくため息をついた。
「弊社の顧問弁護士と相談してみます」
下手をすると、北原に違約金が課せられるかもしれないと思った。契約書の中にも、どちらかに虚偽の申告や不法行為があって契約を履行することができなくなったときは、協議のうえ違約金が発生することが謳われている。
私だって、今後の付き合いを切られるかもしれない。

それと、原稿料はどうやって回収しよう? 北原とは口約束で原稿まで書いたけれど、契約書を交わしていない。
いざとなったらインタビュー音声と原稿で、契約の存在を主張できるかな。

携帯電話が鳴った。
北原からだ。
「さっきは、すみませんでした」といい、病室へ戻ったきり休んでしまったことを詫びてきた。
私が「それより、出版社との契約……」といいかけたのを遮って、
「私、白血病なおりました」という。
(もとから白血病と違うし)

正面から議論するのもアホらしくなっていたので、
「あ、そう、よかったですね」と受け流し、すべての事情を早紀子から聞いたことを伝えた。そして出版社との契約が、法的な問題に発展しかねないことも。

ところが北原は、事情を知られてしまったことで開き直ったのか、
「早紀子から聞いたんですよね。私、自己破産して免責受けてるんですよ」と言い放った。
やっぱり分かっていないのだ。あらたな借金は免責の対象にならない。そのことを説明すると、黙り込んでしまった。ほかにも、けっこうな額の借金をつくっているんだろうなと想像できた。
「ひとまず今は、出版社からの連絡待ちです。また連絡します」
北原は初めて、自分が置かれている状況を悟ったのかもしれない。とうとう一言も発しなかった。

結論からいうと、出版社側の対応は「甘すぎるのでは?」と思えるような温情判決だった。織田がいうには、
「契約書は交わしたけど、弊社はまだ仕事をしてない。すなわち料金も経費も発生していないので、北原さんとの契約を無効にします」
ということで、契約が初めからなかったことになった。

そして、なんと私の救済策まで考えてくれていた。
「弊社が立会人になって、原稿料の支払い方法を北原さんと協議しましょう」という。これは顧問弁護士のアドバイスらしい。
「北原さんは、どうせ原稿料を払うだけの貯えもないでしょう。北原さんには月1万円ずつ、平藤さんに支払ってもらうということでいかがでしょう?」
拒否する理由はなかった。もっとも、全額回収し終えるまで2年以上かかるが、踏み倒されるよりはマシだと考えることにした。

協議といっても、支払いの条件を北原に確認してもらい、覚書に署名捺印してもらうだけだ。
織田はなんと、北原と交わす覚書まで用意してくれたという。

北原にそのことを伝えると、あっさり承知した。少しはゴネるかと思っていたのだが……。
協議の場は、JR八尾駅前にあるカフェだ。北原の自宅から近いほうが、彼女が来やすいだろうという織田の配慮だった。

私と織田は駅で合流して店に入った。北原はまだ来ていないようだ。
ホットコーヒーを注文して北原を待つ。
「わざわざ立ち会いまで、すみません」
あらためて詫びる。もとはといえば、私が出版社に持ち込んだために迷惑をかけているのだ。
「今回の件は、平藤さんも被害者ですよ。妹さんに会わなかったら、きっともっと大きな被害になってたはずです」
そういってもらうと少し気が楽になる。

店の扉が開いた。北原だ。以前のスーツとは違って、ヨレヨレにくたびれたグレーのスウェット上下、手に携帯電話をもっている。いくら自宅から徒歩で来られるといっても、織田に対して失礼だ。

だが織田は気にする様子はなく、
「入院されていたと聞きましたので、手短かに終わらせますね」
と、極めて事務的に話し始めた。

(つづく)

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