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フリーライターはビジネス書を読まない(58)

京都に住みたい

「初恋の人に会いに来たんです」
と、柳本がいった。

咄嗟に私の頭に浮かんだのは、旦那さんが知っているのかなということ。
「夫には話してあります」
私の心が読まれているのかと思った。

「ところで、初恋の人って、京都の人なんですか」
「その人も青森の出身で、同じ小学校の1学年上です。今は京大の院生です」
だから待ち合わせが出町柳だったのか。

柳本の話によると、たまたま思い出してネットで検索してみたら、初恋の人のブログをみつけて、京都にいることを知ったという。
「急に懐かしくなって、会いたいと思ってメールを出したんですよ。覚えてますかって」
そうしたら覚えてくれていて「京都へ遊びに来ない?」という話になって、本当に会いに来たというわけだった。

「大胆なことしますね」
交通が便利になったとはいえ、宮城から京都まで決して近い距離ではない。
「思い立ったら、すぐに動いちゃうんです」
行動力ありすぎ。若いせいもあるだろう。
「――ってことは、お子さんは?」
「いません。ちょっと事情があって……」
じゃぁ、訊かないでおこう。

祇園四条に着いた。地上に出ると、どこからかツクツクホウシの鳴く声が聞こえてくる。この年は残暑が厳しく、10月の初旬だというのに気温が30度近くまで上がる日もあった。

私たちは食事ができそうな店を探しながら、寺町通りを歩いた。だが、お昼時でどの店もいっぱい。やっと入れたのは、かに道楽の京都本店だった。ここだったら三条で降りたほうが近かったが、まぁ仕方がない。
そこで「お昼のかに御膳」をいただいたあと店を出て、ごく自然に八坂神社に向かっていた。

神社を訪れたら参拝するのが礼儀と心得ている私は、柳本も当然にそうするだろうと思っていたら、
「私はいいです」という。なにか特定の信仰をもっているのかと思って尋ねてみても、そうではないという。無理強いはできないので、私だけ参拝を済ませて円山公園に向かった。

茶店でコーヒーを買い、日陰のベンチに腰を下ろす。
傍から見ればデート中のカップルに見えないこともない。でもデート気分なんか微塵もなかった。

「初恋の人には会えたんですか?」
何か話題を振らなくてはいけないと思って、野暮なことを訊いてしまった。
「会えました。そして、決めました」
強い意志を込めて柳本がいう。
「決めた?」
「はい。私、離婚します」

「は?」

「明日帰って、離婚して、3日後にまた京都にきます」

「え? え?」

急に何をいいだすのだ?
「笹野さんと一緒になって、京都で暮らします」
「さ、笹野さん?」
「今日会った初恋の人です」
「笹野さんは、そのことを……」
「まだ話してません。でも決めました」
「決めましたって……?」
「もともと愛情のない結婚で、夫が勝手に籍を入れたんです。そうならざるを得ない事情はあったんですけど、愛情で結ばれている夫婦ではないので、離婚届を出したらおわりです」

「思い立ったら、すぐに動いちゃうんです」
電車の中で聞いた言葉がよみがえる。私は呆然として、柳本の話を聞いていた。

(つづく)

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