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フリーライターはビジネス書を読まない(66)

見通しが甘かった

「暑いですね」
駅へ向かう道を横に並んで歩きながら、柳本がつぶやいた。これから京都へ行くのだ。

柳本は首から下を、黒い厚手のロングコートで覆っている。
「その格好じゃなぁ……」
まだ11月に入ったばかり。見るからに暑そうだ。
「今の時季、宮城では、コレなしじゃ外へ出られないですよ」
柳本の額に、うっすらと汗がにじんでいた。

京阪電車・出町柳駅に着いたのは、お昼の少し前だった。腹ごしらえをした後、あらかじめ調べてあった仲介業者を3軒ほどまわる。条件のいい物件がみつかったら、その場で契約してしまう計画だった。
出町柳界隈を選んだのは、柳本がそもそも京都に住みたい動機になった、幼馴染で初恋相手が京大の大学院にいるからだ。

学生街だから、学生向けの下宿屋とか安い物件が多い。新入学の季節でもないし、比較的はやく見つかるだろうと、柳本も私も現実をいささか甘く見ていたようだ。
1軒目で現実を目の当たりにする。

「地方から京大を目指す学生の多くが、もう今から部屋を押さえていて、条件のいいとこは残ってませんね。合格発表のあとで部屋を探しても、まず見つかりませんからね」
仲介業者のカウンターの向こうで、若いスタッフがいう。

「学生向けの物件じゃなくても、サラリーマンとかOLが独り暮らしするような感じの物件はないですか」
柳本が食い下がる。
「なくはないんですけど……」
「多少ワケアリでもいいです」
「失礼ですが、今お仕事は何をされてますか」
「デザイナーですが、こっちでクライアントを、これから探さないといけません」
「なるほど。オーナーさんのほとんどは、固定収入のない方を避けたがります。残念ですが……」

そりゃそうだろう。
家賃を滞納されたまま居すわられたら困る。確実に家賃を払ってくれる人にしか部屋を貸さないといいうことだ。

あと2軒まわってみたが、話の展開は1軒目と寸分たがわず同じだった。ほかにも全国的に展開している大手の仲介業者から小さな不動産屋まで、街を歩きながら目に付くところは片っ端からまわった。アパートや賃貸マンションはもちろん、ハイツや下宿屋、貸家まであたってみたが全て空振りに終った。

柳本はさぞかし落ち込んでいるだろうと思いきや、
「先に仕事を探さなくちゃね」
と笑った。「もう少し長居しますけど、すみません。よろしくお願いします」
(えらいことになったな……)
「仕事か……」
デザインの仕事を、これから新規開拓するのは至難の業だ。宮城でバリバリやっていたといっても、大阪では通用しない。

「コンビニのバイトでも何でもします」
柳本がある種悲壮な決意を固めていそうなので、
「焦らないほうがいいよ」といってしまった。
世間知らずなのか、それとも社交辞令を知らないのか、柳本は本当にゆっくり構えてしまった。
京都で部屋が見つかりしだいすぐ移動できるように、宮城からもってきた荷物はほとんど解いていなかったが、京都から帰って来るや否や柳本はその荷物をすっかり解いて、ロフトベッドの下に「部屋」をつくってしまった。そして京都駅で買った大判の風呂敷をベッドの上から吊るして、暖簾みたいな仕切りにした。

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2日目、コンビニでアルバイト情報誌と履歴書用紙を買ってきた。
私に迷惑をかけていることは自覚しているらしく、
「今日の夕飯は、あたしがつくります」といいだした。
奇妙な同居生活は、すでに初日から長引きそうな気配になってきた。

(つづく)

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