見出し画像

私の日記、月の欠片

「殴ったのは悪かった。でももう俺達にはつきまとわないでくれ」
近藤から喫茶店に呼び出されて話をした。
帰り際に封筒に入った札束を渡された。帯ひとつ分。
私は虚ろに曖昧な返事を返すだけだった。
あの夜、私はナイフで女(やはり近藤の妻だった)を刺したと思っていた。実際にはナイフなど持ってはおらず、女に体当たりしただけのようだ。それで驚いた近藤に一発、殴られたということだ。
そのあと近藤夫妻は立ち去り、気を失った私はスナックのママが呼んだ救急車で病院に運ばれた。
翌日には警察が来たが、通りすがりの酔っぱらいに殴られた事にして、被害届も面倒だからと言って出さずに済ませた。
殴られた傷の手当てと点滴を打ち(栄養不足で貧血ぎみになっていたようだ)、もう一晩泊まってから解放された。


暫くは、食料を買い込んで部屋に籠った。
あのひとから渡された、手切れ金と慰謝料が混ざったお金の封を切って、一枚づつ表裏を確認しながら数えた。何度も数えていたら、福沢諭吉があのひとの顔に見えてきた。少しも似ているところなんて無いのに。
それに飽きると日記帳を開いた。

少しだけ変えた
アイメイク
あなたはきっと
気づかないでしょう

でもね、
それでいいの

だってそれは
わたしの心を
悟られたくなくて
したものだから

でもね、
やっぱり
気づいてくれたら
嬉しいな

それでも
たとえ気づいたとしても

かわいいね
って
それだけ
ただそれだけ言って欲しい

間違っても
わたしが隠したい
心の闇を
暴いたりはしないでね

だから、瞳の奥は
絶対に覗かないでね

私の日記より

わたしの涙で
あなたの袖を
びしゃびしゃに
濡らすくらい
大声で

喚けるくらい
心を解放できる
日が 訪れたら 

その時は 思いきり強く
壊れるくらいに 強く
わたしを 抱きしめて

ねっ、お願い 
約束よ

私の日記より

不倫らしい、じめじめとした文章で笑えた。
笑うと一緒に涙も出て、嗚咽に変わりそうなのを堪えたら、獣のように吠えていた。

梅雨に入った頃には近藤から渡された万札は、残り数枚に減っていた。まともに働く気はおきなかったので、また体を売った。相変わらず誰かに抱かれる度、あのひとの顔が浮かぶ。

笹が揺れ、穂の擦れる音が辺りを包んでいます。
妙に明るく見える月の一部が欠けていて、それはまるで私の失くしてしまったもののようでなんだか悲しい気持ちになるのです。
鈴虫が鳴いています。
私も泣いています。
泣くつもりなどないのですが、自然と涙が頬を伝うのです。月の欠片はこの闇夜に広がる星となっているのでしょうか。
ひとつづつ星を確かめてみるのですが、私にはどれが月の欠片なのか判別できません。
あなたの隣で夜空を見上げている間に、全ての星を記憶しておくべきだったと、今更ながらに後悔しております。
あなたの隣であなたのことばかり想い、あなたの横顔を盗み見ていたあの頃の私を恨めしく感じているのです。

私の心の道しるべだったあなたのことを、ずっと私は満月のようだとお慕いしておりました。
あなたを失ってしまった私は今宵、空を見上げ、月の欠片を探しています。
しかし、まだ見つけられそうにありません。
それでも私は探し続けるでしょう。
隣にいてくれた、あなたの言葉を思い出しながら。
「綺麗な月だね」

私も夜空に向かって呟きます。

「今夜も月が綺麗ですよ」

冷たい風が笹を揺らし、私の心もざわめきます。
闇夜に浮かぶ月は、今の私には滲んでしか見えませんけれど。

新しく書き足した私の日記より

あのひとの事が頭から離れないまま秋が過ぎ、私は21歳になった。年を越え、異常なほど暑い夏を迎えたある日、懐かしい人と出会った。
彼と逢ったホテルから出ると、自分の中で何かが変わってゆく音がした。
それは日中の茹だるような外気をも、涼やかな秋風に思わせる程の、私にとって劇的な変化であった。




ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀