見出し画像

【侵し、侵され。】③読書で学んだ知識


小学1年生のあの時の出来事から僕は変わった。

大抵の人が一度くらいは通るであろう過程。

友達とか人間どうしの距離感とか信頼とか裏切りとか無自覚の過ちとか無実の罪とか平等だとか欲だとか自己愛だとか大人というものについての疑問や不信。

僕はあの日、一日で幼いながらも全てを悟った。

これからはバリアを張ろう。テレビで見たウルトラマンみたいに。それは鎧を身につけることであり、殻で覆うことだ。見えないバリアを張って、自分の場所、心の中へは踏み込ませないということだ。

職員室を出てから、僕はそれを実践した。


幸い、あのあとから目に見えるような形でのイジメにあう事はなかった。休み時間、男子みんなで運動場へ出てサッカーをするときに声をかけてもらえなかったり、授業中に消しゴムを落としてしまっても、誰も拾ってくれなかったりという事はしばらくの間あったけど、それも夏休みが始まる前までのことだった。夏休みが終わったあとには、もうみんな何事もなかったかのように普通に話し掛けてきた。みんな単純なのだ。時が経てば忘れる。特に楽しかった事があったあと。

そして僕はそういった、人間の曖昧さや不条理さを心のノートに書きためていった。バリアを張ったまま。

僕はもう誰もウチには呼ばなかったし、遊びに誘われてもついていったりしなかった。そして家の中でも、お兄ちゃんと一緒のゲーム機を使うのはやめたし、両親に怒られそうなことは最初からしなかった。

僕の心を許せる友達は、ネコのテンと本だけだった。僕にとってはそれで充分だった。

テンは、そのやわらかい毛で僕を癒してくれた。少しくらい学校で嫌なことがあっても、テンの背中を撫でていれば心の中のモヤモヤも小さくなって消えていった。

本は僕を違う世界へと連れていってくれた。僕は物語の中でいろいろな体験ができた。その世界では人や動物や物や月や太陽とも友達になれた。少し大きくなると大人が読むような小説も読み始めた。その並んだ文字からは、僕の心のノートに刻んできた人間の不条理さなどのことについて、様々な角度から様々な方法で語られていた。ほーら、やっぱりそうだったんだ。僕は自分の心のノートに書きためてきたものを、正しいと確信していった。


中学生くらいになると、これまでとはまた違った角度から僕に侵入してこようとする者が現れた。例えばそのひとつに、恋愛に関することだ。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

中学二年の秋のこと。体育の授業が終わったあとの教室の机の中、犬のキャラクターが描かれた、いかにも女の子が好きそうな可愛らしい封筒が、国語の教科書からちょっとはみ出すような形で挟まっているのをみつけた。そのまま何事もなかったように封筒は机の中へ戻した。

家へ帰ってから線引きを使って封筒を開け、同じ犬のキャラクターの便箋が2枚入っていた。便箋にはその時期の女の子特有の丸い文字が並んでいた。手紙の終わりには、同じクラスのあまり目立たないタイプの女の子の名前が書かれていた。所謂、僕に宛てたラブレターというものなのだろう。平仮名が多く、決してうまいとは言えないその文章を読みながら、僕は添削してあげたくなった。

手紙には、休み時間にいつも読書をしている僕を見て、最初は変わった人だと思っていただけだけれど、気になっているうちに段々と、もの静かな、それでいて真剣な勇ましい表情で本を読み進めている、僕の黒ぶちの眼鏡の奥の瞳を好きになってきてしまった。だから僕の好みはわからないけど、よかったら今度の日曜にでも、遊園地とかボーリング場とか図書館ででもいいから一緒に遊びに行ってくれないか。という内容が書かれていた。

その時の感想としては、正直に言ってとても嬉しかった。自分でも驚くくらいの感情の反応だった。他人から認められ、好意をもたれるということは、こんなにも嬉しいことなんだと初めて知った。その手紙だけで僕も、その女の子に好意を持った。

だがしかし、頭の中の冷静なもうひとりの僕が、その感情を押し留めた。

なぁ、このあとの展開をお前はよく知っているだろう。直にその女の子は、心変わりをして、夢中になるお前の気持ちを置き去りにしたまま、他の男の方へ行ってしまう。そしてお前は死にたくなるほどに落ちこむんだ。そんなのって無駄だろう。無意味だ。ただ心を浪費するだけで何も残らない。悪いことは言わない。やめとけ。

僕は頭の中のもうひとりの僕の言うことに納得した。そうだ。こんな事は無駄だ。一時の感情に流されてはいけない。読書体験で既に僕は知っている。

その夜、僕は彼女への断りの手紙を書いた。受験の為の勉強に集中したいから。という理由にした。あながち嘘ではない。僕はそこそこの高校に入って、そこそこの大学に行き、ある程度の収入が得られる残業の少ない職場に就職するのだ。そして自分だけの時間を大切に生きていく。そう決めている。

次の日いつもより早く登校して、まだ誰もいない教室で、彼女の机の中へとシンプルな白い封筒を入れた。

スッキリとした気持ちもあったが、なんだか少しモヤモヤとした気持ちも残ったので、トイレの個室へ入り、手紙をくれた彼女のスカートの中を想像しながらマスターベーションをした。

人間の体の仕組みに関する本に書いてあった通り、男は溜まった精液を出してしまえば、心のモヤモヤはすっかり消えてしまうのだ。残るのは射精後の喪失感と軽い罪悪感だけ。それもほんの少しの時間で消えてしまう。別の本に書かれていたのは、この射精後の軽い罪悪感は、数億匹の精子を一度に殺してしまうという罪への、太古からの潜在意識によるものらしいということだ。


◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈

高校に入ってからは彼女をつくることにした。性欲を満たす為だ。中学生の頃からずっと、性欲というヤツはいつも僕の冷静な判断を鈍らせる。と言っても他人とのコンタクトを極力避けてきた僕に、簡単には彼女をつくれる筈もなかった。このままでは強烈な性欲で、自分がおかしくなってしまいそうだった。

転機が訪れたのは高校3年生の夏休みに入る少し前、同じクラスの男子から人数合わせのために誘われた、他の学校の女子と一緒に集団で海で遊ぶ計画。珍しく僕はすぐにオーケーした。

そこでひとりの女の子と仲良くなった。名前はミキ。僕はミキと付き合うことになった。そして僕はミキの体で童貞を捨てた。



《続く》


ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀