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彼の純粋な想いが僕の鼻腔を擽る #シロクマ文芸部

透明な手紙の香り。

彼から届いたハガキを読んだあと、僕にはそんな言葉が頭に浮かんでいた。


彼とは在籍する大学のテニスサークルで出会った。
彼はテニスのプレー中以外では、いつも女子メンバーの取り巻きに囲まれていた。
彼の目に留まろうとする女子たちは皆、自分をアピールしようと必死の形相だった。
僕はそんな女子どもを爽やかにいなし、颯爽とテニス場を闊歩するのであった。
僕はそんな彼のことを他の男子メンバーと同じように、僻みを込めた目で見ていた。

二泊三日で行われた夏合宿、発情期真っ盛りの男女が悲喜こもごもの恋愛バトルを繰り広げていた。
その中でも男子一番人気はやはり彼だった。
しかし彼は飄々とした態度で、どんなに可愛い女子メンバー相手にも興味を示すことはなかった。
そして業を煮やした女子連中が彼の意中を探るべく、白羽の矢を立てたのが何故か僕であった。

合宿二日目の夜、僕は彼の部屋に突撃した。
部屋の扉を開けて出迎えてくれた彼の屈託のない笑顔に、不覚にも僕はうっとりと見つめ返してしまったのであった。
少し雑談をしてから彼に質問をぶつける。
女子たちからの依頼である、彼の意中の相手を探るという使命を遂行する為だ。

彼は冷蔵庫から冷えた缶ビールを二本出し、一本を僕に渡してくれた。
「まあ、とりあえずビールでも呑もうよ」
彼はそう言うとプルトップを勢いよく弾き、ごくごくと喉仏を上下させた。
なんと喉仏まで爽やかではないか、と僕は感心したものだった。

合宿最終日の朝、僕は彼の取り巻き女子のリーダー格と会い、依頼の報告をした。
「彼の意中の人はこのサークルの中にはいないそうだ」
僕は嘘をついた。
「でも、好きな相手は他にいるらしい」
本当の事なんて言える筈がない。
彼が恋焦がれている人が、このサークルのあの熱血部長だなんて。
まさか相手が男だなんて。


合宿が終わってから彼と会う事は無かった。
彼はテニスサークルにも顔を出さなくなっていた。


長い夏季休暇が終わる頃、アパートのポストに一葉の絵はがきが送られてきていた。
澄んだ空の下にマリンブルーの海が描かれた絵。
その隙間を縫うように書かれた、神経質そうな文字の最後には彼の名前があった。

君に話した事で、告白してみようという気になれました
結果はやはり駄目でしたけどね
一応、君には報告しておきます

僕はその文面から複雑な感情を抱いていた。

ハガキに描かれた海からは潮の香りなど漂ってくることはなく、ただ彼の純粋な想いだけが、透明な香りとなって僕の鼻腔を擽るのであった。



〈おわり〉



またまたこの企画に参加させていただきました。

小牧さん、素敵なお題です。
いつも楽しませていただありがとうございます🐒

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