見出し画像

◆不確かな約束◆しめじ編 第6章 上 私の新たな生活


シュウに別れを告げた後、デパートのトイレで一頻り泣いた私は、シュウとのLINE を削除した。

シュウは卒業式が終わった3日後の朝、大阪へ向かって出発した。家の前でシュウとシュウのお母さんがやりとりしている様子を、私はカーテンの隙間から覗いた。シュウが歩き出す瞬間、こちらを一瞬見上げたので、急いで隠れた。暫くしてもう一度覗くと、シュウの後ろ姿が見えた。「頑張ってね、また7年後」小さくつぶやいた。


◆◆◆◆◆◆◆◆

3月の始めから私は自動車免許を取るため、教習所へと通った。向こうへ行ったら車での移動の方が便利だろう。それから、作業用の車も運転できた方が良いと思い、マニュアル車の方も運転できる免許証を取得することにした。4月からは北海道へ行くため、ほぼ毎日通った。せめて筆記の方だけでもすんなりいくように、家でも勉強した。免許証取得と、そのあと北海道でしなければならない事が詰まっていて、シュウのことを一旦、頭から追い出すのにちょうど良かった。

仮免許を一発で合格して、卒業試験も合格出来た。でも、本試験の日程には間に合わなかった。まあ仕方ない、あとは向こう言ってからでも受けられる。そうして、3月の最終日、私は北海道へと旅立った。

羽田空港から帯広空港へと向かう飛行機の中、私は眠っていた。アナウンスがあり、ふと窓の外に目をやると、見渡す限りの大自然だった。遠くに見える山々の迫力に圧倒された。〈これから私はこの土地の自然と共に生活していくのだ〉そう思うと一気に目が覚めた。

あらかじめ、寮に入れるように申し込んでおいた。寮は大学の目の前にあり、とても便利だった。それに自分で部屋を借りて住むより、断然安く済む。おまけに食事の心配もいらない。

バスを乗り継いで夕方、寮に到着すると職員の方が部屋へ案内してくれた。運良く1人部屋だった。それほど広くはないものの、ひとりで生活するには丁度良い広さだった。直ぐにお風呂入れるわよ。と言われたので、お言葉に甘える事にした。お風呂はとても広く快適だった。その日は、お風呂を出た後、食堂で食事をして早く寝た。

次の日から授業が始まる日まで、市役所での手続きやら、自動車免許の本試験の予約やら、寮での挨拶やら、忙しく走り回った。車の免許は4月の半ばに無事取得する事が出来た。寮の職員の方や、学生はみんな親切だった。

週末のアルバイト先は寮の職員の方に紹介してもらえた。牧場での牛や馬や羊達のお世話と、観光で来るお客様への対応だった。面接に行ったら次の週末からお願いするよ。と、とんとん拍子に決まった。

明るく話しかけてくれる寮の食事担当のおばさんに、自動車免許の試験に合格したと報告すると、知り合いの家で車を買い替えたいという人がいるからと、直ぐに連絡してくれて、黄色い軽自動車も手に入れる事が出来た。12年落ちだという事だったが、あまり余分にお金をかけたくない私には、故障しないで走ってくれればそれで充分だった。値段もかなり安くしてくれたし。色も気に入った。目立つ色だから相手の方から避けてくれるだろう。

寮にはちゃんと駐車場もあって、バイトに行くときなどはとても便利だ。黄色い軽自動車の中では、ラジオを聞いている。ラジオから流れる音楽と一緒に交差点の少ない道を走るのはとても気持ちいい。


◆◆◆◆◆◆◆◆

バイト先は、小さな家族経営の牧場だった、ご主人と奥さん、そしてひとり息子であるタイキ君の3人で経営していた。少し前までお祖父さんも手伝っていたらしいが、体力的にきつくなり引退されたそうだ。それで人手が足りなくなり、私を雇ってくれたという訳だ。

私の指導役には、息子のタイキ君があたってくれた。タイキ君は24歳。私の6つ上だ。最初は目を合わさず、ぶっきらぼうに喋る、割りと無口な人だった。ただ、動物の世話の仕方などには厳しかった。そして私はまず、羊の世話から教わった。

「違うっ そうじゃないっ。もっとこうして優しくやるんだよ。学校で教わってんだろ!」そう言うとタイキ君は自分で羊の世話を始めてしまうのだった。

「すみません。まだ学校では習ってないんです」そう言い返すと

「つべこべ言ってないでお前も早くやれよ」と、こんな感じだった。


作業が終わると、傍らで椅子に座って見ていたお祖父さんが、笑いながら私に話しかけてきた。

「どうだユキちゃん、疲れたかい。ここにいる動物達は、1頭1頭、人間と同じように各々違うんだよ。だから動物と心を通わせながら付き合っていかねばならんのじゃ。それが出来るようになれば自然と動物達の方から、作業しやすいように協力してくれるようになるさ。まあ、焦らず少しづつ仲良くなっていくんだな」

「はい。ありがとうございます。難しいけれど、楽しみながら頑張ります」

「おう、いいお嬢さんだ。そう、楽しみながらが一番じゃ。ほほほほほ。ところでタイキ」

「なんだよ、じいちゃん」

一緒にひきあげてきたタイキ君は、つまらなそうに返事した。

「お前はようやく動物達とうまくコミュニケーションとれるようになってきたと思ったが、人間同士だとまだまだじゃなあ。ほほほ げほっ ほほほほほ。このお嬢さんにも、あんな言い方ではうまく指導なんてできんぞ。当然、人間にも動物達のように感情というものがあるんじゃ。優しい気持ちで接してあげんと、伝わるものも伝わらなくなる。そんなだからお前は彼女のひとりもできんのじゃ。ほほほほ げほっ げほっ」

「じいちゃん わかってるよ。彼女の話しは関係ないだろ。もう、じいちゃんもそんなところにいつまでも居ると風邪ひくぞ」

そう言ってタイキ君は先にスタスタと歩いて行ってしまった。

残された私は、お祖父さんと目を合わせて、声を出さないように笑った。最後にお祖父さんは、

「大丈夫。あんたなら直にうまくやっていけるようになるさ」と言ってくれた。


◆◆◆◆◆◆◆◆

毎日が精一杯で、身体中が軋み、筋肉痛で、疲れ果て、ぐっすり寝た。でも、空気は新鮮で、空は澄んでいて、星は自己主張が激しく、気持ちが良かった。目の前の事にだけ集中すれば良く、「生きている」という実感を激しく感じられた。ここに来て良かったと思えた。

ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀