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夢か現か(改正版)

結局、近藤との子を妊娠することは出来なかった。
私は頭も身体もおかしくなったまま、日々をやり過ごしていた。
生活費を稼ぐために体を売った。
冷たい沼からは脱出できない。
ずるずると知らない場所へと呑み込まれてゆく。

毒グモのような毛むくじゃらの手が、私の白い肌の上をゆっくりと這い廻る。
首筋から乳房の丘を登り、乳頭を何度か弄んだあと臍へ向かい、それから隠れた場所へ。
優しくはあるが、この男は醜い。
背が低く、ずんぐりとしているくせに妙に筋肉質な体。脂ぎった硬い髪。揃えられていない太い眉。高くないのに大きな丸い鼻。紫がかったいつも半開きのだらしない唇。どぶ水のような臭い息。発酵して酸っぱい匂いのする脇。いつもできものがあるブツブツの太股。黄ばんだ足の爪。髪の毛よりもごわごわと太く硬く長い陰毛。その中に普段は隠れている皮の被った陰茎。何処に出掛けるにでも同じ白いワイシャツと紺のスラックス、かかとを踏んずけてくたびれた黒いローファーを選ぶファッションセンス。壁が震えるほどの大きなくしゃみ。飛ぶ唾。クチャクチャと音をたてながら食べる食事の仕方。パスタを啜る時のチュルッという音。見た目と違うモジモジとした態度。ガサガサとして聞き取りづらく小さな声。怯えたように揺れる瞳。
男が私の中に入って来ようとしている。
男の持つ他の部位と違い、ソレは細く長い。
焦っているのか、なかなか挿入できずにいる。
少し腰を浮かしてやる。
グニャリとしたものが入ってきた。
男の血走った目が私を見下ろしている。
私は男の視線を避けるために目を閉じる。
男のモノが硬くなってきた。
男はひたすら腰を振り、その硬くなったモノを私の中の壁に叩きつける。
男の汗が私の腹に落ちて跳ねた。
男が言葉にならない呻き声をあげ、果てた。
男は挿入したまま私に覆いかぶさり、乳房に顔を埋めて動かないでいる。
私は男の頭を左腕で抱えこみ、右手で赤くなった男の耳の形をなぞる。
男のその歪な耳が、たまらなく愛おしくて仕方ない。
私は喜んでまたこの男に買われるのだろう。

私の日記より

日記の内容も狂っている。
これが実際にそのままの事だから質が悪い。

あのひとの呪いの言葉も実際に機能している。
誰と寝てもしっかりと決まって、絶頂を迎える瞬間にあのひとの顔を思い浮かべてしまうのだ。

とりあえず寝たい。
何の夢も見ずに熟睡したい。

頭が割れるように痛い。
ここ数日はベッドに入ってもなかなか寝つけない。サイレースの効き目が悪くなってきた。
ベッドを抜け出し、サイレースをもう1錠口に放り込み、グラスに入った琥珀色の液体で流し込む。20歳の誕生日を境に、あのひとに教わって酒を飲むようになった。

どれくらいの時間が経ったのだろう。気が付くと私は荒れた部屋の壁にもたれ、座りこんでいた。皮膚の表面は熱く火照っているのに、身体の芯はゾクゾクと冷たい。汗をかいたのだろうか、掌がヌルヌルとして気持ち悪い。遠くから聴こえてきたサイレンの音が頭に響く。

夢と現実の境が曖昧になっている。
あのひとのせいだ。

数ヵ月前、あのひとから突然捨てられた。
これは、はっきりとした現実。

あのひとが私の元へ帰ってきた。涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、私にすがるように謝る。私はあのひとを許し、狂ったように抱かれる。
そんなことはあるはずもない。これは明らかに私のつくりあげた妄想。

だったら、ついさっきのあれは⁉

ふらふらと歩いて辿り着いた路地裏のスナック。私は紫に滲むネオンを見つめ、雨に打たれながら店の外に立っている。

スナックの扉が開き、店内から
「さような~ら さよな~ら げんきでい~て~ね~ す~き~な~ふたり~は~  い~つでもあえ~る~」
昭和の歌をカラオケで唄っているのが聴こえてきた。

出てきたのは近藤だった。
上機嫌で店内に向かって手を振っている。
暗がりで佇む私のことなど気づいてはくれない。

彼のうしろで赤い傘が開いた。ねじれた長い髪の派手な化粧をした女が、あのひとの腕に自分の腕を絡め密着した。
あのひとの妻なのだろうか、わからない。
あのひとが女の傘を持ち、ふたりの上に差した。ふたりは私に背を向け歩き出す。

私は女に向かって走り出していた。手にはナイフを掴んでいる。ナイフはネオンの光に照らされ、妖しく光る。自分の胸の前で両手にしっかりとナイフを掴み直した。そして勢いを緩めず体ごとぶつかる。ナイフが柔らかな肉に刺さる感覚と共に女の奇妙な叫び声があがる。
近藤の歪んだ顔が視界に写る。これまでに見たこともない滑稽な表情だったので、思わずニタリと笑ってしまった。近藤が近付いて来て、私を抱き締めるのかと思った次の瞬間、左頬に岩がめり込んだような激しい衝撃を受けた。近藤の拳だった。そのまま私は気を失った。

遠くから二種類のサイレンの音が近付いてくる。
寒い。身体の中心から冷えきっている。寒い。
あのひとに暖めてもらいたかった。
私はスナックの壁に体を預けたまま、重い瞼を懸命に開く。
地面に転がった赤い傘に隠れて見えないが、あのひとはきっとあの女の肩を抱いているのだろう。
自分の両手を握り合わせる。ヌルヌルとした感触。全身から嫌な汗が出てくる。頭が痛い。早くベッドに戻りたい。

悪い夢なら早く覚めて欲しい、と願う。
もしも現実だったのなら、サイレースの残りを全部、ウイスキーで流し込んで寝てしまおう。

また意識は遠ざかってゆく。

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