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20歳の誕生日。それから芝生しかない、だだっ広い公園で


年を越して僕は20歳の誕生日を迎えた。
平日なのもあって、大学で数人の友達からお祝いの言葉を貰っただけだった。
母親から電話で夕食でも一緒にどうかと誘われたが、実家に住みついている母親のパートナーも一緒だろうから断った。
僕はアパートの近くの中華屋さんに寄り、瓶ビールと餃子でひとり乾杯をした。店の親父さんが気付いてくれて、おつまみメンマをサービスしてくれた。
コンビニで缶のサワーとチョコレートのケーキを買い、部屋で食べた。ほどよく酔いが廻り、ソファでうつらうつらとしているとスマホが鳴った。
父親からだった。
「はい……」
「テッタ、20歳の誕生日おめでとう」
おめでとう、と言う割には暗いトーンの声だった。
「うん、ありがと」
「おまえには小さい頃から苦労をかけたな。何か欲しい物はあるか?」
「う…ん、別に無いよ。それよりナオヤは元気?」
「ナオヤか……。あいつは高校を中退して出て行ったきり、何の連絡もないよ」
「そう。あいつが中学の時に一度会ったけど、ちょっとひねくれた感じだったから心配だったけど」
「ああ、知り合いの自動車の整備工場で働かせてもらうとは言ってたがな。おまえ達兄弟を引き剥がしてまで連れてくるべきでは無かったのかもな」
父親が酒に酔った時、特有の粘っこい喋り方だった。
「今更かよ」
暫く沈黙が続く。

「むウウウウウ、うェっっく」
突然、父親の嗚咽する声が聞こえてきた。
「ここに二千万入った通帳があるから取りに来い」
「なんでだよ」
「20歳の誕生日だろ、俺はもう金も何もかも要らねえんだから」
「どういう意味だよ」
「もう、死にたいの。今から山に行って首吊って死ぬの!」
僕はスマホをテーブルの上に一旦置いてから、深く長い溜め息をついた。またか。スマホから酔っ払った父親の声が聞こえるが、もう何を話しているのか判別がつかない。
怒りと諦めに似た感情で涙が溢れそうになるのを、上を向いて堪えた。もう一度、深呼吸をしてからスマホを取る。
「死にたければ勝手に死になよ」
僕はそう伝えてから通話をオフにした。
「そんな冷たい」と言うところまで聞こえた。
「じゃあ、あんたはあったかかったのかよ」とソファのクッションに顔を埋めて怒鳴ったら、我慢していた涙が溢れた。

5月のゴールデンウィークの最終日、僕はローカル電車に乗り込み芝生が広がる公園へと一人で向かった。
芝生と言っても雑草が多く混ざったその公園は、小高い丘の中腹にあり、隣には僕が通っている県立大学があった。
遊具などは一切置かれていない、だだっ広いだけの公園だったが、それでも子供連れの親子が沢山来ており、野球やらサッカーやらバトミントンなどをして遊んでいた(公園の注意書きにはボールやバットなどで遊ぶ事は禁ずるよう書かれてはいたが)。
僕はその喧騒からは少し離れた木陰に小さなレジャーシートを引き、用意してきたサンドウィッチをビニールの手提げバックから取り出した。
僕には特に趣味と言えるようなものはないが、休日に自分の食べたいものを作るという作業は好きだった。
今日作ってきたサンドウィッチは、6枚切りの食パンを半分にカットしてマスタードとケチャップを薄く塗り、卵をバターで半熟に炒ったものにマヨネーズと黒コショウを和えてサンドしたもの(僕はこれを〈大人の玉子サンド〉と呼んでいる)と、コンビーフに粗微塵切りした胡瓜と玉葱を合わせ、辣油を数滴垂らしてサンドしたもの(こちらは〈中華風コンビーフサンド〉と呼んでいる)だ。
僕は電車を降りた駅の近くのコンビニで購入した、冷えた赤ワインのミニボトルのスクリューキャップを開けて、そのまま口をつけてひとくち喉を湿らせた。
大人の玉子サンドにかぶりつくとちょうど正午のチャイムが鳴り、遊んでいた人達もおのおの芝生の隅の方へ移動して、お弁当を広げ始めた。
僕はサンドウィッチを食べ終わると、タッパーに詰めてきた自家製のピクルスのようなものを齧った。
胡瓜と蕪とミニトマトとオレンジ色のパプリカを適当なサイズに切り、市販の白だしとオリーブオイルでマリネしたものに鷹の爪を加えた簡単なものだ。(これは〈和風マリネ〉と呼んでいる)
食事を終えた子供達が芝生の上を走りまわり、転げまわる。
平和な光景だ。
食事が終わり、ワインの瓶も空にして、持参した文庫本のページを適当に開いた。もう何回も読んでいるお気に入りの本だ。しかし、今日は文字を目で追うだけで頭では別の事を考えてしまう。

僕は連日報道される、とある国による侵略や戦争の映像を頭に浮かべた。でも、こんな平和な場所では現実感などまるで感じられることなく、ふわふわと溶けて消えてしまう。
こんな事じゃいけないと心では思っていても、暖かい木漏れ日と5月の爽やかな風には抗うことができないでいる。
心地よさに負けて僕は芝生の上で横になる。
目を瞑った僕の、意識の遠くの方で子供達のあげる楽しそうな声を認識する。むせ返るような芝生と土の匂いに包まれる。
やがて自分の体が土に埋まっていくような錯覚と共に、眠りに吸い込まれてゆく。
夢の中で唯菜が現れる。
彼女は僕の頭を撫でながら「あなたは大丈夫よ、心配ない、あなたならちゃんと一人で生きていけるから」と言ってくれる。
そして僕のペニスを口に含んでくれた。
僕は夢の中で、これは夢であると認識しながらも、涙が出そうになる。

突然の突風で目が覚めた。
芝生で遊んでいた親子は次々と帰り支度を始めている。
僕も起き上がろうとしたが、ジーンズの中のまだ硬いままでいる僕のペニスが邪魔をして起き上がれず、また芝生の上に横になる。
帰って行く人達をぼーっと見つめている。
昨日、ネットの動画で観た、爆弾で体が吹っ飛び、足だけがコミカルにバタバタと動いている映像が頭に浮かんできた。
このまま芝生の下の土の中に埋まって、眠り続ける事ができればいいのに、なんて考える。

脇に落とした文庫本のページが捲れる。
手に取ってそのページに目を通すと、主人公が通りすがりの老人から「幸せかい?」と問われているシーンだった。

空を見上げると、一面青かった空が灰色の雲に覆われ、もう少しで大陽を覆い隠そうとしていた。




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