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そんな風にいつか思えるといいな。

僕はソファーに寝そべり、君のやわらかい太ももに頭を乗せて、君の顔を見上げながら訊ねる。

「ねえユイナ、僕達がおじいさんとおばあさんになっても、君は僕のことをずっと好きでいてくれる?」
「テッタがおじいさんになって、私がおばあさんになっても、あなたのことをずっと好きでいられるよ」

「じゃあ もし僕が犯罪者になって、刑務所に何年も入れられたとしても、それでも僕のこと好きでいてくれる?」
「あなたが理由もなく悪い事をするような人じゃないことは、私が一番知ってる。だから何があったとしても、私はあなたのことをずっと好きでいられるよ」

「だったら、もし僕が人間じゃなく、猫になってしまっても好きでいてくれるかな?」
「あなたがもしも猫になったのなら、こうして私の膝の上でずっと撫でていてあげる。あなたがニャーって、何かを求めて鳴き声をあげたら、私には、あなたがどうして欲しいのかすぐにわかるはず」

「そしたらさー、僕がゴキブリになっちゃったら、どう?」
「うーん、ゴキブリは気持ち悪くてヤだけど、それがもしあなただったんなら、虫かごに入れてエサをあげながら毎日あなたに話しかけるわ。でも、大丈夫よ。あなたはゴキブリにはならないし、私があなたのことを好きなのは、一生変わらないんだから」

僕からの訳のわからない質問にそう答えながら、唯菜は僕の頭をやさしく撫でてくれた。
あの日が嘘のように懐かしい。


大学2年の夏休みに入ってから君の服やら化粧品がこの部屋に増えていった。
「ウチに帰らなくてもいいの?」と訊ねると、
「うん、お母さんとこの間、大喧嘩しちゃったから」と答え、その日から唯菜はずっとこの部屋に居ついた。
始めは楽しかった。相変わらず怠惰な生活だったが、新婚さんごっこみたいな暮らしが気に入っていた。唯菜も嬉しそうに大きな瞳を細めながら、僕とふたりの生活を満喫しているようだった。
大学の授業が再開し、ちゃんとした日常に戻らなければならなくなると、口喧嘩が増えた。二人とも同じ部屋の中でイライラを溜めていた。10月には殆ど会話が無くなった。それでもセックスを介して少しの間、元の仲好しカップルのように振る舞うことは出来た。お互いに。

12月の半ば、そんな状態でもクリスマスくらい二人で楽しく過ごそうと、プレゼントを買うお金を貯めるため、僕はバイトに勤しんでいた。週末には工場の夜勤の仕事もして、割りと良いブランドのネックレスが買えるくらいには稼げそうだった。
その日はどしゃ降りで、アルバイトを終えて部屋に戻った時には外はもう真っ暗だった。
玄関の扉を開けるとそこには唯菜がいた。
旅行用のキャリーケースを足元に置いたまま、彼女はバツの悪そうな顔をして立っていた。
「どうしたの?」
状況を把握しようと目玉と頭を懸命に動かしてから、僕の口から出たのは何とも平凡な質問だった。
しかし、唯菜は困った時の表情で視線を下に落とすだけだった。

永遠に感じる長い沈黙。 
やがて、胸を引き裂くような深いため息。
別れを知らせる君の涙。
僕は状況を把握した。

「ごめんテッタ、私ここを出ていく」
「こんな土砂降りなのに?」
「うん、もうあなたの顔を見ていられないの」
「どうして、そんな……」
「好きな人ができた……だからホントにごめんなさい」
彼女は僕を押し退けるようにして、傘も持たずに嵐の中へと飛び込んで行った。

僕は呆然とした頭で、ふらふらと部屋の中へと足を踏み入れた。

仄かに君の残り香が揺らいでいる。
数分前まではまだ君がいた部屋。
窓辺に飾られた深紅の薔薇。
君の誕生日に用意した花。
中身の抜かれた写真立て。
瞬間に蘇る君との想い出。
溶けるような君の笑顔。
カーテン越しに瞬く稲光。
悲しく寄り添うふたつの枕。

ベッドに顔を埋め、布団を被り泣き叫ぶ。
雷鳴に負けないように叫んでみる。
だが、誰にも届かぬ声。

一頻り泣いたあと、ふと思い出した。
いつか今日みたいな雷雨の日、彼女を送って行ってやらなかった事があったよな。今日も彼女を追いかける事はしなかった。なんだ、結局その程度のスキだったってだけの話じゃないか。
声を出して笑ってみた。
唯菜がいつの間にか作っていた、新しい男について想像してみた。

相手の男は、彼女のやわらかい太ももに頭を乗せたまま、彼女に質問するのだろうか?

「ねえ 僕達がおじいさんとおばあさんになっても、僕が犯罪者になっても、たとえ人間じゃない他のものになったとしても、ずっとずっと、僕のことを愛してくれますか?」って。

そして彼女は、相手の男の頭を撫でながら、きっとこう言うんだ。

「あなたと私が、歳をとっておじいさんとおばあさんになっても、あなたが犯罪者になったとしても、たとえ人間以外の生き物になってしまったとしても、ふたりの命が続く限り、ずっとずっとあなたのことを愛し続けると誓うわ。嘘いつわりなく」と。

ベッドを抜けてテーブルの上のライターを手に取る。
出窓に置かれた、君がお気に入りだったキャンドルに火を灯す。
暗闇の中にぼんやりと浮かぶ、記憶と共に。

ーー ウミネコって知ってる? ーー

ーー 海にいる猫だろ ーー

ーー カモメに似た鳥 ーー

ーー そんなことくらい知ってるよ ーー

ーー ミャーオ ミャーオ って鳴くんだって ーー

ーー 猫みたいだね ーー

ーー いちど鳴き声、聞いてみたいな ーー

ーー うん、そうだね。テッタと一緒に聞いてみたい ーー

部屋の外は嵐。
地球上の全てを破壊しようかというように雨は激しく打ちつけ、雷は空気を切り裂き、閃光を走らせる。

僕は揺れるキャンドルの炎を見つめている。

水辺をウミネコが飛んでいる。
青空を楽しげに飛んでいる。
とんがり帽子を被ったこびとを背中に乗せながら。
こびとも気持ちよさそうに楽しげな笑顔を浮かべている。

僕はこびとの帽子が飛ばされないといいな、なんて考える。
君が幸せになれるといいな、と呟いてみた。
なんて、そんな風にいつか思えるといいなぁ。

君はいつか大空を舞うウミネコを見上げながら、僕のことを思い出したりするのだろうか。
僕は早く君の事を思い出さなくなれるといいな。




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