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◆不確かな約束◆しめじ編 第13章 バーで酔う


私はシュウの腕を引っ張りながら、一本裏の通りにあるバーへと向かった。半地下への階段を降りると、その勢いで店の重い木の扉を押して入っていった。

バーテンダーが一瞬おどろいた顔をした後、

「いらっしゃいませ。2名様で宜しいですか? カウンターへどうぞ」

と、冷静を装って応対した。

「ごめんなさい。西部劇みたいに勢いよく入ってきてしまって。あのー ちょっと込み入った話があるので奥のテーブル席でもいいですか?」

「本当にピストルでも出されるんじゃないかと思いましたよ。はい。ではお好きな席へどうぞ」

「俺は人質みたいに思われたんじゃないのか⁉ 何もそんなに急がなくたっていいのに」

私達は店の奥の方に、カウンターとは反対側の壁につけてあるテーブルへと横に並んで座った。薄暗い店内には、各テーブルに蝋燭の明かりが灯っていた。

「言ったでしょ! 私は今、とてもお腹が空いているの。とりあえず、早くお腹に何か入れないとゆっくり話しもできないわ。マスター、外に書いてある自慢のカレーをくださいな」

「はい。承知致しました。ライスでも提供できますが、お酒を飲まれるようでしたら、ナンでお召し上がりいただいたらいかがでしょうか⁉」

「じゃあ ナンでお願いします。それと私はそこに書いてある、ベルギーのIPA で。シュウも同じでいいでしょ⁉」

「うん。あっ じゃあ僕も同じで」

「承知致しました」


運ばれてきたビールをグラスに移し、乾杯した。

「7年ぶりの再会に」

「おうっ かんぱい」

「あーっ 美味しい。フルーティーだけど、あとからしっかり苦味がくる」

「そーだな。うん いつも呑んでるビールとは違う」

「ハハハ なによそのつまらない感想。それでもちゃんとお酒を呑む修行をしたの?」

「うるせーよ。俺はワインとか日本酒で勉強したんだよ」

「フフフ まあいいわ。今度、その成果を見てあげる。そんなことよりシュウ、一昨年、山梨に来たよね! 社員旅行か何かで」

「うん 行ったよ。なんで知ってるの? んっ 待てよ。あの牧場で、馬を引いてたの、あれユキかっ?」

「えっ 気づいてたの⁉ そうよ。あそこの牧場で今も働いているの。へー 気づいたのに、どうして声をかけてこなかったの?」

「いや、一瞬似てるなーとは思ったけど、お前、北海道に行ってただろ。だからまさかそんな所にいるとは思わなかったからさー。ユキの方こそ、なんで声かけなかったんだよ」

「私はすぐにあなただとわかったわ。でも仕事中で手が話せなかったし、ううん、それよりもまだあなたと会っちゃいけないと思ったの。私が決めた事だしね」

「7年後っていう約束のことか。まあ俺にとっては、その時に話しをしなかった方が良かったかもしれない。まだ気持ちの整理がついてなかったから」

「えっ シュウもそうだったんだ。私もそのあとにあった、ある出来事で気持ちが軽くなったんだー。あれは不思議な体験だったなぁ」

「へーそうなんだ。で、その不思議な体験て?」

「うん 口ではうまく表現できないから、教えない。少しくらい秘密があるくらいの方が、ミステリアスでいいでしょ。大人の女って感じで」

「何が大人の女だよ。夏休み明けの小学生の女の子みたいに日焼けしてるくせに。まあいいよ。俺だってまだ話したくない事もあるしな」

「なによっ。日焼けは仕事がら仕方がないでしょ! でも、シュウにも話したくない事があるんだ。どんな事なんだろう。気になるけど、今のところは勘弁しておいてあげよう」

「なんだよ。上からかよ。俺にもこれまでの間にいろんな事があったんだよ。迷惑かけたり、悲しませてしまったり」

「シュウったら、このまま呑みながら話してたら、全部白状しちゃいそうね」


「お待たせ致しました。本日のカレーは、牛スジの欧風カレーでございます」

「わーっ 美味しそう。ねっ シュウ早く食べよう」

「ホントいい匂いだ。俺、さっきまでぜんぜん腹減ってなかったけど、一気に食欲わいてきたよ。待ってろ、俺が取り分けてやる」

シュウがカレーを取り皿に入れてくれた。ナンも二つにちぎってよこした。

「ありがとう。じゃあ いただきまーす」

最初はルウだけスプーンで掬って食べてみた。

「美味しい。ビーフシチューみたいな感じで、お酒のアテとしてもいいー。」

次にナンを一口サイズにちぎって、ルーをつけて食べた。シュウも同じようにして食べている。

「あー このビールにも合う。赤ワインならもっといいかも。すみませーん。マスター赤ワイン2つくださーい」

「はい 承知致しました」

それから私達は、無言でカレーとナンをお酒と一緒に最後の一滴まできれいにたいらげた。

「あーっ 美味しかった。やっとお腹が落ち着いてきたわ。でももう少し食べちゃおっかな」

「おう いいね。俺、よく食べる女の子スキだよ。マスター、赤ワインに合うお摘みなにかくださーい」

「はい 承知致しました。では、イベリコ豚のパテとカマンベールチーズでいかがでしょう」

「はい じゃ それでお願いしまーす」

私はシュウの横顔をみていた。自らマスターに話しかけて注文する様子、さっきは料理を取り分けてくれたりした。以前なら、全部私に任せっきりだったのに。そんな事にも嬉しくなって、つい笑顔になってしまった。

「なにニヤニヤして見てんだよ。俺の事も取って食うつもりじゃねーだろーな」

「ううん なんでもない。こうやって会ってあなたと喋っている事が、まだ信じられないだけよ。シュウ 本当に来てくれてありがとうね」

「おっおう もうわかったから。そんなに何度もお礼を言われると、こっちの調子が狂うだろ」

「フフフ。シュウったら照れてるのかな?」

「ばっか野郎、そりゃ7年ぶりに会ったら照れもするわー。お前みたいに普通に話してる方がどうかしてるぜ」


「はい。お待たせ致しました。イベリコ豚のパテとカマンベールチーズです。バゲットも添えてありますので、ご一緒にどうぞ」

「わーい。本当に赤ワインに合いそうね。マスター。ナイスチョイスです」

「あっ そういえばお前、山梨から来てるってことだろう? 今日、どうすんの? お母さんの所に泊まるのか⁉」

「うん。それも考えたんだけど、なんか今日はお母さんとこ行くような気分じゃないから、適当にどっか探そうと思ってる」

「そっか なら急いで帰る必要はないんだな」

「うん。時間は大丈夫。シュウといっぱい話そうと思ってきたから。あれっシュウったら、いやらしいこと考えてない⁉」

「ばーか。そんなこと考えてねーよ。お前の帰りの時間を心配してやっただけだろが」


私達はそれから、この7年間の大学時代の事や、就職してからの事をお互いに話した。シュウは大学生の時に何人かの女性と付き合い、そのうちのひとりの女性に子供ができ、堕ろしてしまったという話しをした。それがシュウの・まだ話したくない事„だった。結局、酔って話さずにはいられなくなってしまったようだ。私はとても心が痛んだけど、今さら私が何か言える事などない。それはシュウ自身の人生だったし、シュウとその相手の女性の問題だった。

話しの後半は、殆どシュウの話しだった。私は強いお酒が呑みたくなり、マスターのお任せでショートグラスのカクテルを注文した。シュウの話しが終わる頃には、目は開けているけど、夢の中でシュウの声だけが聞こえているような感覚だった。テーブルの上の蝋燭を見つめていた。揺れる炎を見ていると、話しの内容はより深く、頭と心に刻まれていくような気がした。シュウの低く静かな声と共に。


「おいっ ユキ。大丈夫か? 呑みすぎて酔ってんだろ。そろそろ店出ようか」

「ごめーん。私、酔っぱらっちゃったみたーい。緊張してたせいかな⁉ お腹も空いてたし」

「ほら、立てるか?」

シュウの温かい手が、私の左手を握った。お尻を滑らせてスツールから降りた。まあなんとか歩けそうだった。

「あれっ、お勘定は?」

「俺が済ませたよ」

「えっ、ちゃんと半分払うよ」

「いいよそのくらい。それよりしっかり歩けよ」

「わかった。ごちそうさまー」


「ありがとうございました。気をつけてお帰りくださいね」

「あっ マスターごちそうさまでした。すっごく美味しかったです」


店の外へ出た。外の空気はまだピリッと冷たかった。でもそれが酔いざましに丁度よく心地良かった。

「あっ 私まだ泊まるとこ決めてなかった」

スマホの時計を見ると、21時を過ぎたところだった。

「ウチに泊まれよ」

「えっ?」

「ユキ、酔っぱらってんだろ。だったら危ないからウチに泊まれって言ってんの」

「えっ、でもー」

「大丈夫。襲ったりしないから。浅草駅降りてから少し歩くけどいいよな。まあ、歩けなければタクシー拾えばいいし」

「いいの⁉ なんか申し訳ない」

「じゃっ、電車乗るぞ。ほら、その大きなバック持ってやるからよこせ」

私はシュウにバックを預けた。左手は繋いだまま、右手でシュウのジャケットの右腕をしっかりと掴んだ。

電車の中で座ってからも、両手は彼を離さなかった。彼はずっと何も言わず、まっすぐ反対側のガラスを見つめていた。

銀座線に乗り換えたあと、私は彼の肩にもたれながら寝てしまった。眠りの中でも、何かに守られているような温かい幸せな気分だった。






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