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祀られた石【シロクマ文芸部】

海砂糖とは、この町の言い伝えでよく知られた言葉だ。

その昔、一人の旅人が漁で生計をたてるこの町にやってきた。
旅人は町での滞在中、飯を恵んでもらう代わりに漁を手伝った。
ちょうど桜えびやシラスが獲れる時期で、町の男衆も力だけはあるその旅人が漁を手伝ってくれることを喜んだ。

ある日の漁から戻ったあとの昼飯時、飯を盛るひとりの美しい女に旅人は目を奪われた。
女は漁から戻った男達に笑顔で、飯を山のように盛った茶碗を手渡していた。
旅人も女から飯の盛られた茶碗を受け取ると、ほんの少し指の先が触れた。
暫しの間ふたりはお互いの顔を見つめ合い、やがて顔を赤らめた。
その瞬間、ふたりは互いのことを意識し始めたのであった。

ふたりは漁が終わり飯を喰ったあとの数時間、密かに逢うようになった。
ひと気のない境内の裏、浜からは見えにくい海岸の岩場の影で。

女は悩んでいた。
女の父は町で一番の若手の漁師との結婚を娘に望んでいた。
町の者からは既にその若手の漁師と女は許嫁として認識されていたのだ。
しかし娘は旅人に心を奪われていた。
そんな娘の様子を旅人も理解していた。

まだ日も昇らぬ早朝、男達が皆、漁へと出たところに旅人の姿はなかった。
旅人は女と手を繋ぎ、浜から沖へと向かって波を受けながら歩いて行った。
腰まで海水に浸かったふたりの頭の上を、波が呑み込むように通り過ぎてゆく。
「なんだか今日は海水が砂糖のように甘く感じます」
顔や髪までびっしょりと濡れた女はその瞬間だけ笑顔を見せた。
腰に紐で括りつけた石を撫で、男もそれに同意した。

ふたりが括りつけていた石は町の者達により、祀られる事となった。
誰が言い出したのか、その石を舐めると微かに甘く感じると言われ、〈海砂糖〉と呼ばれるようになった。
そして悲哀の物語と共にこの町で語り継がれている。



私はその石を舐めてみる。
塩気のあとに僅かだが甘さを感じた気がした。

私は浜から沖へと海水に浸かりながら歩く。
言い伝えのふたりと同じように。
あのひとの幸せを願いながら。





はい、こんなん出来上がりました。
お題をくださった小牧さん、皆さんいかがでしょう🐒


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