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みーちゃんとママ⑦ 猫

七月のある雨の日、ママとみーちゃんたちが車を降りると、すぐ近くから
「ミィ、ミィ」
と鳴く子猫の声が聞こえた。
ママは隣の車の下をのぞき込んだ。みーちゃんと弟もかがんで車の下をのぞいたけれど、子猫はいなかった。
「ミィミィ、ミィミィ」
またしてもすぐそばから子猫の声がした。
「どこから声がするんだろう、車の中かな」
ママは隣の車の中を見た。
「ミィミィ」
また声がした。みーちゃんと弟も傘をさして、隣の車の下や後ろを探した。
「ここから声がするみたい」
ママは隣の車の、左側の前輪をのぞき込んでいる。
「ミィ」
みーちゃんと弟ものぞき込んだ。声はするけれどちっとも姿が見えない。ママもあきらめて立ち上がった。
「仕方ない、家に帰ろう」

猫というと、おばあちゃんちには十五才になるキジ猫がいる。ママが大学生で一人暮らしをしていた頃に、おじいちゃんが飼い始めた猫だ。いつも押入の中に隠れていて、みーちゃんたちが押入を開けると耳を後ろに倒して警戒する。手を出すとひっかかれるから手を出さないように、顔も近づけたらいけないと、みーちゃんはママにいつも言われていた。
ときどき、おじいちゃんが押入から猫を引きずり出して抱え、前足を押さえてみーちゃんに触らせてくれる。猫は何とか我慢するけど、すぐに我慢できなくなっておじいちゃんの手からすり抜け、短いしっぽを神経質に震わせながら部屋を出ていくのだった。
ママは大学卒業後に実家のマンションに帰ってきて、みーちゃんが生まれるまでその猫と暮らしていた。ママと猫は仲良しだったので、おじいちゃんは田舎に引っ越すときに猫を置いていったのだ。
でもみーちゃんが生まれると、ママはみーちゃんのお世話に追われるようになった。
ママは一日中泣き続けるみーちゃんを抱っこして、ようやくうつらうつらとし始めたとき、猫が部屋に来て「ニャー」と鳴いたその瞬間、「うるさい!」と怒鳴ってしまった。
ママは悲しくなった。夜中に授乳をするとき、おむつを変えるとき、猫は静かにそばにいてくれたのだ。ママはおじいちゃんに猫を返すことにした。

翌日、駐車場のすみに子猫がいた。白に茶色の可愛い子猫だった。
かがんで「おいでおいで」とすると、子猫は首をかしげて一定の距離を保ち、こちらが近づくとその分遠くに逃げた。
「お母さんはいないのかな?」
ママが言った。みーちゃんは周りを見たけど、お母さん猫はいなかった。
「ねえ、この猫飼いたい。いいでしょう」
みーちゃんは言った。
「ママも飼いたいけど、パパはアレルギーが出るからねえ」
パパは猫がいると鼻水やくしゃみが出るのだった。
「パパがかえったら聞いてみる」
みーちゃんは言った。
夜、帰ってきたパパにみーちゃんは言った。
「車のところにいた猫ちゃん、おうちにつれて帰ろう」
パパはしばらく考えて、
「つかまえれたらね」
と言った。ママは
「いいの?」
と聞いた。
「つかまえれたらね。これもなんかの縁たい」
パパは言った。
それから毎日、ママとみーちゃんと弟は外に出て子猫を探した。いることもあったし、いないこともあった。いても、近づくと逃げてしまってつかまえられなかった。
雨の日が続いた。
連日、夜は豪雨になり特別警報が出ていた。そんな中、子猫がまったく姿を見せなくなってしまった。
「猫、どこにいるのかなあ」
 ママは言った。
「死んだんじゃない」
パパは言った。
子猫が姿を見せなくなって一週間が経った頃、みーちゃんたちがテレビを見ていると、ピンポン、とインターホンがなった。ママが出た。
ママは誰かと話して受話器を置いた。
「今駐車場に子猫がいるんだって。行こう」
みーちゃんと弟は慌ててサンダルをはいてついて行った。
駐車場に出ると子猫がいた。
「猫ちゃん、おいで」
ママがかがんで呼ぶと、子猫は一直線にママに向かって走ってきた。ママの足元にきて、猫はママを見上げた。
ママはどうしたものか少し困った。子猫を入れる箱も、バスタオルも持ってこなかった。
思いきって子猫の首をつまみ上げた。子猫は抵抗しなかった。
「あら大人しい」
ママは言いながら胸元に抱き直した。子猫は大人しくママに抱かれた。
みーちゃんと弟は
「やったー」
とはしゃぎ、子猫をつれて家に戻った。
子猫を部屋におろすと、子猫はきょろきょろと見まわした後、ベッドの下に隠れた。
夜、帰ってきたパパは
「なんで子猫が駐車場にいるからって、うちに言うんだよ」
と言った。
「私たちが探してたからでしょ」
ママは言った。
子猫は病院でノミ駆除やシャンプーをしてもらい、きれいな子猫になった。教えなくても猫用のトイレでおしっこをした。
「お利口さんだわ」
ママは感心した。
みーちゃんは子猫に「ペコ」と名前をつけた。腹ペコでたくさん食べるから、ペコ。
ペコはみーちゃんが手を出してもひっかかないし、しっぽを握っても怒らない。おじいちゃんちの猫とは全然違う。
みーちゃんがソファに座っていると、ペコも走ってきてソファに上り、みーちゃんによりかかって毛づくろいをする。弟はそーっとペコをなでてみる。ペコは気持ちよさそうに目を細める。弟は嬉しくなってニコニコする。
ママはそんな様子を見ると、微笑ましくてスマホで写真を撮った。
ママは子どものころから猫が飼いたかった。小学校から帰る途中、子猫がついてきたことが何度かあった。隠れて世話をしようとして、飼っていた犬に子猫がかみ殺されてしまったこともあった。
ママは自分で猫を飼うことができるくらいの大人になれたことを嬉しく思った。

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